第5話「呪い」①

【1】


「帰るのが少し遅くなるかもしれません」


 その日、アレシオさんはそれだけ言って宿を出た。

 具体的にどのくらい遅くなるのかは訊けずじまいだったけれど、多分すぐに帰ってくるだろうと考えていた。

 寒くて広くて、おまけに魔女もいるあの山を自分の足で越えることは不可能に近い。

 だからこの村から出るには列車を使わなけばいけない。

 しかしその時は、列車に乗った可能性も無いに等しかったのだ。


「なんか、列車が動かなくなっちゃったんだってさ」


 アレシオさんが出て行った日の午後、買い物から戻って来たソレラが教えてくれた。

 列車は昨晩からこの村に停まっており、朝一番に国の方へと発車する予定だったらしい。

 それなのに、故障してしまったのだという。

 もっと悪いことに、この村の関係者では修理することはおろか、故障の原因を見つけることもできなかったようだ。

 公国にはもっと腕の立つ技師がいるはずだが、その公国との繋がりが途絶えてしまったのだからどうしようもない。

 広場がその話題で持ちきりなのも当然だろう。

 彼らの多くは公国と取引したものを売買している。

 つまり、列車が生命線なのだ。


「お店の皆さん、困ってるよね……」


 他人事のようにそう言ってしまったが、私たちにとっても大きな損失に成り得る。

 列車が動かない限り、宿泊するお客さんはやってこないのだから。


【2】


 その日、アレシオさんの部屋の掃除をしていると、机の上に大量のお金が置かれていることに気が付いた。

 宿代にすれば、一ヶ月は暮らせるような額だ。

 彼は毎日欠かさずに一日分の宿代を渡してくれていた。ということは、これから一ヶ月の代金であるということだろう。


 彼は一ヶ月もの間この宿を空けるつもりで飛び出していったのだろうか。

 いや、たまたまそこにお金を置いていただけなのだろう。

 不用心のような気がするが、それだけ私たちに信頼を置いているということでもあるのかもしれない。

 列車は生憎動かないから遠くに行くこともできない。

 だからすぐに帰ってくるだろう。


 その時の私はそう思い、多少遅くまで彼の帰りを待っていた。

 しかし、結局彼は朝になるまで----それどころか、次の夜になっても帰っては来なかった。


 一日目はもちろん食事の準備をして待っていた。

 二日目の夜、帰ってくるといいなと思って食事の準備をした。

 三日目の昼、寒さに震えているだろうから出来立てを振舞おうと思って、ソレラと私は遅くまで食べずに待っていた。

 ソレラがソファーに座ってうとうとし始めたところで、諦めて調理を始めた。


 結局彼はこの宿に帰ってこなかったし、その間列車はずっと動かないままだった。


 基本的に宿の中でぼんやりと過ごしている私にはあまり実感が湧かなかったが、外は大変な混乱に陥っているみたいだ。

 もう、物売りをしている人たちだけの問題ではない。

 公国から届かなくなった食べ物も多いことに加え、山間の冷え切った寒村にそれらを賄う余力はない。

 食べ物は山羊やその乳製品、そして少しの小麦くらいしか自足できないのであれば、食糧難になるのは時間の問題だろう。


 もしかすると、ニーヴェリタは公国に見捨てられてしまったのではないか、という声が次第に大きくなってきた。

 可能性としては十分に有り得る話だ。

 元より、この村と列車を繋ぐことなど公国にほとんどメリットがない。

 仕組みはよくわからないが、こんな大きなものが大勢の人や物をはこんでいるのだから、その費用は決して小さくないのだろう。

 それを理解している人間は決して少なくない。

 彼らの不安が村全体に伝播している。


【3】


「ただいま」

「おかえり、ソレラ。何かわかった?」


 首を横に振る。


「……村の人に訊いても、誰一人見てないってさ」


 アレシオさんが消えてから三日、買い出しから帰って来たソレラはため息を吐いてから、不満を露わにした。

 それほど疲れていないように見えるのはあまり物を買っていないからで、つまり列車はまだ通っていないのだろう。


「もう、一体なんなのあの人は……

 何日か帰らないなら、ちゃんとわたし達に話すべきでしょ」

「こら、お客様にそんな事を言わないの」

「でも……!」


 ソレラがそんな風に強い口調で言ってるのは、それだけ彼の事が心配だからなんだと思う。

 もちろん私だって心配だ。

 村人が見ていないとなると、(列車に乗っていないのだとしたら)行く場所は限られている。


 村を取り囲む山々。

 そのどこかを越えなければ、この村を離れることはできない。

 けれど、村人ですらよく知らないあの山を越えるのは難しい。

 いや、きっと無理だろう。


 荷物を置いていることを考えると、すぐに帰ってくる予定だったんじゃないか。

 それなのに、戻ってこないという事は。


 嫌な考えが頭をよぎり、あわててそんなはずがないと否定する。


「クラウだって困るでしょ!

 食事だって、二人分か三人分かわからないじゃない……!」


 そう言ってソレラは奥歯を噛む。


「確かにそうかもしれないけど……」


 文句を言うソレラを宥めていたが、私も気持ちはほとんど同じだ。

 一日でも、一秒でも早く。

 もし彼がまだ生きていて、森の中にいるのならば、一刻も早く村へと帰ってきて欲しい。


【4】


 それから二日経っても、アレシオさんは帰って来なかった。


 もうすぐ一週間だ。

 列車もまだ止まっている。

 公国からの連絡も来ない。

 村の人たちの不安も日に日に強まっている。


「……もうそろそろ、諦めたほうが良いのかな」


 夕食時、ソレラがぽつりと呟いた。

 よく見ると、食事にはあまり手をつけていない。

 ここ数日はずっとそうだ。

 食べていないから、持ち前の元気さえも発揮できていない彼女を見ると、胸が苦しくなる。

 

 そんなことはない。彼はきっと帰ってくるよ。

 そう言い返したかったけれど、何も言えなかった。


「せめて別れの挨拶くらいはしてほしかったのに……

 それに、あの人の言っていた『探し物』が一体何だったのか、結局わからないし」


 ソレラの口から後悔の言葉がぽつぽつと漏れる。


 彼と最後にした会話を思い出す。

 もしかすると彼の”探し物”は魔女に関係するものだったのかもしれない。

 ということは、私たちが魔女の話をしたから彼はいなくなったのだろうか。

 ……いや、どのみち村人から話を聞いていたはずだ。

 きっと、どうしようもなかっただろう。



「列車もまだ動いていないらしいね。早く復旧してくれると良いけど」


 数少ない名産品や資材の取引。

 それで生計を立てている人がほとんどのこの村にとっては、列車が一日でも止まると大きな問題となる。

 それがもう、何日も。


「あんなすごいのが一日も欠かさず動いていること自体、驚きだけどね。

 いったいどんなからくりなんだか……」


 ソレラはそう呟いた。

 不幸なことに、列車の仕組みはこの村の誰もわかっていないらしい。

 管理はあちら側、つまり、公国の人たちが行っていた。

 それにこれまで一度も動かなくなることなんてなかったし、誰も修理の方法がわからないのだ。


 仮にこのまま列車が動かないとすれば、この村はかつての外交のない陸の孤島へと逆戻りだ。

 数百年前と同じになってしまうだけならまだいい。

 しかし、あの頃のように全員が全員食べ物を作っているわけではない。

 外からの輸入に頼っている今、自分たちが生きていけるだけの食事を賄うことができるのだろうか。

 いや、そんなことができるはずはない。


「……良くないな」


 悪いことが続くと、自然に思考もつまらないことで埋め尽くされてしまう。


「……クラウ、ご飯食べよ」

 ソレラが心配そうに私を見つめる。余程疲れた顔をしているのだろうか。


「そうだね、ごめん」

 お腹が満たされれば、少しは気持ちがましになる。

 そう誰かが言っていた気がする。


【5】


 村の中心の広場で集会が開かれることになった。

 ソレラに車椅子を押してもらってたどり着いた先には、不安や怒りの表情をした沢山の人々。

 ニーヴェリタを構成しているほとんどの人々がそこに集まっていた。

 小さな村であっても、全員が一つの場所に集まればそれなりのものになる。

 そして彼らは皆同じような思いを抱えている。


 全ての醜悪が一堂に会したようなこの場所から、早く逃げ出したいと思った。

 喧噪の中心にいるのは、まず物を売る人々。

 彼らが困っているのは今更説明するまでもない。

 しかし、村全体を巻き込んだこの集会を希望したのは彼らではなく、その傍に寄り合っている背丈の低い集団だった。


 村に住む老人たち。

 長生きしたから権威を持っているというのも一つの理由だろうけれど、それだけではない。

 簡単に言えば、老人たちほど目に見えぬ伝説や呪いを信じやすいのだ。

 村全体として魔女に対する認識はあるが、彼らほどそれに憑りつかれたような若者は少ない。

 老人たちは若者と比較にならないほど憑りつかれている。


 そのうちの一人が集団の中から一歩前に出ると、人々のざわめきが途端に収まる。

 集団の中でも一際年老いた彼は、かつて村の法を取り仕切る裁判長のような役目をしていた人間だ。

 もちろん力や元気などは老人相応のものなのだが、その雰囲気はところどころ若かった頃の威厳を残している。

 若い人たちの中では彼を長老と呼ぶ者もいた。畏敬の念か、それとも小馬鹿にしているのかはわからないが。


「これは呪いだよ」


 しわがれ声であるにも関わらずやけに迫力を持っていた老人の発言を皮切りに、村の人たちが口々にその言葉を模倣する。


 私たちの誰かが、山奥の魔女を怒らせるようなことをしてしまったんだ。

 やっぱり、伝説は本当だった。

 どうやったら静まるの。

 そもそも、会う方法が無いじゃないか。


 こうなってしまっては、もう老人や物売りの集団だけではない。

 村人全員が深刻そうな表情で話し始める。

 その光景は、彼らが小さな頃からどれほど魔女の恐ろしさを伝えられてきたのかを現しているようだった。


 しかし、村人達の声も時間が経つと小さくなっていく。

 不安が消えたわけでもない。

 ただ、自分たちが騒いだところで大した意味を持たないことに気付いただけだ。

 彼らは答えを求めていた。

 彼らにとっては初めてかもしれないこの村の窮地に、どう対処すべきか。


 そこであの老人は一言、


「生け贄」


 と口にした。


「生け贄……?」


 首を傾げたソレラに、私は簡単に説明をする。


 かつて村が災害や飢餓で頻繁に苦しんでいた頃、その度に村から一人の生け贄を差し出していた。

 当時の村人たちの言い分はこうだ。


 魔女はきっと不幸が好きだから、村で一番不幸な少女を差し出すと満足し怒りが静まる。

 もしかすると自分と境遇が似ているのかもしれない。


 全てが憶測でしかないが、そう言った理由で伝統的に生け贄が捧げられていた。


「酷い話」とソレラも呟く。

 左胸の前に手を置き、きゅっと服を握りしめた。

 少なくとも私が村にいる間は行われた記憶がないため、廃れていった悪しき風習であると思ったのだが、老人達にとってその伝統は決して他人事や空想などではないのだろう。

 そして、それを聞いた下の世代の人間たちの頭も生け贄のことで埋め尽くされた。

 彼らだって、魔女の伝説自体にある程度の親しみはある。

 それが少しでもこの危機を解決するきっかけになるかもしれない、と思っているのだろうか。


「この村が無くなっていないということは、そうすることで助かってきたんじゃないのか」と誰かが呟く。

「やらないより、やる方がましじゃないか」と他の誰かが言った。


 多くの人々がそれに賛同し始め、一度収まっていた喧噪が再びやってくる。

 まだ具体的なことは何も考えていないし、誰がその生け贄になるのかということにも考えを巡らせていないだろう。

 それなのに皆、老人たちが掲げた新しい解決策に皆が憑りつかれてしまっている。


「待ってください。そんなのは、人道的ではありません」

 そんな中、私は耐えられなくなってつい声をあげてしまう。

 生け贄を捧げるということは、村の中の誰か一人があの寒くて暗い山の中で死んでしまうということだろう。

 一つの命が失われてしまうということだろう。

 そんな大変なことを『やらないよりやる方がマシ』だなんて。

 犠牲の重みを理解しているのだろうか。

 この人達は、捨てられる少女の気持ちを考えたことがあるのだろうか。


「そうだよ、小さい女の子が犠牲になるなんて、そんなの許されるはずがない」

ソレラも同調する。


 しかし、それを聞いて心配そうな表情をしたのは小さな娘がいる母親たちだけだった。

 他に手立てがないと考える村人のほとんどは、私たちの言葉を他人事として受け止めてしまう。


 それだけならまだ良かった。

 けれど、村人の中の一人がふいに思い出したように口にする。

「ああ、あなた達は生け贄になる可能性が高いですもんね」


 あなた達は二人とも、親に見捨てられた子供ですから。

 確かにそういう意味では可哀想でしょう、なんて言葉を続けた。


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったソレラ、唖然とした表情をする。

 普段から村の人間たちは後ろ向きだとか暗いとか文句を言うことはあったけれど、それでもここまで突き放されたようなことを言われるなんて予想だにしていなかったのだろう。

 言葉を失ったソレラを気の毒に思いつつ、私は再び声を上げた。


「私達かどうか、なんてことは関係ありません。

 そんなことをしても意味が無いに決まっています」

「ならば、他の解決策がお前にあるのか?」

 老人はそう言い、ゆっくり歩いて私の前に立った。


「誰も列車を動かすことができない。

 かつて行っていた大規模な作物の栽培や山羊の飼育方法も失われた。

 山の中には危険が伴い、隣の村なんて概念は存在しないくらいに孤立している。

 絶望的な状況なのは誰の目にも明らかだ。

 ならば何かしらの策を打とうと考えるのが自然だろう」


 何も答えなかった。


「それに、生け贄を捧げるというのはなにも無責任な話ではない。

 他に術がない今、不確かであるものさえ信じなければならない時が来ているというだけだ。

 一つの若い命が失われることは確かに惜しいが、それでこの村の500人の命が救われるのだとすれば、それは必要な犠牲だと考えるべきだろう」


 彼はどこまでも正論だけを述べてくる。


「もう一度聞こう、お前に他の解決策があるのか?」


 全身が凍りつくような感覚がする。

 同時に、この聡明な老人に対する考えを改めなければならないと感じた。


 他の村人達はわからないが、この人は盲目的に魔女の呪いを信じているわけではない。

 本気で村が助かるための道を模索し、その結果として一つの可能性を信じようとしているだけだ。

 正しいか正しくないかなんてことは関係なく、この人間には心からの敬意を持って、真摯に話さなければならない。


「確かにあなたの言う通りです。

 このまま何もしないことが一番良くない。

 何か行動を起こさなければ、皆さんの心が先に廃れてしまう。

 ですが……生け贄を出すのは、他の方法が全て駄目だった時で構わないはずですよね」

「つまり、お前の中では他の方法が浮かんでいるということか。

 ならば口にしてみろ」


 ちらりと後ろを見ると、村人全員の視線が一挙に集まっていた。

 ソレラも不安そうに私を眺めている。


 そして私は他の解決策、一縷の望みを口にした。


「……魔女狩りです」


 アレシオさんとも何度か話した、魔女を殺すことを生業としている特別な人間。


「魔女狩りが来て、魔女を殺すことができれば、それで全て解決しますよね?」


 この村にとってそれは魔女以上のおとぎ話であった。

 老人はそれを聞いて驚く。

 普段ほとんど開かれていない瞼から、わずかに瞳を覗かせていた。


「魔女狩りか……

 ここ数年、都市ではそのような人間の話が上がっていることは知っている。

 もし、そのような特別な者が実在するのならば、この村の魔女を殺して呪いを解くことができるのかもしれんな」

「はい。それは生け贄による一時の安寧ではなく、根本からの解決となってくれるはずです」

「しかし、列車が動かないのであれば魔女狩りをこの村に呼ぶことは叶わないだろう。

 それなのに、どうするというのだ」


 その通りであると村人達も同調している。

 しかし、私は用意していた続きの言葉を躊躇わず口にした。



「実は……私達の宿に泊まっている青年は、魔女狩りなんです」


 一瞬、時が止まったように皆が息を飲んだ。

 ソレラでさえ動揺していた。


 想像だにしなかった話に動揺した民衆は、私の発言の意味をかみ砕くことにすら時間がかかってしまっていたようだ。

 しばらくの間沈黙が訪れ、そしてゆっくりと一人一人が発言し始める。


 旅人って、あの青年か。

 あの頼り無さそうなのが、魔女狩り?

 しかし、ここ数日見かけていないよ。

 もう出て行ったんじゃなかったのか。

 武器を持つような血生臭い顔じゃなかったろ。

 ほとんどが疑いであった彼らの言葉を聞きながら、私は続けて話す。


「彼が居なくなった日の朝から、丁度列車は動かなくなりました。

 つまり、この村にいないとすれば……

 彼は山の中に入っていったとしか考えられません」

「……続けろ」


 私やソレラ、村の皆が再三注意したにも関わらず山の中に入っていったのだとしたら……それは魔女を探しに行った可能性が高い。


「彼が長い間この村にいたのは、魔女狩りの準備を進めるためでしょう。

 村の人に噂を始めとした様々なことを訊いて回っていたのは、その中に魔女の手がかりとなる情報が隠れていると踏んでいたのかもしれません」


 老人は黙って私の話に耳を傾けていた。


「もしかすると……

 すでに彼は魔女を殺し、ここに戻ってきている最中なのかもしれない。

 だからもう少しだけ待っていてくれませんか。

 彼が帰ってくれば、全てがわかるはずです」

「青年は、自分が魔女狩りであると言ったのか」

「……言っていません」

「ならば、お前に確信があるのか」

「……信じています」


 自分でもわかっている。

 これが希望的観測と言われたらそれまでだ。


 もしかすると彼は単に間違えて森の中に入り、出られなくなっただけかもしれない。

 そうだとすればもう生きてはいないだろう。

 彼が死んでしまったなんて信じたくはないが、そんな可能性の方がずっと高いことは自分でも理解できていた。


 老人は暫く無言だったが、やがて納得したように頷いた。


「今すぐ連れて来い……と言いたいところだが、彼が山に魔女を探しに行ったのだとしたら、簡単にここに戻ることはできないだろうな」


 三日後だ、と言われた。


「あの山の中で一週間以上耐えられるとは思えない。

 それまでに彼が帰って来なければ、帰って来たとしても、魔女狩りであるということを示せなければ、生け贄を捧げるという話を進める」


 それでいいか、と老人が村長に訊くと、ぼんやりとしていた彼は慌てて頷いた。

 生け贄を出すことに積極的だったはずの村人達も、彼の強い言葉の前ではただ従うことしかなかった。

 根拠の無い話だ、と呟いていた人たちまで黙ってしまった。

 それほどまでに、この一人の老人には有無を言わさぬ迫力があった。


 そこまで話したところで、集会はお開きとなった。


【6】


「クラウ、さっきの話は本当なの?」


 宿に帰ったところで、ソレラが不安そうに訪ねてくる。


「……………………」

「そう、はったりだったんだね」


 沈黙がどういう意味なのか、彼女には簡単に看破されてしまったようだ。


「まあ、はったりにしても先延ばしにできただけ上出来だよね」


 ため息をつきつつも、そう言って慰めてくれる。

 我が妹ながらとてもいい子だ。


 けれど、全く考え無しと言うわけではない。

 広場での私の予想は本心からのものであるし、魔女狩りではないとしても、彼は魔女について核心的な何かを知っているような気がする。


 それに、閉ざされてしまった村の哀しき伝統を正してくれるのは、きっと外の人間だろう。

 それが彼のような、不器用だけど優しい人間だったらいいなと思う。



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