原初の楔

 一見ただの壁画でしかない地下迷宮の入り口。

 その傍らに施された幻術と仕掛けを解き、露わになった隠し通路を進んでいく。



「姫様はどうしてこんな場所をご存じなのですか?」


「退魔の力が反応するの。迷宮の魔力でしょうね」



 ここまで一切迷う事無く来ているのだから、疑問に思うのも当然だろう。

 不思議そうに首を傾げるアーリアへ、ヒュースにしたのと同じく適当な理由を語ってやる。


 私が隠し迷宮を見つけられるのは、全て物語の知識で知っているからに他ならない。

 確かに退魔の力で隠し迷宮の魔力をうっすらと感じ取る事もできるが、幻術によってそのほとんどが隠されている。

 強大な魔物を封じるために、人が間違って迷い込んでしまわぬようにと、神によって施された幻術。

 人知を超えた力によって隠された迷宮は、退魔の力だけでは到底見つけられていなかっただろう。


 その幻術も、神の施した物とはいえ悠久の時を経て随分劣化しているらしい。

 見つける事こそ難しいが、強い魔力を当てれば容易く解けてしまうのはどこも同じようだ。

 『二週目』に入口が現れていたのも、強さを引き継いだ聖女達の魔力に当てられたからだろうか。



 ──もし聖女一行が『二週目』なら、今頃私はどうなっていたのだろうか。

 なんて考えかけた所で近付く魔の気配に退魔の力を放ってやった。



「お手並み拝見と行きましょうか」



 通常の魔物なら動けなくなる程の退魔の力をぶつけられ、苦しみながらも襲い掛かってくる蛇の魔物。

 やはり最後を冠する隠し迷宮ともなれば、そう簡単には進ませてくれないようだ。

 ヒュースが前に出ると同時、アーリアの支援魔法が飛ぶのを横目に、このまま迷宮を攻略できるか判断すべく私は暗がりが広がる迷宮で目を凝らした。






「案外あっけなかったわね」


「い、いやあの、姫様達が規格外というか……お二人とも強すぎません!?」



 隠し迷宮の最奥、『ボス』の待つ大広間にて、動かなくなった七つ首の大蛇を前に小首を傾げると、アーリアの悲鳴じみた叫びが木霊する。

 最初は苦戦するかと思っていたのに、実際対峙してみれば難なく倒せてしまい、肩透かしを食らったとはまさにこの事だろう。

 楽に倒せたのは良い事だけれど、身構えていた分、張り合いが無いと思ってしまうのはいけないことかしら。



「やっぱり、支援魔法の使い手がいると安定感が違うのね。

 前にドラゴンを倒した時はもう少し苦戦したもの」



 物語の序盤で来たのもあるだろうが、やはり支援魔法の使い手がいるといないとでは大きく違うのだろう。

 全く同じ相手では無いため比較は難しいが、感覚的には一つ目の隠し迷宮で対峙したドラゴンよりも楽に倒せた気がする。

 あの時は私が支援も担っていたからできなかったが、今回は魔法で絶え間なく攻撃する事ができていた。

 相手から放たれる魔法もわざわざ避けるのではなく私が相殺していたから、ヒュースも楽だったろう。


 言われずとも黙々と素材を剥ぎ取り始めているヒュースを見れば、相変わらず目立った傷は無いらしい。

 私のために素材を集めてくれている騎士へ念のため回復魔法を施してやれば、彼は一瞬手を止めた後、こちらに一礼を捧げて剥ぎ取りを再開した。



「私……これでも魔法学院の特待生だったんですが……姫様を守るどころか守られてる……」


「貴重な支援魔法の使い手なのだもの。普通、この中で一番守られるべきは貴女でしょう?」


「でも姫様は姫様なんですよ!? いくら退魔の力があるといっても、前に出すぎです!!」


「あら、魔法使いの立ち振る舞い方としては正しい位置だったと思うわ」


「それはそうなんですけどぉ!」



 強大な魔物を倒した達成感と、自分への不甲斐なさからか。いつになく元気に叫ぶアーリアにくすくすと笑ってしまう。

 普段は侍女らしく大人しくしているけれど、これが彼女の素なのだろう。

 私に泣きそうになりながら注意をするのはおろか、反論されて開き直ってしまうような人も今までいなかったので、なんだか新鮮だ。



「さ、素材回収はヒュースに任せて、私達は周囲の警戒と探索をしておきましょう。

 何かあるかもしれないものね」


「わかりました……」



 もうしばらくアーリアで遊んでも良いけれど、ここではまだやる事がある。

 まだ少し不貞腐れながら私に付いて来るアーリアを横目に、入口から右手側にある壁へと向かう。

 誰が何のために残した物なのか、壁に描かれた壁画の中からまずはドラゴンの描かれた箇所へと近付けば、ドラゴンの瞳が不自然に出っ張っているのが見て取れる。

 迷う事無くそれを押し、次は二つの尾を持つ獣、三つの足を持つ怪鳥、四つの腕を持つ巨人、五つの分身を持つ水魔、六つの命を持つ邪神と、それぞれ順に押していく。

 最後に中央の七つ首の大蛇の心臓部分で輝く魔石を押せば、大広間の奥、大蛇が守っていた壁画が半分に割れ、扉のように開いていった。



「姫」


「隠し部屋のようね。素材は剥ぎ取れたかしら?」


「……後少し、お時間を頂けますか」


「えぇもちろん。それが終わり次第行ってみましょう」



 壁画のような扉が開くと同時、剥ぎ取る手を止めて瞬時に私の元へと飛んできたヒュース。

 大蛇の死体を見る限り、もう半分といったところだろうか。

 迷宮の『ボス』を倒した今、急ぐ気は無いのでゆっくりとヒュースが素材を回収し終えるのを待つ。

 そしてヒュースを先頭に隠し部屋へと入っていけば、赤黒い輝きが私達を出迎えた。


 暗闇の中、淀み切った魔力を伴い輝く魔法陣の中心で蠢く何か。

 黒く変色した肉塊のようなそれは、心臓でもあるように時折脈打っている。

 それに呼応するように魔の気配が強く広がっていくのを感じ、すぐさま退魔の力を宿す結界を張ってこちらへと襲い掛かってくる魔の気配を退けた。



「二人共、ここを動かないで頂戴」



 物語でもその悍ましさは描写されていたが、これほどとは。

 普通の者であれば、ここに一歩踏み入れた途端、魔に侵され発狂していたに違いない。

 全く、こんな物は封じるのではなく滅しておいてほしいものだが、遥か遠い存在である神は何を考えていたのやら。

 遺す他無かったのかもしれないが、当時を知らず、遺された側である私には迷惑でしかないというものだ。



「あれは一体……あんな黒い魔力、見た事ありません……!」


「姫、一旦ここを離れましょう……姫?」



 ヒュース達が警戒し、撤退を促すけれど、私はそれを無視して前へと歩み出る。

 明らかな危険に対する私の行動に二人が戸惑っているのはわかっているが、私は気にせず魔法陣へと手を翳す。

 物語では聖女が浄化の力を使った途端消えていたけれど、退魔の力だとどうなるか。

 物は試しだとありったけの退魔の力を魔法陣へと放てば、眩い光と共に激しい魔力のぶつかり合いが起き、しばしの轟音の後、魔法陣は跡形もなく消え去っていった。



「ひ、姫様!」


「ヒュース」



 急激な消耗にふらついた私にアーリアが駆け寄って来る。

 その手に重い体を任せてただ一言、ヒュースへ命ずる。



「切って」



 たった一言の命令に従い、魔法陣が解かれてもなお中心で蠢く何かへとヒュースの一閃が放たれる。

 そして一瞬の静寂の後、パキンと割れるような音がして、それは塵となって消え去った。



「あれは、一体……」


「さぁ……何かはわからないけれど、良くない物は確かね」



 先ほどまで部屋を満たしていた悍ましい魔力が消え去り、何もない空虚な部屋に私達の声だけが響く。

 まだ少し眩暈があるけれど、無事破壊できた事に安堵しつつ自分の足でその場に立ち、魔法陣のあった場所へと視線を向けた。



 あれは、魔の始まりである誰かの呪いの楔だ。

 元は神だったのか人だったのか、世界を恨んだそれは破滅を願い、呪いを遺したという。

 物語でもそれ以上語られていない。だがあれが魔の始まりであり、魔の根源だ。

 そしてあの楔を破壊すれば、最終決戦にて呪いの権化である魔王は弱体化するようになっている。


 これで聖女一行はより一層世界を救いやすくなっただろう。

 彼女達には絶対に世界を救ってもわらなければならない。これ以上の助けは無いはずだ。



「それより姫、お体は大丈夫なのですか」


「え?」


「そうですよ姫様……顔色が凄く悪いですし、少し座った方が……」


「あら、ホント? 魔力を沢山使ったからかしらね……ちょっと疲れちゃったみたい。

 もう何もないようだし、帰りましょうか」



 消費した魔力は結界を保っていた時とそれほど差は無いけれど、常時奪われるのと一気に消費するのとでは体に掛かる負担が異なるようだ。

 『ボス』を倒し。呪いの楔も破壊したとはいえ、退魔の力を使えない状態で隠し迷宮に留まるのは危険でしかない。

 目的も果たしたので来た道を戻ろうとアーリアの手から離れて振り返るが、足がもたつき体が倒れていく。

 思わず来るだろう衝撃に備えるが、腹部に回された腕がそれを防いでくれた。



「あ、ありがとうヒュース……」


「……無礼をお許しください」



 許可なく触れた事への謝罪かと思ったが、違うらしい。

 剣を鞘に戻したかと思えばヒュースは私の背中と膝裏に手を回し、軽々と抱き上げる。

 突然の浮遊感に驚き間近にあるヒュースの顔を見るが、降ろすつもりは無いらしい。

 少し申し訳なさげにしているものの回された腕は力強く私を支えていて、触れ合い伝わる熱に息が止まりそうになった。



「お嫌かとは思いますが、しばし我慢を」


「……嫌じゃないわ」



 嫌ではない。驚きはしたけれど、不思議と嫌ではないの。

 これは私がまともに動けないと判断したからこその行動でしょう。

 私を気遣って、私のためにとしてくれた事でしょう。

 それを嫌だなんて思うわけがないのです。

 ただ、こんな風に誰かの腕に抱かれる事なんて無かったから、固まってしまっただけなの。



「お言葉に甘えて、運んでもらうわね」



 こういう時は身を任せきった方がヒュースも動きやすいだろうか。

 そう思ってヒュースの首に腕を回してこちらからお願いすれば、ヒュースは僅かに身を固めた後小さく頷く。

 そして一呼吸おいてから呆然としているアーリアへと声をかけた。



「侍女殿、来た道を戻るためほとんど魔物はいないと思いますが、いつ魔物が現れるかわかりません。

 自分から離れないようにしてください」


「あ、わ、わかりました!」



 アーリアも、今回初めて『ボス』と対峙したから疲れたのだろうか。

 慌てて何度も頷いたアーリアに後ろを任せ、私達は隠し迷宮を後にしたのだった。

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