第7話 「コロナ禍」後の現在(1)

 その「コロナ禍」が明けたのか、明けたことになっているのか。

 ともかく、新型コロナウイルス感染症というものを意識する機会がめっきり減ったこの年になって、姉夫婦が離婚した。

 もともと似合いの夫婦と言われていた。

 共通の趣味が登山ということで、どこかの山で知り合って結婚したらしい。

 姉は、結婚してからしばらくは働いていたが、もう十年以上、たぶん二十年近く専業主婦だったはずだ。

 義兄は仕事に行き、姉が専業主婦として家の仕事全般をやっていた。それで家庭生活がうまく回っていたらしい。

 家庭生活とはそういうものなのかどうか、「彼女いない歴」が半世紀にもおよび、当然、いまも独身の私にはよくわからない。

 子どもはいなかった。子どもがいないぶん、新婚当時のような夫婦仲のよい生活が続いていたということで、周囲からもうらやましがられていた。

 ところが、「コロナ禍」の下で、その仲のよかった夫婦の仲が破綻した。

 義兄によると、義兄が家でリモートワークをやっていると姉が不機嫌に当たり散らすようになり、オンライン会議をやっているところにわざと大声で話しかけたり、すぐ後ろで掃除機をかけたりするようになったという。吸引力が強いかわりに騒音も大きい、かなり古い掃除機だ。オンライン会議中のPCの画面に女の人が映っていて、その画面に話しかけていると、あとで

「あんたさっきテレビに映ってた女の人とすごく楽しそうに話してたわね? そんなに嬉しい?」

といきり立ったこともあるらしい。

 姉のほうは

「だってあいつが浮気したんだから。相手の女のところに行けばいい」

の一点張りだ。しかも、浮気相手がだれか、どんなひとなのか、まったくわからないと言う。

 自宅でのリモートワークが解けて、義兄が会社に行くようになってからは、姉は、義兄は会社に行くのではなく女のところに行くのだ、と言い散らすようになっていたらしい。

 義兄は、その夫婦の仲を私に調停させようとしてか、たんに気分を和ませようとしてか、何度か私を家に呼んでくれた。しかし、そのたびに姉が

「もしあいつが家にコロナを持って来たらどうするの? ご近所にも顔向けができないでしょ!」

たけり狂ってやめさせた。

 けっきょく、具体的にどうなって離婚にいたったか、私には自分で確かめる機会がなかった。

 住んでいた家は夫婦の共同名義になっていた。姉が

「ここはわたしの家だ。意地でも出ていくものか」

と言い張り、義兄は追い出された形になった。

 姉は、勝ち誇ったように

「この家はもうわたし一人のものだから、いつでも遊びに来ていいのよ」

と私に言った。

 行く気なんかなかった。

 だいたい、この姉という人は、遊んで楽しい相手ではなかった。

 子どものときからそうだった。一時期、そうではなくなっていたこともあるけど、けっきょく、その私の子どものころと同じようなことが姉に起こっているのは確実だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る