第8話 「コロナ禍」後の現在(2)

 その姉が骨折した。

 台風が来そうだというので屋根を修理するとか言って屋根に上って、落ちた。二階の屋根から物干し場に転落して、よく擦り傷と手の骨折だけですんだものだ。

 「雨漏りするから直してってあいつに言っていたのに、ずっと修理しないままだったのよ」

と姉は言ったが、姉の家で雨漏りしているところなんか見たことがない。いま調べてみても雨漏りのあとなどどこにも見つけられない。

 姉は骨折の手術を受けて家に帰って来たが、骨折している状態では日々の暮らしも不自由と言うことで、私が呼ばれた。

 呼ばれて姉の家に来てみてわかったのは、姉が引きこもってしまっていた、ということだった。

 それで、あらためて義兄に聞いてみると、「コロナ禍」が始まったころから、

「買い物になんか行ったらコロナに感染する!」

と言って、義兄に買い物に行ってもらうようになり、家から出なくなってしまったという。

 「買い物に行けばコロナに感染する」。ならば義兄も同じ確率で感染するはずだが、そんなことにはお構いなしに義兄に買い物に行かせていたという。

 それまでは姉は近所づきあいも普通にやっていた。昔の登山仲間の友だちもいて、これもけっこう頻繁に会っていたらしい。

 ところが、「コロナ禍」が始まってからは、それがゆるんだ時期にも

「コロナがうつったりするといけないから」

と言って、近所の人にも昔の友だちにもぜんぜん会わなくなってしまったという。

 ともかく「コロナに感染する」ということを異様に恐れていたのだ。

 その結果、ほとんど家から出なくなってしまった。

 離婚して一人暮らしになってからは、コンビニまでは買い物に行っていたらしい。

 コンビニで買ってきた弁当やお惣菜のガラは片づけておらず、台所に散乱していた。そのことについて私がきくと

「骨折して片づけられるわけがないでしょこのバカ!」

と私を罵った。でも、骨折してからは買い物にも行っていないのだから、その言いわけが通らないのは確実だった。


 家事全般が私の仕事になった。

 最初の一週間は仕事も休ませてもらったけど、いつまでもというわけにはいかない。姉の昼食まで作って姉の家を出る。終業後は急いで帰って姉の家に戻り、晩ご飯を作る。最初は自分の家に戻っていたが、それだと時間が足りないので、けっきょく姉の家に寝泊まりすることになった。

 姉は、自分は家事をやらないのに、家事のやり方にはいちいち細かく文句をつけてくる。

 魚料理は四角い皿に盛る。肉料理はまるい皿。味噌汁は木の器で、煮物は陶器の器。洗濯の前に掃除機をかけると舞い上がったほこりが洗濯機に入るから洗濯のほうが先で掃除が後。そんなことを強制してきて、私が言ったとおりにしないと

「あんたほんとにバカね!」

とどなりつける。

 たぶんこんな調子で義兄に当たり散らして義兄を追い出してしまった、ということは容易に想像がついた。

 しかも、そうやって数日を過ごすうちに、ついに、自分と義兄は愛し合っていたのに、私が自分と義兄の仲を裂いた、ということになってしまった。

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