救世
巫女の予言が書かれた親書と浄化の杖を使者に預けてしばらく。
聖女一行はようやく魔王の居所である地下迷宮を見つけたそうだ。
早速攻略を始めたものの次々と現れる強大な魔物に苦戦しているという話は聞きながら、私達はわざと最後に回していた地下迷宮から遠く離れた国へと来ていた。
魔王との決戦とあって王は私達にも聖女一行へ協力して欲しいらしく、何度か使者を使わせ聖女一行へ合流するよう促してきているが、知った事か。
魔王討伐に関して私ができる事などとうに終えている。
隠し迷宮での魔王弱体化は勿論だが、聖女一行には王都に設置されていた退魔の宝珠を託されており、現れる魔物は自動的に弱体化されるだろう。
ここまでお膳立てをして、わざわざ浄化の杖まで受け取りに行ってやったのだ。これ以上何をしろと言うのか。
それでも、どうしても世界を救えないなどとほざくのであれば、仕方なく助けてあげても良いでしょう。
私とて世界を救ってもらわなければ困るのは同じ。
魔王を弱体化させたように、宝珠をもたらしたように、支援という形で助けてあげても良いでしょう。
けれど王からの要望はあれど、聖女からは何も言って来ていない。
であれば、聖女は自分達だけでどうにかできると思っているのでしょう。
聖女は自分達が世界を救うと信じていて、私もそうして欲しいと思っている。
王がどのような思惑を抱いていようと、お互いが納得しているのだからこれで良いのです。
それに私の退魔の力よりも強力な力である浄化の力を持っているのにも関わらず、その力を使い切れていない聖女にも問題がある。
【私】には誰の助けも無かった。たった一人で力の使い方を習得し、力を高め、命を削って守り続けた。
私には誰かの記憶があったけれど、ただそれだけ。一人で努力し続けたのに変わりは無かった。
孤独で在り続けた【私】と違って、自分で未来を掴んだ私と違って、聖女には支えてくれる人など周りに大勢居るのだ。
精々彼等と共に悩み、努力し、絆を深めて力を使いこなせば良い。
どうせそれも物語の醍醐味という物なのでしょう。私にはどうでも良いけれど。
そもそも私達が赴かずとも、既に各国から派遣された強者達も協力していると聞く。
各地に現れていた強大な魔物を倒したといっても、全ての魔物が居なくなったわけではなく、宝珠の無い国は物語の進行によって強さを増した魔物の被害が深刻になってきている。
そういった国からすれば、一日でも早く宝珠を設置して欲しいと思っているだろう。
それなのに今私が王命で聖女一行へ合流などすれば、そのような判断を下した王へ批判が飛ぶことになる。
王もそれはわかっているから、命令ではなく要望として私に判断させようとしているのだろう。
ごく最近、判断を早まったばかりの王らしい行動だと、再びやって来た使者に笑いが込み上げて来た。
使者曰く、宝珠を聖女に預けたため、国を守っていた退魔の力が失われ、イシース王国には魔物が襲い掛かっているらしい。
まだ結界が維持されているためまだ深刻ではないけれど、今まで平穏な暮らしをしていた民は聖女に宝珠を預ける判断を下した王に不満を抱いているという。
王からすれば聖女が早く魔王を倒せるようにと大局を見て打った一手だったろうが、城で守られる王と危険に晒される民とでは見えている物が大きく違う。
一刻も早く世界が救われて欲しいけれど、これ以上責任は負いたくない。
だから私にも責任を背負わせて、自分への批判を少しでも減らそうとしている。そんなところだろう。
そんな小細工をしたところで責任から逃れる事などできないというのに、権力に執着する王らしい考えだ。
各国に宝珠を設置して国力を回復させれば聖女一行の助けになるなどと適当な理由を告げて、使者を追い返す。
全く時間を無駄にしてしまったと、閉じた扉に溜息を吐いて、宝珠を作る作業に戻る。
その一連の流れを黙って見ていたアーリアは心底不思議そうに首を傾げた。
「宝珠もあるのに苦戦するって、地下迷宮の魔物には姫様の退魔の力が効かないんでしょうか?
それともそんなに強い魔物が現れるとか?」
「さぁ、どうかしら。魔王を守るために強大な魔物はいるでしょうけれど、魔物である限り退魔の力は効くと思うわよ」
「姫様が見つけた神代の迷宮の魔物にだって効いてましたもんねぇ……効かないわけがないですよねぇ……」
しみじみと頷くアーリアに続き、小さく頷くヒュース。
彼等から見て私の非協力的な姿はどう映っているのだろうか。
こんな事で二人の忠誠が揺らぎはしないとは思うけれど、今は世界の存続が掛かっている状況だ。
これまでの旅路で私が聖女を避けているのは察してくれているだろうけれど、だからといってあまりにも拒絶していては不信感を抱かれてしまうかもしれない。
今更二人を失うなど、考えたくも無い。
探りを入れるべく切りの良いところで宝珠作成の手を止め、二人へと問いかける事にした。
「私としては先に宝珠を設置して回って万全にしておきたいのだけど……貴方達はすぐにでも聖女一行へ力を貸すべきだと思う?」
「いえ、全く」
「私もです」
きっぱりと否定したヒュースに続き、はっきりと同意するアーリア。
私が聖女一行を避けているからか、二人も聖女に良い印象を抱いていないようだ。
「姫様が赴くのであればそれは勿論お供しますけど……お話を聞く限り、戦力が足りていないとは思えません。無理に行く必要は無いと思います」
散々隠し迷宮を巡り、魔物と対峙してきたからだろう。
侍女というより歴戦の魔法使いの顔つきでアーリアは冷静な意見を告げる。
ヒュースに至っては一見いつもと変わらない様子ではあるが、僅かに嫌悪感を露わにするほどだ。
これは、私に毒されたとでも言うべきだろうか。
主に似てしまった二人に堪えきれず、くすくすと笑ってしまっていると、アーリアが距離を詰めて来た。
「それよりも! 姫様は頑張り過ぎなのでそろそろお休み頂きたいなーと思っておりますがいかがでしょうか!」
「あら、そんなに疲れて見えるかしら?」
「宝珠を作るのに魔力を一気に、しかも大量に使われてるんですよ? 普通なら倒れてます」
「私は平気なのだけど……」
「姫様は無理に慣れちゃってるんです! そんなのに慣れないでください!」
侍女として私の体調に気遣っての事とは言え、頬を膨らませて叱るアーリアに頬が緩む。
他の侍女に嫌がらせを受けて泣いてしまっていた頃と比べると、随分としっかりした物だ。
正直侍女というより世話を焼きたがる子供のようだけれど、それほど私達の仲が良好であるという証のようで嬉しく感じる。
私にとってこの程度、城で魔力を失い続けていた頃に比べればどうという事は無い。
そのため手早く宝珠を作って観光を行う時間を増やしたいのだが、アーリアを怒らせたままにするのは気が引ける。
どうした物かとヒュースへ視線を向ければ、今回は味方をしてくれないらしい。
ヒュースにまで首を横に振られ、今度は苦笑いが零れた。
「侍女殿の言う通りかと」
「あらあら……それなら、少し休憩にしましょうか」
「ささ! お茶は淹れてありますので! お菓子もこちらに!」
「ありがとうアーリア」
まぁ、どうやら時間はまだまだあるようだから、滞在するのが一日延びたと思えばそれで良い。
すっかり私好みに淹れてくれるようになった紅茶を飲みながら、いつものように三人で穏やかな時間を過ごす。
そんな日々が続いて二週間。遠く、東の空が割れ、眩い光が降り注ぐ。
そこは地下迷宮が在る場所で、その光は聖女の覚醒を示す神の光。
そうして間もなく、世界に光が満ちて行った。
「──魔王が討伐されたみたいね」
この光景はまさに世界が救われた演出だ。
聖女が魔王を倒し、世界は平和になる。そんな物語の演出。
どうせ聖女は魔王との戦いの最中に覚醒し、勝利したのだろう。
突然光が満ちた事に驚き、全てを察して歓声が上がる周りを他所に、私は何の感情も無くその光景を見つめていた。
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