旅立ち
結局、彼女達は同行する事を選んだらしい。
ヒュースとアーリア、そして付いて来た侍女達と、王より護衛の騎士が数名付けられて私は王都を発った。
聖女一行は物語の進行と同じく、今はイシース王国から西へと向かっていると聞く。
彼女達がどれほどの速さで進めていくかまではわからないが、今後どこへ向かうかはある程度予想がつく。
どこにいるか、どこを救ったか。その情報さえ把握していれば、鉢合わせる事は無いだろう。
できれば今はゆっくりと進んでいてもらいたいものだが、どうなる事やら。
私とは違い、与えられた使命と寄せられた期待に誠心誠意応えようとする少女の姿を思い出し、揺れる馬車の中小さく溜息を吐いた。
別に、聖女が私に直接害を与えるわけではない。
一度だけ会った彼女はただ純朴な少女で、顔も知らぬ誰かを救うためにその身を捧げられる心根を持っている。
私に悪意を持って近付くわけでも、私を陥れようと画策するわけでもない。
ただ同じ、他の者には無い特別な力を持つ存在。そうわかってはいるけれど、【私】の末路に刻まれた絶望は拭えない。
できれば聖女とはもう会いたくない。
聖女とも、聖女と共に行動する彼等にも。
私も退魔の宝珠を設置する旅に出ると聞いたのか、出立前に婚約者から手紙が来ていたが、一度目を通して捨てた手紙の内容などもう覚えていない。
立場上、当たり障りのない返事はしたけれど、それだけだ。
【私】にとって彼からの手紙は心の支えだった。
【私】を気遣う言葉をくれるのは彼だけだったのだ。
それが社交辞令だとわかっていても、【私】にはその言葉だけが頼りだった。
だが、今は違う。
【私】の絶望が染みついた者の言葉など、私には必要無い。
いずれ【私】ではなく違う誰かを選ぶ者の言葉など必要無いのだ。
物語で彼は【私】を倒した後、大した動揺も悲しみも無く、何事も無かったかのように聖女と共に世界を救った。
その後、旅の中で恋仲になった誰かを娶り、英雄の一人として名誉ある人生を送ったという。
相手が聖女なのか違う誰かなのか、聖女の選ぶ『ルート』によって異なるけれど、彼が誰と結ばれようとどうでも良い。
彼は【私】を選ばない。ならば私も彼を選ばない。ただそれだけ。
王の取り決めた婚約が結ばれている以上、今後も彼との手紙のやり取りは続けなければならないのだろう。けれど、それだけだ。
物語の彼のように私も忙しさを理由に手紙を滞らせようか、なんて考えていたけれど、目的地である街が見え、気付けば手紙の事など思考から消え去っていた。
隠し迷宮は六つの国に一つずつ、そして魔の発生源である地下迷宮の傍に一つ存在する。
聖女達が物語を進め、強敵を倒した際に手に入れる六つの鍵を用いて入る地下迷宮。
その入り口付近には隠し通路があり、その先に最後の隠し迷宮が存在している。
地下迷宮の入り口は最初の強敵が居た場所。
私が放っていた退魔の力の効果範囲内でありながら、突如現れた魔物によって大きな被害を受けた最初の街。それが私の旅の最初の目的地だ。
「貴方達はここに居て。ヒュース、アーリア。行きましょう」
「お、お待ちください王女殿下! 我々もお供致します!」
王都からほど遠くない街だからか、王女も旅に出たという話は既に出回っているらしい。
物珍しそうに集まる人達に気にも留めず、二人を連れて隠し迷宮へ向かおうとする私に騎士の一人が待ったをかけてきた。
王から護衛の任を与えられたからか、どうやら彼等は自分達も王女の騎士になったと勘違いをしているようだ。
街に着いて早々置いていかれそうになり、慌てて同行を申し出て来た騎士達を一瞥する。
魔力はそこそこあるが、この程度では隠し迷宮に入る事すらできないだろう。
それは隠し迷宮に入った事のある二人もわかっているのか、ヒュースは無表情だがアーリアは露骨に顔を顰めている。
二人の反応は正しい。何よりここの隠し迷宮は、お荷物を抱えて挑めるほど簡単な場所ではないのだ。
物語において『最終ダンジョン』である地下迷宮の傍に設けられたこの隠し迷宮は難易度が桁違いに高かった。
それこそ、二週目の育ち切った聖女一行でも終盤に訪れると軽く死にかねないほどだ。
しかし地下迷宮には入れずとも、隠し迷宮に繋がる隠し通路にはいつでも入れるので、二週目を始めたらすぐに挑むのが吉とされていたらしい。
迷宮の難易度は物語の進行によって上がっていく。
一体目の『ボス』を倒せば一段階、二体目の『ボス』を倒せばまた一段階と、敵の強さが上がっていくという『システム』だったらしい。
それは本来『二週目』で解放される隠し迷宮でも変わらず、物語が始まったばかりの今が攻略する絶好の機会というわけだ。
一つ目の隠し迷宮は聖女がまだ最初の『ボス』を倒していなかったから、私とヒュースの二人だけでも攻略できた。
王都を発つ前に得た情報によれば、聖女一行は二つ目の物語を進めている最中のはずだが、それもどうなっているか。
王による騎士の選定などで準備に時間が掛かり、それに伴い出立が遅くなってしまったため、当初の予定より数日程遅れが生じている。
聖女が二体目の『ボス』を倒してしまう前にこの迷宮はさっさと攻略してしまいたいのに、これ以上無駄な時間を使わせないでもらいたい。
とはいえ、彼等は護衛としてここに来ている。
命令で置いていっても良いのだが、護衛対象から離れるわけにはいかないと黙って後を付けられると面倒だ。
悪態を吐いてしまいたくなるのを堪え、ヒュースへと視線を向ける。
私の意図は通じたらしく、黙って頷いた私の騎士に全てを任せるべく、騎士達が夢見るような王女らしい微笑みを作ってやった。
「貴方達、例の迷宮についての報告内容は確認しているのよね?
あの迷宮は普通の迷宮とは違うの。だからそうね、ヒュースに一撃入れる事ができたら同行しても良いわよ」
「……は?」
私の告げた言葉を理解できないとばかりに呆ける騎士達を無視し、ヒュースが一歩前に出る。
その後ろで空気を読んだアーリアが周囲の者に場所を空けるよう告げていて、人だかりの中に開けた空間ができていく。
集まった野次馬が怪我をしようとどうでも良いが、こちらに責を求められるのも煩わしい。
そのため周囲に軽く結界を張ってやっていると、騎士の一人が苦笑いを堪えながら前に進み出た。
「えぇと、王女殿下。彼にたった一撃入れればよろしいのですね?」
「そう、たった一撃。
でも貴方一人ではなく、全員でかかりなさい。その程度もできない騎士なんて連れていっても邪魔なだけだもの」
どうせ王が私の護衛に任じたのは第一部隊の騎士達だろう。
相手は元第三部隊の下級騎士だと、後ろで顔を見合わせ呆れたように肩をすくめていた騎士達にも前に出て来るよう命令する。
私の発言が気に障ったのか、騎士達は僅かに怒りを露わにしていたが、それも無駄な事だ。
「ヒュース、良いわね」
「はい、姫」
私の前に立ち、剣を抜くヒュースと交わした言葉はただそれだけ。
それだけでも私のして欲しい事は違える事無く伝わっているのだろう。
その証拠に、数分も経たぬうちに地に伏した騎士達を置いて、私達はその場を後にした。
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