第10話

 宴を途中退出してから、三日がたちました。


「ルオン、ルルシア殿、本当に感謝している」


 私達は今、長兄の自宅でお礼をされています。

 あれから用意された馬車に乗り、すぐに実験農場へ。そこで薬草を確認してから、慌ただしくこの家にやってきたのが嘘のような穏やかな時間です。


「抜け目なくお医者様を手配して頂いたおかげですわ。私の素人判断だけでは不安でしたもの」


 長兄もまた、なにもしていないわけではありませんでした。ラインフォルスト王国で学んだ医師を、大きな町から呼び寄せるよう手配をしていました。


 持ち込んだ薬草は、熱冷ましに使うものでもあります。首熱でなくとも効果はあるでしょう。そんな考えのもと、慎重に少なめの量を与えると、子供は少し落ち着きました。

 そのまま私達が付き添って様子を見ている間に、お医者様が到着。ありがたいことに、王国で精製された治療薬をお持ちでしたので、それを使って一気に体調が回復したのでした。


 小さな女の子は今、母親と仲良く眠っています。もう熱に苦しむこと無く、すやすやと。

 それを見届けた私達も、ようやく帰ろうとなったのが、今の状況です。


「いや、ルルシア殿がいなければ、隣町の医者を呼ぶのも遅れただろう。重ね重ね、非礼を詫び、感謝を……」

「兄上、もうその辺りで……」


 ちなみにこの一連の動作、もう十回目くらいですわ。本当に娘さんを大切にしているらしく、熱が下がったのを見た時など、泣いておりました。


「む、そうだな。二人とも帰る前に、なにか持たせねば。必要なものはないか? できる限りの品を用意するが」

「ルオン様?」

「……困ったなぁ」


 いつものように柔和な笑顔で夫が困っています。急に言われても、というやつですわね。ここは一つ、後ほどということにしていただきましょうか。


「おお、二人ともまだいたか。これは良かった」


 夫婦で困っていると、ノックもなしに入室してくる方がいました。


「ち、父上! なぜここに!」

「孫の容態が心配になったからだ。おかしいか?」


 やってきたのは族長でした。いかめしい顔つきに、どこかルオン様を思わせる顔つき。そして、今でも歴戦の戦士であることを示す、がっしりした体つきの方です。一応、貴族らしい服装をしておりますが、筋骨隆々としたその体には窮屈そうに見えるのが特徴です。


「ルオン、そしてその妻ルルシアよ。この度は、族長として礼を言う。一族の幼子を救ってくれたこと、感謝する」

「私は、たまたま知っていることをお話しただけですわ」

「それでも、だ」


 そういうと、族長はどっしりと席に着きました。


「ルルシアよ、王国にしかないはずの病が、このルフォアに届いた理由は想像がつくか?」

「国交があるからですわね。これからも増えると思いますわ」


 国同士の行き来が増えれば、病も移動する。国を開くとは良いことばかりとは限らないものですわね。


「そうだ。我が父はそれを見越して、薬草を栽培していたのだろう」

「さすがのご慧眼ですわね」


 長兄とルオン様もまた、「さすがだ」と頷いています。二人ともこういう話、苦手なのか、ちょっと上の空ですわ。


「今後もこういったことがあるだろう。王国から来た者として、その知恵でルオンを支えてやってくれ」


 横のルオン様の耳が激しく動いています。恐らく、これは族長として言える最大限の言葉だったのでしょう。


「それは勿論。そうだ、今思ったのですが……。ルフォアに王国の病が来たならば、逆もあるのではないでしょうか」


 獣人の病には詳しくありませんが、この土地特有の病気や治療法があるはずです。それがラインフォルスト王国で流行る可能性もゼロではありません。


「たしかに。早速詳しい者に相談するようにしよう。上手くすれば、商売になるということだな?」

「可能性の話ではありますね」


 族長と私が共に笑います。横でルオン様が「悪い笑みだ」と苦笑しております。

 ルフォア国は経済的に弱い国家です。輸出できる品目が増えるのは良いことでしょう。というか、割と見慣れない薬草が多い国なのですよね、ここ。王国の研究者が見たら大喜びで働くのでないでしょうか。

 いえ、余計なことを言うのは控えましょう。私は悪徳領主の娘。目立つのは本意ではありません。今回は、夫の一族に良い印象を与えたこと。それで十分です。


「さて、ルオンよ。こうして来たのは、お前に許可を出すためだ」

「許可……ですか?」

 

 怪訝な顔のルオン様に、族長はため息を一つつき、呆れた様子で話します。


「結婚式の許可だ。今回の一件で、他の者も認めるだろう。都合の良い時に、行うがいい」


 ああ、やっぱり一族的には私の婚姻は認められなかったんですわね。当然ですわ、没落した悪徳領主の娘を妻にする物好きなんて、まずいませんもの。


「……ありがとうございます、父上」


 私の隣で、その物好きが、感極まって、涙目でそう言いました。

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