鍛冶師

 私達がイシース王国を発ち、東の国ラディウスの領土へと入った頃、聖女は無事二体目の『ボス』を倒したようだ。

 道中ラディウスの隠し迷宮へと赴いてみると、漂う魔力が明らかに濃くなり、現れる魔物も強さを増していた。

 しかし、それでもまだ物語の第二章が終わったばかり。

 難なく六つの命を持つ邪神を討伐し、ラディウスの国王へと謁見した後は、国王の計らいで一室を用意されたため仕方なく宝珠の作成に取り掛かった。


 といっても、集中したいからとヒュースとアーリア以外は部屋から追い出し、意味の無い魔法陣を構築しては分解する。

 また時折余った素材を使って適当な魔道具を作ったりして、ある程度時間が経ったところで今日の作業は終わりだと嘯く。そんな宝珠とは関係の無い作業を繰り返しているだけだ。


 本当は宝珠の作成も設置もそう時間の掛からない作業なのだが、私達は短期間で三つの隠し迷宮を攻略している。

 あまりにも早すぎると、聖女ではなく私に注目が集まり過ぎてしまうだろう。

 そのため周りからは手間取っていると思われるよう、適当に時間を潰しているのだ。



 物語では各地を巡る聖女に対し、誰もが好意的で、誰もが彼女の来訪を心から喜んでいた。

 何せ聖女は古来より恐怖の対象である魔物を滅する力を持つ唯一の存在。

 例え他国の平民だとしても、聖女には自国に留まって欲しいだろう。

 けれど聖女本人の意思が無いのに無理に引き留めようものなら、むしろ距離を取られかねない。

 そのため表面上は好意的に接し、気に入られるよう手を尽くすのだ。全ては聖女を手に入れたいという欲望のために。


 誰もが欲する聖女様。その代わりとなれそうな者がいるのなら、聖女を手に入れられなくともその者を手に入れたいと思うというもの。

 ただでさえ私には退魔の力で一国を守っていた実績がある。その上一国の王女というのも合わさって、以前から目を付けていた者もいただろう。

 そういった思惑から守るための婚約なのだが、そんな形だけの契約など、壊す方法は山ほどある。


 在りもしない事実を捏造するならまだ可愛い。最悪なのは無理に関係を持たれる事だ。

 そんな事をすれば国交問題は免れないため、余程の事が無い限り実行しないだろうが、目立ち過ぎればどうなるかわかったものではない。

 実際、私との距離を縮めたいのか王子から誘いがあったが、宝珠作成を理由に断っている。

 あの調子では頃合いを見てまた誘いに来るつもりだろう。厄介でしかない。



 今のところ最初の隠し迷宮は王都から近かったから、他の二つは道中にあったから気付けたのだと誤魔化せるため問題無いだろう。

 宝珠に関しては作り方も設置方法も私しか知らず、私しかできないため、いくらでも時間を掛けられる。

 あまり遅いと問題なのでその辺りは気を付けなければならないけれど、それだけだ。

 宝珠の効果とその規模を考えれば、作成に三日、設置に一週間程度掛かったところで早いぐらいだろう。


 まずは三日、宝珠の作成と言ってこの部屋に籠り、その後は宝珠を設置する魔法陣を構築するためとでも言って城を出よう。

 国を離れ自由に動ける私と違い、次期国王であるあの王子には執務が山のようにあるだろう。城さえ離れてしまえば避けられるはずだ。



 全く、装備を整えるためにもしばらく滞在したいというのに、こうも余計な仕事を増やされるとは。

 今はまだ王の目が多いため仕方なくラディウスの国王へ謁見したが、今後はなるべく謁見を最後に済ませられるよう立ち回った方が良さそうだ。

 二人以外誰も居ない事を良い事に、部屋へ届けられた王子からの花束と添えられたメッセージカードを一瞥し、溜息を吐いた。




 国王に今後の予定を問われた際に、装備を整えるつもりだと答えたからだろう。

 宝珠を作り終えて城を離れようとすると、国一番の鍛冶師を紹介すると言われ案内の使者が派遣された。

 どこにいるかは知っているため別に案内が無くとも良いのだが、目的の鍛冶師は険しい山奥に引き籠っているドワーフの職人だ。

 拘りが強い頑固者として有名らしく、依頼されても内容が気に食わなければ断られると聞く。国の紹介があれば門前払いにはされないだろう。



 使者による案内の元、岩肌が剥き出しの山道を登り、崖に掛けられた吊り橋を渡って山奥へと進んでいく。

 アーリアが支援魔法を使ってやっているためどうにか付いてこれているようだが、普通の貴族令嬢達には厳しい道のりだったのだろう。

 目的地である鍛冶場までは来れたものの、限界だと服が汚れるのも気にせず倒れこむ侍女達を放って鍛冶場へと入っていく。


 アーリアと使者が良いのかとこちらを見て来るが、私は事前に同行するのか確認して、無理せず残るようにと告げている。

 悪路だと良く知る使者も地図を用いて道を説明していたのに、それでも付いて来ると決めたのは彼女達自身だ。

 山奥とはいえ人の手が入っており、私に付けられた護衛の騎士達も同行している。彼女達の面倒は彼等に任せていれば良い。

 自分の体力すら把握せず、使者の丁寧な説明も聞き流し、ただ自分達の都合のために付いて来ただけの者達など知った事か。




 中に入れば石造りの壁には剣や槍、盾といった沢山の武具が所狭しと飾られており、部屋の一角には大きな木箱がいくつも置かれているようだ。

 今も武器を作っていたらしく、轟々と燃え盛る炎が工房の中を熱気で満たしていて、焼けた鉄の臭いが鼻を掠めた。



「あちらが我が国一番の鍛冶師、ドナウ殿です。

 ドナウ殿、先日お伝えしていたイシース王国のフェリミナ王女です」


「おぅ、どーも」



 使者に紹介され、炉の前に居た男が渋々と言った様子で腰を上げる。

 私の胸元程度の背丈の男の顔はほとんどが髭に埋もれていて、視線すら合っているのかもわからない。

 体に対して随分大きな手には使い込まれた鎚が握られており、どんな客か見定めているのか、視線が上から下へと動いたと思えば納得したように頷かれた。



「話は聞いている。噂通り随分と特別な魔力をお持ちのようで。

 それで? お姫様はオレにどんな仕事がご所望で?」


「彼に合う武器と装備を。

 それから彼女には身を守るのを優先した装備を誂えてもらえるかしら。素材はこれを使って頂戴」



 ヒュースから鞄を受け取り、中にある素材を適当に取り出していく。

 ドラゴンの鱗に大蛇の牙、邪神の角と、今まで集めた素材が山のように重なっていく。

 宝珠を作るのに必要な物は除いて使えそうな物を手あたり次第出していったのだが、どうやら私達は集め過ぎていたらしい。

 まだまだ鞄の中にあるけれど、大きなテーブルが埋まってしまいそうになったところで手を止めれば、鍛冶師は恐る恐る手近な素材を一つを手に取った。



「こ、こいつは……どれも一級、いや特級品の素材ばかり……! 姫さん、アンタこれを一体どこで手に入れた……!?」


「全て私達が討伐した魔物から剥ぎ取った物よ」



 興奮しているらしく、震えながら素材を見ている鍛冶師に対して淡々と答えてやる。

 後ろで使者が嘘だと呟いているが、こんな物、嘘を吐いてどうなるというのだろうか。

 使者がどう思おうとどうでも良いので、無視したまま鍛冶師へと鞄の中にはまだ素材があると伝えれば、鍛冶師は一瞬の間を空けた後、力が抜けたように笑った。



「ハハッ……なるほど、こりゃあ楽しい仕事が出来そうだ。

 装備一式って話だが、杖は要らんのか? 姫さんとそっちの嬢ちゃんは見た所魔法使いだろう」


「私は必要無いのだけど……そうね、杖はエルフの里に赴いた時に作ってもらおうと思っていたけれど、アーリアの分は一つは作っておきましょうか」


「そんな! 私の物より姫様の物をお作りください!」


「私は杖があるとむしろ退魔の力が使い難くなるから良いの。

 支援魔法と妨害魔法に適した物を一つお願いできるかしら」



 恐らく杖の属性に引っ張られてしまうのだろう。

 幼い頃、まだ上手く魔力を操れなかった頃に補助のためにと杖を用意された事があったが、杖を使うとむしろ退魔の力が練りにくくなっていた。

 退魔の力専用の杖などあれば良いのだが、浄化の杖はあっても退魔の杖は物語に出てこない。

 そのため杖を用いるとしたら私専用の物を一から作らなければならないのだが、どんな素材を使えば良いのかわからないし、苦戦を強いられていない今は必要無い。



「ふむ、支援魔法と妨害魔法たぁ珍しいな。その二つが両立できる奴はあんまし居ねぇ。

 ……よし、任せな。エルフの職人にゃ負けるが、十分使える杖を作ってやるよ」



 そう胸を叩いた鍛冶師は、まず持ち主となる者の特徴を捉える事から始めるらしい。

 後ろに控えていたヒュースを呼び、工房のあちこちから多種多様な剣を持ってきては握らせ、軽く試させている。

 普段は必要以上喋ろうとしないヒュースだが、自分の命を預ける武具となれば別なのだろう。

 剣の重さや重心など、私にはよくわからない話が飛び交い始めたものだから、近くの椅子を陣取りその物珍しい光景を眺める事にした。



 私達が来る前から素材や鉱物、道具などが散乱していたけれど、試し振りの空間は確保してあるのだろう。

 鍛冶師に促されていつもの片手剣ではなく、とても重そうな両手剣を振るうヒュースを眺めていると、アーリアが恐る恐るこちらへと近寄って来る。



「姫様、あの……私は杖が無くても平気なので」


「あのねアーリア、これは必要不可欠な投資なの。遠慮なんかしないで受け取って頂戴。

 貴女が倒れでもしたら私の負担が増えるから、そのためにも、ね?」



 最難関の隠し迷宮を攻略できたので、今後は聖女が物語を進めるのに合わせて各地を巡るつもりだ。

 しかし聖女が物語を進めていくにつれ、各迷宮の魔物は強くなっていく。

 今は平気でも、いずれ魔物との戦闘は苛烈を極める事だろう。その最中でアーリアに倒れられると困るのは私なのだ。


 そもそも魔物との戦いは侍女の仕事ではない。

 侍女になって日が浅いというのもあるせいか、元々遠慮しがちなのはわかっていたが、これは命に関わる事。

 危険な仕事をさせられているのだから、これぐらい素直に受け取ってもらいたいものだ。



「お二人なら私が居なくても平気だと思うんですが……」


「あら、そんな事無いわ。貴女が居るのと居ないのとじゃ大違いよ。ねぇヒュース」


「姫のおっしゃる通りかと」


「ホントかなぁ……」



 鍛冶師との打ち合わせが一段落ついたのか、戻って来たヒュースに話題を振ればすぐに頷かれる。

 アーリアは戦闘中、ひたすらに支援をしているからあまり実感が湧かないのだろう。

 納得していない様子のアーリアだが、鍛冶師に呼ばれ、こちらに申し訳なさそうに頭を下げ駆け寄っていく。


 一番支援の影響を受けているだろうヒュースがそう言っているのだから納得して欲しいものだが、こればかりは本人の問題だろう。

 いずれ他の侍女達のように、とまでは言わないが、ある程度の図太さは持ってもらいたいものだと思いながら、重い杖を持たされ悲鳴を上げるアーリアに笑いが零れた。






「ま、こんなもんか。出来上がるまでしばらくかかる。

 出来次第そこの使者さん伝いに連絡を入れるから、そん時また来てくれや。

 それとも俺が城に持ってった方が良いか? 最後渡す前に調整してぇが、近くの鍛冶場でも借りりゃどうにかできるだろ」



 鍛冶師の指示に従い採寸を済ませると、必要な情報が揃ったのだろう。

 手元の用紙に数字や図案を書きなぐった鍛冶師がそんな事を言うものだから、思わず瞬きを繰り返した。



「あら良いの? 貴方はそういった事はしない人だと聞いていたのだけど」



 彼の噂はイシース王国に居た頃から聞いている。

 気が乗らなければどんなに大金を出されても依頼は受けず、相手が国王だろうと自分の鍛冶場から出ようとしないのだと。


 国からすれば、腕利きの鍛冶師にはすぐに訪ねられるよう王都に鍛冶場を構えて欲しいはず。

 わざわざ使者を派遣してまで国から直接仕事を依頼するような者であれば、なおさらだ。

 しかし彼はこんな山奥に鍛冶場を構え続け、その動かなさは隣国の王女が訪ねて来たとしても城に登城する事もなく、自ら来させるほどのもの。


 そんな彼がわざわざ城へと出向くだけでなく、誰かの鍛冶場を借りて調整までしてくれるというのか。

 彼を良く知るだろう使者も驚いているようで、あまりの衝撃に家具へ足を強打していた。



「なに、アンタらみてぇな客相手だ。そんぐらいしねぇと罰が当たっちまう。

 今後とも是非贔屓してもらいたいしな」



 後ろから聞こえる呻き声を無視して鍛冶師はそう笑う。

 確かに私達の持ち込んだ素材は普通では手に入らない物ばかりだ。

 中には隠し迷宮固有の魔物から取った素材もあり、鍛冶師としては興味をそそられるに違いない。

 また来る事があるかはわからないけれど、彼に気に入られたのであれば、今後はラディウス王家を通さず頼っても問題無いだろう。



「そういう事でしたら、お言葉に甘えて城に来てもらおうかしら。

 でも、私達はこれからラディウス国内を巡る予定だから、事前に連絡を入れておいてくださる?

 そうすれば私達にも連絡が来るでしょうし、待たせる事も無いでしょう」


「はいよ、使者さんもそれで良いな?」


「え、あ、あぁはい! ドナウ殿がそれで良いのなら、こちらとしても助かります。

 王へは私からお伝えしておきますね」


「お願いするわ」



 使者としてここに出入りする彼も、あの山道を何度も行き来するのは嫌なのだろう。

 あからさまに嬉しそうにする使者に、面倒をかけている鍛冶師は音を立てて頭を搔き、苦笑いしながら口を開いた。



「それと、これは鍛冶師に伝わる噂程度の話なんだが……北の国にある霊山には、ありとあらゆる力を高める霊石ってモンがあるらしい。

 なんでも神の力を宿した伝説の武具にはそれが使われているって話でな。

 姫さんの、退魔の力だったか。霊石を使えばその力専用の杖も作れるかもしれん」


「まぁ……貴重な情報をありがとう。覚えておくわ」


「あくまでも噂程度だから、期待しすぎないでくれよ。

 それに霊山は侵入者を一切許さないって話だ。姫さん達程の実力者なら、無理して行く必要もねぇだろうよ」



 霊山。それは年中雪に包まれ、人を寄せ付けぬという神秘の山。

 物語でも聖女が訪れる「イベント」があり、一国の姫としてもその存在は知っていたが、霊石なんて聞いたことが無い。

 聖女に与えられた浄化の杖のように、私の退魔の力を更に高められる杖が在れば、より一層魔物との戦いが楽になるだろう。

 しかし霊山は物語だと聖女だけが足を踏み入れることができた未知の領域。赴くにはそれ相応の覚悟が必要になってくる。



 私は世界を救いたいわけではない。

 世界を救うのは聖女の役割であって、私はそれまで誰にも責められないよう自分の責務を全うするだけ。

 霊山など、それこそ聖女一行が魔王討伐が失敗でもしない限り赴く必要は無いだろう。

 隠し迷宮で始まりの楔を破壊した今、聖女一行はほぼ間違いなく魔王を屠れるはず。

 覚えてはおくが使いはしないだろう情報を手に入れ、私達は鍛冶場を後にした。

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