第5話 「コロナ禍」のなかで(2)

 たぶん、2021年で「それが大事」のリリースから30年になるので、そのことを記念して、という趣旨の特集番組だったのだろうと思う。

 東京のホテルのことで、観光地のホテルとはいっても眺望はあまりきかない。低層階で、下の道路と向かいのビルくらいしか見えない。薄暗い部屋だった。その部屋の薄暗さ、どこに空調のリモコンがあったか、そして窓を開けて寝れば向こうのマンションの上層階から丸見えになると思ったことまで、つい昨日のことのように思い出せる。

 あれから2年も経ったのだと言われてもあまり現実味を感じない。

 この番組で、大事MANブラザーズバンドのそれまでの曲がヒットに「かすりもしなかった」こと、商業的にバンドの存続が危うくなりつつあったときに生まれたヒット曲がこの曲だったことを知った。

 私は、それまで、この曲が大事MANブラザーズバンドのデビュー曲であり、バンドのコンセプトを歌い上げた曲だと思っていたので驚いた。

 番組では、最近になって、このバンド(現在は大事MANブラザーズオーケストラ?)が「それが大事」へのアンサーソングを作っていたことも紹介されていた。

 「それが大事」の最初の部分・サビの部分の歌詞を、知っているひとは思い出してほしい。

 つらい立場に追い込まれたひとに対して、「でもこれだけはがんばれ」と励ますストレートなメッセージだ。

 そのストレートなメッセージが多くのひとの心に届いたのだろう。

 でも、けっこう要求水準が高い。

 がんばりきれなくなっているひとに、ここでがんばるのが「大事」だからがんばれ、と言っているのだ。曲全体としてのメッセージはそれだけではないけど、ともかくそれがいちばん目立つ。

 じゃあ、がんばりきれないひとはどうするんだ?

 「マッチョな男性」を本位としてできていた社会でならば、「がんばりきれないと言っても、ここでがんばらなければ居場所を失うよ。だからがんばれ」と言えばよかった。

 実際に、「それが大事」が発表された1990年代初めはそういう社会だった。

 そんな社会を肯定したり礼賛らいさんしたりという立場でなくても、「ここはこういう社会なんだからがんばらなければいけないんだ」と言わなければならない。そんな社会であり、そんな時代だった。

 2010年代、「平成」の後半になって、「そう言われてもがんばりきれない」というひとたちの立場にも配慮しなければ、という雰囲気が広がった。

 SNSなどで「がんばれ」と発言して非難されるということも起こるようになった。

 そのアンサーソングも、「それが大事」の、威勢のいい、要求水準の高い励ましに対して、「そんなにがんばらなくていいんだよ」と語りかけるような内容だった。

 私はちょっとほっとした。

 しかし、と、同時に違和感も感じた。

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