第11話

 どうやら私はローザンカ様に感謝せねばならないようです。

 きっかけは、ちょっとした雑談でした。親族の宴から戻った後、日常の業務をこなしている時、結婚式の日程についての話になりました。

 今のところ、秋の収穫祭が終わった後を予定しています。盛大に催す予定ではありませんが、準備で忙しくなることでしょう。

 そんな雑談の中で、なんで私が嫁ぐことを了承したのかと言う話になりました。


「スィリカ家から渡された調査票に良い事しか書いてなかったからなんだ。もちろん家のことも書いてあったけれど、僕はそれでも問題ないと思ったんだよ」

「でも、悪徳領主の娘ですのよ?」

「妻殿は悪徳ではなかったじゃないか。誰が書いたかわからないけれど、調査の方にも素行に問題はなしとあったよ」

「自分の日頃の行いに感謝しますわ」

「実際、成績は良かったし、王国貴族とつながりがないのは、僕にとっては都合が良かった。そういう付き合いは苦手だからね」


 たしかに、ルオン様がうっかり普通の貴族と一緒になれば苦労したことでしょう。一般的な王国貴族の娘は、農作業もやりませんし、書類仕事も進んでやりませんの。


「なるほど……。結果だけ見れば大成功ということですね」

「すべて、妻殿のおかげだよ」


 これはもう、私を悪く書かなかったローザンカ様に感謝ですわ。


「しかし驚いたよ。いきなり結婚話を持ってくるんだから」

「恐らく、自分の使用人として私を引き込むための工作だったのでしょうね。いきなり嫁げと言われて、首を縦に振る人は、希少でしょうから」

「そんな貴重な人と出会えて、僕は幸せだなぁ」


 嘘偽りのない笑顔でそう言われて、思わず顔を背けました。危ない、この笑顔は凶器ですわ。


「でも、私が結婚を承諾した後、大変だったんじゃないですの?」

「もちろん、本当に来るとは誰も思っていなかったからね。僕以外」


 それでつけた条件が、族長が認めるまで結婚式はしない。つまり、本当の夫婦として認めない、ということだったようです。

 それら全て万事解決、ルオン様は大変ご機嫌が良いのでした。


「そろそろ書類仕事も終わりかな。これなら午後から畑に出られそうだ」

「まだ暑い日が続きますから、気をつけてくださいまし。他の皆さんも」

「うん、そうだね。後で飲み物でも……」


 その時でした。勢い良く部屋の扉が開かれました。


「旦那様! 急ぎのお手紙です!!」


 ドアの向こうから慌てて入ってきたのはラァラでした。


「ラァラ、ノックくらい……」

「申し訳ありません。可能な限り急いで旦那様に手紙を渡すよう、言われまして!」


 ラァラの慌てようは普通ではありませんでした。早馬で届けられたであろう手紙は厳重に封がされています。封蝋の紋章はセイクリフト家のもの。

 恐らく、族長からでしょう。


「火急の事態か。ラァラ、部屋から出ていなさい。聞いてはいけない話になるかもしれない」

「はい。失礼致します」


 入ってきた時とは対照的に、しっかりとした所作でラァラが退室しました。

 私はルオン様を見ます。


「ルオン様……何があったんですの?」


 夫は、とても難しい顔をしていました。悩ましいというか、困惑というか、つかみどころのない表情です。少なくとも、困ったことが起きた、というのはよく伝わってきました。


「妻殿。政変だ」

「はい?」

「ラインフォルスト王国で、政変が起きたらしい」


 なるほど。これは一大事ですわ。


○○○


 手紙は族長からで、内容は短いものでした。


「ラインフォルスト王国で政変が起きている。可能な限り備えをし、知っている情報はこちらに伝えるように……って、本当に短すぎですわ。これでは、なにもわからないではないですか!」


 ルオン様から渡された手紙を見て、私は毒づきました。

 具体的にどこの家とどこの家が争ったとか、王国内で流血があったとか、ルフォア国に影響がありそうだとか、何かあるでしょうに。


「父上……本家の方でも混乱しているのかもしれない。付き合いのある貴族同士で対立したり、違う情報が入ってきているとか……」

「あり得る話ですわね」


 馬を使って十日近くかかる隣国の情報ですもの、情報の精度は怪しくなります。もしかしたら、出入りの商人から噂で聞いたとか、その程度の話かもしれません。

 いえ、それはないですわね。こんなしっかりした手紙で、はっきりと政変と書かれているんですもの。その点だけは確定しているということですわ。


「これはつまり、ルフォア国から見て、誰が敵味方かわからなくなっている、ということかもしれませんわね」

「かもしれない。付き合いのある王国貴族が好き勝手に話をして、情報が錯綜するのはよくあるんだ。我が家だけでなく、国としてもどう動くか悩ましいことになるだろう」

「正しい情報が必要……ということですわね」


 ならば、と私は鍵を取り出し、机の引き出しを開けました。執務室に居着くようになってから買っていただいたこの机には、一つだけ鍵がかかる引き出しがあるのです。

 私はそこに、こういう時に役立つ品を入れてあるのでした。


「それは、封筒?」

「スィリカ家のものですわ。これが王国内に入れば、確実にあの大貴族の家に届きます」


 それを聞いたルオン様の目の色が変わりました。たまにただの農夫に見えることもあるのですが、さすがに貴族ですわ。


「凄いじゃないか。さっそく、これを族長にお伝えしよう」

「それは拙速かと。まず、私が一通、手紙を出してその反応を見てからで良いでしょう。返事をしてくれるかもわかりませんし、そもそも手紙を往復している間に、政変が終わっているかもしれません」

「確かにそうだ。妻殿はこういうとき、頼りになるな」

「褒めるのは早いですわよ。では、さっそく手紙をしたためるといたしましょう」


 宛先はローザンカ様しかないのですが、果たしてお返事をくださるでしょうか。

 賭けになりますわね。

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