貴方の始まり

 宝珠の作成は一旦止め、霊山に赴き魔力に満ちた霧の中を進んでいく。

 魔物は居ないが霧のせいか、最低限しか人の手が入っていないようだ。

 植物なども育ちにくいようで露わになった岩肌の中、道らしき何かはあるものの、流石に進みにくくヒュースの手を借りながら歩いていた。



「こちらです」


「この先は洞窟のようだけど……」


「この中は坂になっており、頂上に繋がっています」



 先の見えない霧の中、迷う事無く私達を先導するヒュース。

 一見、ただの洞窟なのに私の手を引き先へ進むヒュースへ、後ろを付いて来たアーリアが首を傾げた。



「ヒュースさんはどうして霊山に詳しいんですか?」



 アーリアの疑問は私も抱いていたものだ。

 麓の村の者ですらまともに案内できないと聞いていたのに、何故彼はこうも案内できるのか。

 洞窟の中は少し霧が薄れているらしく、繋いだ手の先にいるヒュースを見上げれば、私の騎士は足を止めて静かに語りだした。



「自分は、霊山の巫女の血筋です。

 騎士になる前は霊山の整備などをするために何度も登っておりました」


「……そうだったの」



 その答えに、ようやくヒュースの強さに納得がいった。

 ヒュースの強さは霊山へ何度も登っていたのもあるのだろう。

 これだけ魔力が濃い霧だ。こんな場所に身を置いていれば、自然と魔力も肉体の強度も増していく。

 戦闘に関しては本人の才能だろうけれど、その肉体の強さはこの霊山に培われたという事か。



「巫女しか出入りしない場所なのでそれほど必要無いのですが、それでも人がこの場に留まるには手を入れねばなりません。

 そのため巫女の血筋に生まれた子は、五歳から十三歳までの間、霊山にて役目を負います。

 そして男子であれば霊山の守り人に、女子であれば霊山の巫女になれるか適正を測るのです」


「守り人、というのは霊山の入り口で門番をされていた方ですよね。

 ヒュースさんみたいに強くても守り人にはなれないんですか?」


「いえ、自分は少し特殊でして……」



 霊山を守るため、入山しようとする者を見定めるのだろう。

 深い霧と森が周囲を囲む中、唯一霊山へと入るために開かれたそこにいた青年。

 彼が当代の守り人だったのか。ヒュースを見て特に止める事も無く通してくれたのも、彼等が顔見知りだったからかもしれない。

 信仰の対象の割に調べたりしないのだなと思っていたが、関係者が共に居るから不要と判断されたようだ。

 一人納得していると、アーリアに質問されていたヒュースがこちらへと視線を向けた。



「霊山に入り、初めて巫女にお会いした時に予言がありました。

 『お前の仕えるべき存在は霊山ではない』『この世界のどこかにいるお前の主を探せ』と。

 そのため十三になり役目を終えた後、村を発って……イシース王国の騎士になりました」


「それって……」



 ヒュースの揺るがない瞳に全てを察したアーリアも私へ視線を向ける。

 巫女に予言されたというヒュースが仕えるべき存在。ヒュースの主。

 それが誰なのかなんて、そんなの私に仕えている今の彼の行動全てが答えではないか。



「主を探す旅で、姫を一目見た時わかりました。自分はこの方の剣だと」



 きっと長い旅路の末に見つけた答えだったのだろう。

 私は予言が無くとも知っていた。ヒュースが私の騎士だとわかっていた。

 けれどヒュースにとってそれは果てのわからない旅だった。


 どこにいるのか、どんな人物かもわかっていない、何もわからないまま主を探し始めた。

 きっと多くの出会いがあっただろう。私には想像もつかない経験をして来たのだろう。

 その旅路の果てで、彼は私を見つけてくれたのだ。



「ずっと、姫のお傍に居たいと思っておりました。

 貴女が遠く離れた御方だとわかっても、自分は貴女の剣であろうとした。

 他国出身の自分は騎士になれたとしても王族の護衛など夢のまた夢。

 だからこそ身勝手に捧げていた忠誠だったのに、姫は俺を見つけてくださった」


「……私ではないわ。私ではなくて、貴方が」


「いいえ、姫が見つけてくださったのです。

 踏み出さずにいた俺を、踏み止まった俺を見つけて手を伸ばしてくださったのは貴女です」



 私ではない。私が見つけたのではない。最初に見つけてくれていたのは、他でもない、ヒュースだ。

 それなのに、誰よりも先に見つけてくれたのは自分だと彼自身もわかっているのに、私の騎士は柔らかく否定した。



「あの日、貴女が第三部隊に来てくださったあの時。

 専属の騎士を求めていると言われ、すぐに手を取りたかった。

 ですが……自分のような出自では姫が認めても周りが認めないと思っておりました。

 傍に居たいと、貴女の剣になりたいと思いながら、傍に居てはならぬと思っていた。

 だから一度は首を振ったというのに、それなのに姫はまた俺を求めてくださって……俺はようやくその手を取る事ができました」



 だから私が見つけたのだと、自分を見出したのだと微笑むヒュース。

 時間の流れで見れば私は一番最後だったのに、それでも彼等は私が最初に見つけたのだと言う。

 それに何の意味があるかなどわからずとも、二人は私が見つけて選んだのだと笑うのだ。



 きっと、【私】が最後に得た騎士も、侍女も、最初から【私】を見つけてくれていたのでしょう。

 それなのに【私】は見つけようとしなかった。何もしていなかった。

 擦り減っていく日々の中、周りに目を向ける事無く、ただ一人堕ちて行くままに堕ちて行った。

 彼等はそれに寄り添ってくれただけだった。


 彼は見つけてくれていたのに。彼女も見つけてくれていたのに。

 【私】は何も探そうとしないまま、一人で在り続け、堕ちて行ったのでしょう。

 【私】は何も変えようとしないまま、作られた道筋を辿って行ったのでしょう。


 もし【私】が見つけていたら。願っていたら。

 きっと彼等はもっと早く【私】の傍に居てくれていたでしょう。

 今の私のようにとは言えずとも、確かな救いを得ていたでしょう。

 至る終わりは同じかもしれないけれど、それでも確かな幸せを得ていたでしょう。



 そんな意味の無い夢を見て、目の前にある確かな存在と繋いだ手に力を込める。

 【私】が終わる間際でしか得られなかった存在は、【私】を知らないまま、いつか終わりを迎えるのだろう。

 それで良い。それが良い。そうなって欲しい。そうするのだと、願うように決意を改めた私を見たのか、ヒュースが繋いだ手にもう片方の手を重ねた。



「始まりは予言だったとしても、貴女に命を捧げたのは自分の意思です。

 元々守り人になるつもりはありませんでしたし、いずれ旅に出たいと考えていました。

 だから姫、何か予言があったとしても、耳を傾けるも傾けないも貴女の意思次第だと、それを心に留めておいてください」


「……何か嫌な予言でも下るの?」


「巫女の血筋に宿る予言の力は、男子も持って生まれる事があります。

 自分の場合、霧の先に未来を見るような弱い物ですが……姫が顔を顰めておられるのが見えました」


「顔を顰める、ね」



 もしかして物語では【私】の最期を垣間見て、止めていた足を進めてくれたのだろうか。

 ヒュースに予言の力があったなんて知らなかったけれど、巫女に会い、魔王に関する予言を聞くつもりの私には、どうして顔を顰めているのか想像がつく。



「その場所は霊山だった?」


「……いえ、そこまでは」


「なら大丈夫。顔を顰める事になるのは山を下りてからだわ」



 そう、聖女一行のために使者へ予言を伝えた後、尻拭いをさせられた私は顔を顰めている事だろう。

 他人の前でそんな醜態は晒さないように気を付けるとしよう。

 私の予言めいた言葉に首を傾げる二人に笑いかけ、私達は再び歩き出した。

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