魔王の居場所

 城での雑務を終えてアーリアの元に戻り、何があったか話してやれば、私の侍女も私の騎士と同じく怒りを抱いたらしい。

 すぐにでも殴り込みに行こうとするアーリアに、道すがら買った菓子を与えて黙らせてやる。

 そもそもアーリア一人で行ったところでできるのは嫌がらせ程度だ。

 そんな無意味な事をするよりも、観光に費やす時間を増やす方が重要だ。


 温泉巡りの続きを再開した私を見て、今回の件に関してどうでも良く、何も感じていないのを悟ったのだろう。

 数日程、イシース王国の方向へと妨害魔法を飛ばしていたが、気付けばアーリアもヒュースもその件に関しては何も言わなくなっていた。




 そうやって観光に重きを置き、各地を巡りながら全ての隠し迷宮を攻略し終えてしばらく。

 聖女一行もようやく六つの『ボス』を倒したらしい。

 国へ一度帰還したという知らせと共に、宝珠設置の進捗具合を伺う使者に対して小首を傾げた。



 別に、宝珠に関しては何も問題は無い。

 現在、宝珠が設置できたのはイシース王国も含め五ヶ国。

 隠し迷宮は巡り終え、素材は回収し終えているため後は作って設置するだけ。

 そして今は六つ目の宝珠を作成中、という事にして観光している最中だ。


 しかし王にはまともな報告は届いておらず、私達が隠し迷宮を巡り終えた事すら把握していない。

 どうやら表に出さなくなってはいるが、怒っているのには変わりないらしい。

 アーリアは王への報告をほとんど放棄する事にしたようで、現在報告らしい報告は私達の居場所のみに留めている。

 そのためまともな報告が届かなくなり、私達の行動が把握しきれていないのもわかっているため、宝珠の設置がどうなっているか知りたいと使者を寄越すのも問題無い。



 私が疑問を抱いたのは、聖女一行の行動についてだ。



「魔王の居場所はまだ見つかっていないのかしら」


「はい……現在、各国が総力を挙げて調査中ですが、依然見つかっておりません」


「……そう」



 使者の言葉には偽りは無く、本当に探している最中らしいが、それはおかしい。

 物語では既に魔王の潜む地下迷宮について明らかになっていたはずだ。


 最後の『ボス』と戦う前、聖女は立ち寄った霊山の巫女から浄化の杖を託される。

 その際に巫女に伝わる予言も聞かされており、それが地下迷宮の手がかりとなっていた。

 『フラグ』という物らしいが、予言が無くとも成長した聖女は魔王の居場所を感じ取れるようになっていた。

 聖女一行が魔王の居場所を明らかにしない限り、魔王は地下迷宮で力を蓄え続けるだろう。せっかく弱体化までさせているというのに、それは困る。



「宝珠に関しては、もうしばらくかかるとしか言えないわ。

 そうそう、教えて欲しいのだけど、聖女様方がどういった行程を辿ったかわかるかしら」


「は、はぁ……わかりました」



 宝珠に関して良い報告ができないと悟った使者が肩を落としているが知った事か。

 こちらでも聖女一行の動向は把握できるように情報を集めているが、私が手に入る物より国で手に入る物の方がより詳細だろう。

 ヒュースに目配りして地図を広げてもらい、説明を促せば、使者はゆっくりと語りだす。

 そうして使者に細かく説明させ、適当に見送りを済ませた私は地図を睨みつけた。



「これは……どうしましょうかね」



 どうやら聖女一行は霊山には立ち寄っているものの、麓の村までだったようだ。

 霊山の巫女は山中に設けられた祭壇におり、使者の語る道のりが本当なら聖女は巫女と会ってすらいないだろう。


 となると聖女は浄化の杖を手に入れておらず、予言すら知らない。

 以前会った時の聖女の魔力を思うと、自力で魔王を見つけ出せるとは思えない。

 想定以上に弱いまま物語を進めている聖女に頭を抱えてしまいたくなるが、わざわざ鍛えるために今更関わりたくは無い。

 どうしたものかと地図に描かれた霊山の辺りを睨みつけている私を見て、ヒュースが口を開いた。



「聖女一行は霊山に入れません」


「何故そう言い切れるの?」


「霊山は魔力の霧で満ちており、適正のある者か、ある程度魔力が無ければ霧によって動けなくなります。

 以前見かけた彼等の魔力から察するに、急激に魔力が増えでもしない限り入る事は叶わないでしょう」


「急激に魔力が増える、ね……」



 なるほど、そういう事か。

 聖女は覚醒できていないのだ。

 私が魔に堕ちていないから、追い詰められる事無くここまで来ているから、弱いままなのだ。



 【私】との戦いで仲間が次々と倒れ、たった一人になってしまった聖女。

 それでも皆を守りたいと、皆を守るのだと最後まで戦おうとする聖女の願いが神に届く。

 そして神の導きによって聖女は覚醒し、魔力の上限が跳ね上がり、強大な浄化の力を持って【私】を屠って窮地を脱するのだ。


 だが、私は堕ちていない。私は聖女と戦わない。

 退魔の力で守られるイシース王国が魔物に襲われる事も無く、覚醒しなければならない程、聖女は追い詰められる事が無いのだ。



「それに」



 一人納得していると、ヒュースは言い難そうに再び口を開く。

 そうして告げられた理由はあまりに滑稽な理由で、聞いて数秒、理解が追い付かなかった。



「信仰上、霊山は身が清らかな者しか入る事を許されておりません。

 それが例え神に選ばれた者であろうと、霊山に赴いても霊山を守る者達に入山を拒否されたはずです」


「あぁ……そうね、そうだったわね。それなら魔力があっても駄目ね」



 そうだ。そういえばあの聖女、あの男とそういう関係になっていたのだった。

 最早遠い記憶の欠片しかなく、思い出そうとしなければ思い出せないほどに霞んだ元婚約者の顔が浮かんだようで消えていく。

 どうでも良いと、そんな事があった事すら忘れかけていたが、混ざり合っていたあの者達では確かに入山する事は許されない。



 しかし、そうなると困ったものだ。

 覚醒は地下迷宮で追い詰められでもすれば起こるだろう。

 あの場所は魔王の潜む最後の砦として相応しく、覚醒した聖女が居なければ進めないほど強い魔物が現れる。

 それこそ【私】とはまた違った強敵も待ち構えていて、命を賭しての強行突破でも仕掛けない限り、覚醒は勿論、聖女一行の『レベリング』も勝手にできるだろう。

 問題は霊山の巫女から授かる浄化の杖と予言だ。



 聖女が覚醒していない今、浄化の杖が無ければ弱い聖女一行など地下迷宮に入ってもすぐに引き返すだけ。

 そもそもの話、覚醒していない今の聖女では、予言以外に地下迷宮の場所を明らかにできる術が無い。


 私が教えてやるという選択肢もあるにはあるが、何故知っているのかが問題になる。

 隠し迷宮を見つけたように、退魔の力で見つけた事にしても良いのだが、そうすると今の聖女よりも私の方が力を持っている事が知られてしまう。

 そうなると間違いなく地下迷宮の攻略に組み込まれるだろう。聖女一行と行動を共にするなど考えたくも無い。


 となれば仕方あるまい。

 深い深い溜息を吐いて、まずは確認を行うためにアーリアへと視線を向けた。



「ねぇ、アーリア」


「はい姫様、どうかしましたか?」


「貴方、好いた方はいる? というより性交渉の経験はあるかしら?」


「ひょば!!???」



 妙な声を出しているが、それよりも質問に答えて欲しい。

 中々答えようとしないアーリアに、席から立ち上がり距離を縮める。

 顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりとしているアーリアは、詰め寄って来た私に目線を激しく彷徨わせた。



「あるの? 無いの? どちら?」


「ナ、ナイ、デス、ケド……」


「ヒュースは? どう?」


「ひ、め……それは、その……」



 アーリアの答えを得られたので、次はヒュースへと詰め寄る。

 それにしても、どうして二人共すぐに答えてくれないのか。

 両手を上げて顔を背けるヒュースに思わずむくれてしまいそうになるのを抑え、アーリア同様、逃げられないよう距離を詰めてやる。



「答えられないの?」


「…………ありません」


「じゃあ問題無いわね。行きましょう」



 ようやく観念したのか、数秒の沈黙の後、小さく答えた私の騎士。

 最初からすんなり答えていれば良いのに、そんなに答えにくい事だったのだろうか。

 よくわからないが二人から得られた答えに満足し、すぐさま地図を片付け始めた。



「ひ、姫様? どこへ行くおつもりですか?」


「それは勿論、霊山よ」



 本当は行くつもりなど無かったけれど、こうなってしまえば仕方ない。

 聖女一行にはこの世界を救ってもらわねばならないのだ。

 物語では聖女以外も装備はできていたため、浄化の力を持っていなくとも杖を持ち運びするだけなら誰でもできるはず。

 ならば私達が代わりに杖を受け取り、予言も聞いて聖女一行へ伝えてやろう。


 あまり世話を焼きたくは無いのが本音だが、あの男が聖女に手を出したのは、ろくに手紙も出さなくなって放置していた私にも多少責任があるだろう。

 遠く交流の無くなった婚約者よりも近くにいる女、という事だ。これだから信用できない者は嫌なのだ。



「全く、手のかかる救世主だこと」



 世界を救ってもらうためにも、放置していた責任を果たすためにも、これぐらいはしてやろう。

 しかし、ただ使い走りをさせられるなんて癪に障るのも確か。

 こうなったら以前鍛冶師から聞いた霊石を手に入れるついでという事にでもしておこうか。

 聖女の弱さも気に掛かる。もしかしたら魔王を倒すのも難しいかもしれない。


 念のため退魔の杖の材料は揃えておいた方が良いだろう。必要になってから集めるのは面倒だ。

 そう、聖女のためではなく自分のためだと言い聞かせ、もう一度深く溜息を吐いてから私は出立の準備を始めた。

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