第9話 「コロナ禍」後の現在(3)

 姉と私では、母親が違う。

 姉が幼稚園のころに、父と姉の母が離婚し、新しい母とのあいだに私が生まれた。何があったのかは、だれも語ってくれないので、私はまったく知らない。

 私の母は、姉にも優しく接していたと思う。同じことをやっても、私は叱られ、姉は叱られないということがよくあった。むしろ私のほうが割を食っていたと私は思っている。

 でも、姉は、私の母には、けっきょく心を許さなかったようだ。

 私はその母の意地悪な性格を引き継いでいるので、私が姉と義兄の仲を裂いた、という話になってしまったらしい。それで私が

「愛し合っているならば義兄にいさんを呼び戻そうか?」

と言うと

「いまさらそんなことができるかバーカ!」

と私を罵る。

 ああ、あのころの姉が戻ってしまった、と私は思った。


 私が小さかったころ、姉はふだんは快活で明るく振る舞っていた。むしろ、その場から浮くぐらいに快活に振る舞っていたと言っていい。

 しかし、いちど我を張り出すと、いつまでもそれを引っ込めず、大声でわめき立て、ときには人に物理的に突っかかるというところがあった。なぐるとかはなかったけど、胸のところの服をつかんで乱暴に押す、ぐらいのことはしていた。

 家庭内でそれが起こったときには、私の母が父を奪って、姉の母を追い出した、と言ってわめき散らすことになった。そうなったときにはだれの言うこともきかなくなり、けっきょく部屋にこもって出て来なくなる。翌朝には平気な顔で出てくることもあれば、次の日も出てこないこともあった。

 それを思い出してみれば、引きこもってしまう兆候はこのときからあったということだ。

 友だちのあいだでもそんなことがときどきあったらしい。

 ふだんは仲よくしているのに、突発的に、しかもよくわからない理由で激しく怒り出すものだから、中学校、高校と友だちも減って行った。そうなると、だれだれが自分を裏切った、とわめき出す頻度も増え、よけいに友だちができなくなって孤立した。


 そんな姉は大学に入ると寮に入った。

 家から通っても一時間くらいの大学だったから、寮に入らなくてもいいのだけど、ともかく家から離れたかったのだろう。

 それからは姉はすみやかに快活な性格に戻って行った。

 そのころ中学生だった私が信じられないくらいだった。きっと、気を許すことのできない私の母や、その母の子の私といつも顔を合わせていなければならないというプレッシャーがなくなったからだろうと思う。

 その場から浮くぐらいに快活に振る舞うという、以前の姉の性格が戻って来た。大学の登山サークルではムードメーカーとしてリーダー的な立ち位置にいたという話だ。

 帰省、というか、家に戻ってきたときにも母と衝突することもなくなった。母とも冗談を言い合い、ときにはいっしょに台所に立った。いっしょにキャンプに行って、夜中まで母と姉とで仲よく話をしていたこともある。

 家族の雰囲気が一気に「友だち家族」的になり、私はほっとしたのを覚えている。

 それで姉の性格が変わったと思っていたのだけど。

 甘かった。

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