貴女の一歩

 騎士は見つかり、無事私の騎士になってくれた。

 次は侍女を見つけたいところだが、こればかりはどうした物か。


 『追加コンテンツ』で主役を務めた騎士と違って、侍女は堕ちた【私】が王城を離れる際に付き従った描写があるだけの存在だ。

 名前も容姿も不明で、姫付きの侍女なのかすら定かではない誰か。それでも【私】に付いて来てくれた二人の内の一人。

 手がかりになりそうなのは、戦闘時の様子から支援魔法に長けていたと予想できるだけだろうか。

 聖女一行との戦いでは、騎士を前衛にして【私】が後衛で魔法の攻撃を、侍女は支援魔法と稀に妨害魔法も使っていた。

 せめてその姿に特徴でもあれば良かったのだが、騎士も侍女も骸骨姿になっていて、服装もごく普通の騎士の鎧と侍女の服と、手がかりになりそうな要素は無くされていた。



 一番可能性が高いのは姫付きの侍女だが、今ここにいる者だけでも五名。

 村と城を行き来して必要な物を送り届けている下級侍女も含めれば八名になる。

 その中には魔の手先となって【私】を蝕む毒を広げていた者もいるのだから困ったものだ。


 聖女の敵になる事から考えれば真っ先にその侍女が思い浮かぶものの、その者は【私】が魔に堕ちる直前、王都に攻め込んだ魔物達と示し合わせて城内で魔物と成り果て暴れ出し、聖女に浄化されていた。

 人の身を捨て、王城に混乱をもたらすためだけに死んだその者は、骸になってまで【私】の傍に居た者ではないはずだ。

 それに退魔の力で何度か調べたが、まだ魔が忍び込んでいる気配はなく、その者を絞り込むことすら叶わない。

 となると今できるのは、僅かな手がかりを元に探りを入れる事だけか。



「そうだわ! ねぇ貴女達、誰か支援魔法を使える人は知らないかしら?」


「支援魔法、ですか?」



 侍女達が揃っているのを見計らい、そう無邪気に聞いていれば、取り纏め役を務める侍女が若干の疲れを滲ませながら私の言葉を繰り返す。

 基本、王族に付けられる侍女は貴族出身の者ばかりだ。そのため掃除や洗濯など、下級侍女がするような仕事には慣れていないのだろう。

 一番若い侍女に色々と押し付けてはいるようだが、王城とは違って他の者も見ている手前あからさまにはできず、自分達もある程度はそういった仕事をしているらしい。

 普段は香水を付けたり化粧をしたりと身だしなみに注意を払っているのに、今はそんな余裕も無いらしく草臥れた様子の侍女達は訳が分からないとばかりに視線を交わしていた。



「今回の事で身に染みたの。退魔の力と魔法だけじゃなく、支援魔法まで同時に使うのは少し大変でね。

 魔物との戦いは一瞬の隙が命取りになってしまうわ。だからこれから迷宮に行く時、支援魔法を使ってくれる人が居て欲しいと思って」


「何も王女殿下自ら迷宮に行かずともよろしいのではないでしょうか?

 王女殿下は城ですべき事がありますもの。そういった事は専門の者に任せればよろしいかと思いますが……」


「ごめんなさいね、それはできないの」



 退魔の宝珠について知っているのはまだ私とヒュースだけだ。

 調査が終わり王城に戻った後、聖女一行の話題が多少落ち着いたのを見計らって報告するつもりでいる。

 私に迷宮へ赴く理由があるなど彼女達は知る由もない彼女達からすれば、自分達に雑用を押し付けて危険を楽しむ王女の我儘に映っている事だろう。

 王家に仕える侍女として正しいのは、今のように王女自らを危険に晒すのを止める事。もしくは難色を示す事だ。



 しかし、そうではない言葉を発した者ならば。



「あ、の……!」



 ──いた。



「私、多少でしたら心得があります」


「まぁ本当? どんなものを使えるの?」


「基礎は一通り……それから妨害魔法も使えます」


「良いわね! それなら次に迷宮へ入る時、一緒に来てくれるかしら?

 ヒュースに手伝ってもらって実際にどう動けるか試してみましょう」


「かしこまりました」



 私に否定的な空気の中、姫付きの中でも一番若い侍女が緊張した面持ちで前に進み出る。

 確か最近私に付けられたばかりだったか。他の侍女から棘のある視線を向けられているが、それも今だけだ。


 これから私は隠し迷宮の在る場所を中心に多くの地を巡っていくつもりだ。

 中には人里離れた山奥や魔物が住み着く峡谷など、常に身の危険が迫る場所もあるだろう。

 ある程度魔法で補える私と違い、村で過ごしているだけでも疲弊している彼女達には厳しい旅路となるはず。


 姫付きの侍女として私の傍にいるというのに、いずれ崩れる【私】を支える事も、【私】の異変に気付く事も無かった者達の面倒を見てやるつもりはない。

 付いていけないと離れようが、途中で疲れて倒れてしまおうが、私にはどうでも良い事。それが王に付けられた監視の目なら、なおさらだ。



 それに私は今後、彼女を贔屓するつもりだ。

 周囲が反対する空気の中、唯一私の手伝いをすると申し出た侍女。

 自分に向けられる視線の鋭さもわかっているのに、それでも折れずにいる赤毛の侍女。

 もし彼女が【私】の侍女でなくとも、ただその姿勢を見せてくれただけでも気に入った。

 私が気に入っている彼女に手出しすればどうなるか、一度わからせてやれば保身に走る者には十分だろう。



「よろしくね、アーリア」


「は、はい! 頑張ります!」



 傍に近寄りその手を取って名前を呼んでやれば、明るい茶色の瞳を大きく揺らし、頬を真っ赤に染めて意気込むアーリア。

 可愛らしい反応だが、『追加コンテンツ』で描かれた騎士とは違い、侍女はどこまでも脇役だった。

 名前も姿もわからない『モブ』と呼ばれる存在。あの侍女が彼女ではない可能性も十分にありえる。

 ヒュースのようにわかりやすい目印が一つでもあればすぐに信用できるのだが、彼女にはまだ確固たるものが無いのだ。


 だから今は見極めの期間としよう。どこまで私に付いて来てくれるか見定めよう。

 そして彼女が王家でも国でもなく、私にだけの忠義を示してくれたその時、私は彼女に彼と同等の信頼をおけるだろう。

 その時が来るのを楽しみに、やる気に満ち溢れるアーリアへ向けられた鋭い視線に何も言わず、私はただ微笑んだ。

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