私の責務
隠し迷宮の調査にアーリアも参加してからというもの、調査速度は更に上がっていった。
騎士の中にも支援魔法を使える者はいたが、アーリアの魔法は通常より効果が高いようだ。
私が退魔の力で魔物を弱めた状態でアーリアが支援魔法を使えば、ヒュースはどんな魔物でも一撃で切り伏せてしまえるようになっていた。
他の騎士達ではそうはいかないので、ヒュースの実力があってこその事のようだが、同行する側としては颯爽と進んでくれると気が楽で良い。
そうして隠し迷宮が発見されてから二週間弱、調査は完了し、私は第三部隊の面々と共に王城へ帰還した。
調査結果と共に退魔の宝珠についても報告すれば、王は目の色を変えてすぐさま王城に設置するよう命じてきた。
どうせ退魔の宝珠の件が無ければ聖女一行の活躍を引き合いに出し、勝手な行動をする王女をここぞとばかりに責め立てるつもりだったのだろう。
一部の家臣達から妙な空気が漂っていたが、私には最早どうでも良い事だった。
魔術式に専用の魔法陣を組み込み、新たに退魔の宝珠を設置する。
すると結界と同じく王都に住む者から魔力を集めた宝珠は退魔の力を放ち、結界を通じて広範囲へと広がり始めた。
この様子なら以前よりもっと退魔の力が広まっている事だろう。
宝珠を設置するのを見ていた者達が感嘆の声を漏らしているのを横目に、魔術式の対象者から私を外せば、変化はすぐに訪れた。
常に襲い掛かって来ていた疲労感が無くなり、重かった体が軽い。
魔力を奪われる気持ちの悪さも無くなって、頭痛も治まっていく。
ようやく解放された。ようやく、ようやくだ。
そう喜びが湧き上がると同時、これが普通の人々の感覚なのだと思うと無性に苛立ちも湧き上がってくる。
ずっと当然だと思っていた。これが私の役目だと。私がしなければならない事なのだと、ずっとそう思っていた。
少し前の私であれば、それが当然だと抗う事もせずにただ受け入れていただろう。
私の成すべき事なのだと、どれだけ身を削られようと、求められるままに応えようとしていただろう。
だが今は、そうまでして彼等を守らなければならないのか、わからない。
だってそうだろう。彼等は【私】に求めるだけ求め、【私】から何もかもを奪い続け、【私】の事など顧みず、挙句の果てに【私】は破滅へと堕ちて行った。
全て【私】の責任だったのか。全て【私】が悪いのか。
王家に生まれたから、特殊な力を持っているから、見返りなど求めてはいけないと?
助けを求める者達と同じく【私】も人であるはずなのに、【私】は退魔の装置としてしか認められない。存在を許されない。
限界以上を求められて、精一杯応えても顔も知らない誰かが満足できなければ蔑まれる。
そうして壊れるまで使い潰され、壊れてしまえば治そうともせずに捨てられる。
いずれそうなる未来を知っているのに、いずれそうなる状況に置かれているのに、何故彼等を守らなければならないのだろうか。
私が何をしようとも、どれだけ努力しようとも、世界を救えるのは聖女だけ。
私が持っているのは守る力だけで、世界を救う力ではない。
最後まで必要なのは聖女だけ。そう決まっているのに、私が身を削り続ける必要はあるのだろうか。
──なんて、考えても意味の無い事だ。私が王女である限り、私は私の責務から逃げられない。
けれどそれは【私】が担い続けた責務とは違う物。私はもう【私】ではないのだ。
見物していた家臣達が新たな力をもたらした王女に取り入ろうと持て囃す中、遠くで控えている私の騎士と目が合い、自然と微笑んだ。
退魔の宝珠を設置して数日。
目論見通り、聖女一行の話題も多少落ち着いていた頃だったのもあり、王都の話題は新たに見つかった迷宮と退魔の宝珠になっていた。
王家の支持を集めるためか、話題は王都だけでなく周辺諸国にも大々的に広めているらしい。
聖女一行に同行している婚約者からも賞賛の手紙が届いていたが、どうでも良かった。
「更に退魔の宝珠を作る事は可能か?」
王に呼び出され、正式に私付きの騎士となったヒュースを連れて王の執務室へと赴けば、挨拶もそこそこにいきなりそう問われる。
どうせ退魔の宝珠について広めたため、各国から問い合わせが来ているのだろう。
聖女一行が居るとはいえ、いつ自国へ訪れてくれるかはわからない。
それにこの国は私が退魔の力を使っていたからそこまで大きな問題ではないように思われていたが、通常、魔物を退けるには戦うしかなく、魔物の被害は深刻な問題となっているのだ。
今までは退魔の力を持つ者が私しかおらず、諦める他無かったのだろうが、退魔の宝珠の存在を知った今は違う。
退魔の宝珠さえあれば、自国でも魔物を退けられると思えば問い合わせたくもなるだろう。
イシース王国側としても、それで恩を売れれば万々歳といったところか。
本音を言えば王の点数稼ぎなどしてやりたくはないが、元々こうなると想定していたため、困った表情を作りながら考えていた言葉を吐いた。
「恐らく素材さえ揃えば可能でしょうが……王城に設置した物と同等となると、此度討伐したドラゴンの素材のような、相当な素材が必要となります。
それに作成できたとしても、設置する場合はその土地に合わせた魔術式を組み上げなければなりません」
「ならば各地から素材を集め、そなたに宝珠を作成してもらうとしよう。魔術式については魔導士を派遣し、設置させればよかろう」
「お言葉ですが陛下、それは無理かと」
「何?」
「今現在、この国を含めドラゴンなど強大な魔物を討伐できる者はそうおりません。
そもそもそんな魔物がどこにいるかもわかりませんし……運良く素材を手に入れられても、退魔の力に耐えうる物でなければ作る事も叶いませんわ」
「ふむ……確かにお前達が討伐したドラゴンは亜種だったと聞いている。
迷宮も通常の物と違い、魔力濃度も潜む魔物も異常だったそうだな」
「入口も秘されておりましたし、恐らく神代の迷宮かと」
「伝説に語られる七つの迷宮か……となれば、件のドラゴンも神が如き存在であろう。
そのような存在を素材にせねばならぬという事か……」
並大抵の素材では退魔の力を宿せてもほんの一瞬で壊れてしまう。
国一つを恒久的に守れるような宝珠を作るには、それこそ隠し迷宮──この世界では神代の迷宮と呼ばれ、伝説に語られる七つの迷宮に棲まう七体の魔物の核でなければ難しいだろう。
王の頭の中ではどうやって素材を集めるか思案しているのだろうが、無駄な事だ。
物語において『二週目』以降でしか赴けないその迷宮は、再び語られる物語に刺激を与えるためだけに用意されたただのおまけ。
手に入れた素材から『一週目』では手に入らない強い武器や防具を作る事ができても、それは世界を救うために必要な物ではない。
私と同じ、盛り上げるためだけに用意された舞台装置。それが隠し迷宮。
今この世界では私しか見つけられないのだから、王がどれだけ兵を使い、どこを探そうと見つけられるはずが無いのだ。
それに見つけられたとしても、私達が迷宮を進みドラゴンを討伐できたのは、私の持つ記憶と膨大な魔力からなる退魔の力、そしてヒュースの強さがあってこそ。
世界を救うために多くの実力者が集められた聖女一行であれば討伐できるかもしれないが、物語はまだ序盤。聖女を含め彼等はまだ弱く、成長途中でしかない。
彼等が世界を救うほどの力を培えば、神代の迷宮を攻略できるかもしれないが、退魔の力を求める者達がそれまで待てるわけも無い。
「ですので陛下、お願いが」
だから貴方はただ、私がする事を黙って容認していれば良いのです。
「退魔の宝珠に関しては全て私に任せて頂きたいのです。
今は各地の守りに加え、聖女一行の支援も必要となってきます。
資源はまず彼等のために使うべきですし、人手を割く余裕が無いのは私も存じております」
「……まさか今回のようにそなたが自ら迷宮を探し、素材を集めてくると?」
「はい。迷宮を見つけられたのは退魔の力のおかげです。
王都の守りは宝珠と結界だけで事足りるでしょうから、私が自ら探し、設置もしてまいります」
「何もそこまでせずとも良いのでは……」
「宝珠の力を損なわず、魔術式をその土地に合わせるには、それこそ製作者で退魔の力を持つ私でなければできないでしょう。
どのみち私が赴かなければいけないのです。であれば全て私に任せて頂けた方がこちらも動きやすいかと」
「しかし……一国の姫を危険な場所に送り込むわけには……」
「今は世界の危機。皆が危険なのです。それに王族である私が赴く事で、民の心も王家に集まりましょう」
世界を救う聖女に人々の心が集まり始めているのは王も感じているはず。
事実、聖女の求心力を恐れた王は【私】も同じように戦う事を求めて来た。
聖女が選ぶ相手によっては王家が没落しかねない。そう考えたのだろう。
だから同じく特別な力を持つ【私】を追い込んだ。【私】の限界など考えもせずに。
そんな事になるぐらいなら、全て自分の采配で行えるようにしておきたい。
実の娘の事もわかろうとしない者に任せていれば、どんな無理難題が降ってくるかわかった物ではないのだから。
全て私が致しましょう。貴方が望むような結果をもたらしてあげましょう。
だから貴方は何もせず、何も関わらず、ただ与えられる利益を受け入れていれば良いのです。
王家に民の心を集めるためとでも言っておけばこの王は頷くはず。
そう考えての最後の言葉だったが、予想通りこの王には深く刺さったらしい。
いかにも心配しているといった様子でありながら、期待を滲ませる声色で王は私の提案に頷いた。あぁ、本当に、扱いやすくて助かるわ。
これで今後、私の行動に関して国の介入は最低限に抑えられるだろう。
王の前を辞し、自室へ戻る途中、それまで沈黙を保っていたヒュースが口を開いた。
「姫は、人がお嫌いですか」
唐突に、言い難そうにそう問うてきたヒュースに瞬きを繰り返す。
周囲を見渡すが、丁度誰も居ない時を見計らって問いかけたようだ。
窓から朗らかな日差しが差し込む静かな通路で、ヒュースの声だけが響く。
「確かに各地の魔物や聖女一行の支援に人手が必要なのは事実でしょう。
ですが、姫の成そうとしている事も重要な事です。
どんな戦でも、拠点となる場所が失われればまともに戦えない。
特に攻めに転じたばかりの今は、地盤を固めるためにも姫を優先すべきだと自分は思います」
ヒュースと同じように、私の支援を考える者は多いだろう。
それこそ私がしようとしている事を知れば、すぐに協力を申し出て来る者が現れるのは想像に難くない。
けれど聖女一行への支援を理由にしてそれを跳ね退けようとしていると、ヒュースはわかっているのだ。
「ですが、姫自身がそれを否定される。
全て自分がする、助けは必要無いとおっしゃる。
自分には他者が関わるのを拒絶しているように見えました」
「……そう、ね。きっとそうなのでしょう」
結界を維持するためにと幼い頃から王城に籠り、ただ退魔の力を使い続けた。
人との関わりなど皆無に近い日々で、数少ない周りの人間は王家に近付きたいと願う物ばかり。
一人だけ、毎日のように倒れていた私を心配し、少しでも状況を変えようと働きかけてくれた侍女もいたけれど、王からすれば余計な事だったのだろう。
すぐに姫付きから外され、人伝に遠い北の国境付近へと配されたと聞いたのはいつだったか。
きっと王は私にそれが役目だと刻み付けたかったのだ。
他に何も望まないように、他に何も求めないように、使命を与え、責務を負わせ、私が歯向かう事すら考えられないように仕向けていた。
事実、【私】は退魔の結界を維持する事が役目だと言い聞かせ、何も願わなくなっていた。
それ以外、【私】に生きる意味は無いのだと思い込んで、それすら揺らいだ【私】はいともたやすく崩れ去った。
「信じる事が出来ないのでしょうね。父親である陛下も、剣である騎士達も、誰も」
まず頼るべき王は【私】を利用できるだけ利用し、挙句の果てには見捨てていた。
騎士達のほとんどは聖女を担ぎ上げ、【私】を役立たずだと見なしていた。
王妃である母は【私】がすり減る日々を知りながら気付かぬフリ。
身の回りの世話を任された侍女達も、【私】が体調を崩したところでいつもの事だと原因を調べようとすらしない。
どれだけ守っても、どれだけ支えても、最期まで【私】の傍に居てくれたのはたった二人の従者だけ。
そんな未来を知っていて、誰を信じる事ができるだろうか。
「貴方は、私に信じさせてくれるかしら」
誰も信じられない。誰も信じたくない。それなら最初から要りません。今更求める気にもなれません。
ただ二人、最期まで共に居てくれた彼等以外、私には必要無いのです。
何の感情も無い、ただ整っただけの微笑みを作り問いかける私に、ヒュースはただ真っすぐに私の目を見つめ返す。
「……無理に信じて欲しいとは願いません。
ですが貴女の剣として、傍に在る事をお許しください」
【私】の結末を知ってから、遠い誰かだった私を思い出してから、それよりもずっと前から抱いていた昏い感情。
自分では形容できずにいたこの感情を誰もがわからずにいたのに、彼は見抜いたのだろう。
まだほんの二週間程度しか共に過ごしていないというのに、誰もが見て見ぬフリをした私に気付いて、傷付けないようにしながら傍に居ようとしてくれている。
例えその先に破滅しか待っていなくとも、ただ傍に居続けた私の騎士らしい思いやりだと、自然と頬が緩んでいった。
「えぇ、許します。だからどこへ行こうと離れないで頂戴ね」
「はい、姫様」
許しを求められるのは初めてだと思いながらヒュースへ命じれば、悩む間も無く頷かれる。
こんな彼だから骸になろうとも私の傍に居てくれたのだなと改めて再確認して、私達は共に歩き出した。
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