私と騎士
隠し迷宮を踏破し、第三部隊が迷宮調査に派遣されて一週間。
私達は迷宮近くの村へ滞在していた。
『ボス』を討伐したとはいえ、隠し迷宮に潜む魔物が全て居なくなったわけではない。
原因までは解明されていないが、迷宮には魔物が無尽蔵に生まれるようになっているらしい。
物語でも『ボス』以外の魔物はいくら討伐しようと狩り尽くす事は叶わず、その脅威は常に潜んでいる。
『ゲーム』の『システム』としてはよくある事のようだが、この世界に生きる者にとっては問題でしかない。
事実、第三部隊が到着してすぐ、私無しで隠し迷宮に入ったが、入口付近で遭遇した魔物に苦戦したそうだ。
すぐにヒュースと第三部隊隊長が合流したため事無きを得たそうだが、このままでは探索もままならない。
そのため第三部隊隊長から協力を仰がれ、私はすぐさま了承したのだ。
実をいうと、私も残りたいと思っていたから、第三部隊隊長の申し出は渡りに船だった。
聖女一行が出立してからそれほど経っていないが、『チュートリアル』である最初の『ボス』は弱く設定されている。早ければもう討伐されている頃だろう。
同じ特別な力を持つ者。自ら戦う者と守られているだけの者。比較するには丁度良い存在。
聖女が活躍すれば活躍するほど、私に向けられる視線が厳しくなっていく。
そうわかっているのに、王城に戻る気になれるはずがない。
新たな迷宮の発見とドラゴン討伐といった手柄も、調査が終わり事実であるという第三者の報告が無ければ誰も信じないだろう。
そのため私から協力を申し出るつもりだったが、あちらから申し出てくれたおかげで王への言い訳などの手間が省けたというものだ。
第三部隊の面々は王女が協力するのに最初申し訳なさそうにしていたが、退魔の力の効力を目の当たりにしてそれも吹き飛んだらしい。
到着直後、苦戦したという魔物が退魔の力によって弱体化し、たった数人で討伐できた時には皆色めき立っていた。
基本、私は彼等が調査する際に退魔の力を使い、魔物を弱体化。
ついでに記憶を頼りに迷宮の仕掛けや罠も解いてやり、調査が円滑に進むように手助けすれば、普段から魔物を相手取っている騎士達というのもあるのだろう。
時折調子に乗って痛い目を見ている者も居たけれど、迷宮の調査は順調に進んでいった。
しかし私達は最短の道を進んだため数時間で踏破したが、調査となると勝手が違う。
いくら順調に進んでいるとはいえど、複雑に入り組んだ迷宮の全容を明らかにするには相当な時間が必要になってくる。
第三部隊隊長曰く、通常より随分早く進んでいるようだが、一週間経った現在でようやく半分終わったか、といったところだ。
その間に予想通り聖女一行が最初の『ボス』を討伐したと知らせがあったけれど、隠し迷宮の調査で賑わうここではそれほど話題にもなっていなかった。
そうやって繰り返し相手をしていると、自然と『レベリング』ができていたらしく、ヒュースをはじめ、数名の騎士は退魔の力が無くとも魔物を討伐できるようになっていった。
その結果、元々気を遣われて協力しても数時間程度だったのに、空き時間までできるようになり、予想外に手が空いた私は滞在している村での困り事などにも手を出す事にした。
物語では『サブクエスト』という物だったようで、本筋には関わらないものの彼等の困り事を解消すれば報酬がもらえる『イベント』だったらしい。
私にとって村人が差し出せる報酬など必要無いが、彼等を助けたのが私であるという事実は重要だ。
いずれ民は聖女を担ぎ上げ、【私】に全ての苛立ちをぶつけてくるようになる。
こうして私に助けられた事実を残しておけば、それも多少和らぐかもしれない。
ただの気休めでしかないが、暇を潰すにも丁度良い。だから助けてやり、遊んでやった。ただそれだけ。
打算しかない行動だ。だというのに彼等には私が聖人にでも見えたのか。
騎士達からは無理をしていないかと気遣われ、村人達からは差し入れだと果実を渡される。
誰もが私の負担を減らそうとしてくれて、誰もが私の無理を咎めてくる。
何を求めるわけでもなく、毎日のように感謝を告げ、好意ばかりを向けて来る騎士達。
何を願うわけでもなく、突然訪れた私達を受け入れ、少しでも過ごしやすくなるよう心を配る村人達。
誰かの思惑が巡り続ける王城で生まれ育った私には縁遠いはずの長閑な村なのに、気付けばようやく息ができたような、そんな穏やかさが生まれていた。
「姫、少しよろしいでしょうか」
野原を駆け回り、疲れたら木陰で休み、また別の遊びに興じる子供達。
そんなごく普通の子供達に囲まれて過ごし、せがまれるまま魔法の鳥を作り飛ばしてやっていると、ヒュースがやって来る。
今日は昼から調査に協力する予定だったので、それまでの暇潰しにと子供達の相手をしていたのだが、何かあったのだろうか。
空気を読んだ子供達が去っていくのを見送り、ヒュースが近付いて来た所で首を傾げて問いかけた。
「調査の方で何かあった?」
「数名、体調不良を訴える者が出たので、今日は中止との事です」
「あら、そうなの……」
私にはわからないのだが、魔力の少ない者が迷宮など魔力が濃い場所に長時間居ると、何かしらの影響を受けてしまうそうだ。
なんでも息がしにくく体力が奪われたり、魔力に酔って気分が悪くなったりするらしく、そうなれば調査どころの話ではなくなってしまう。
特に隠し迷宮は普通の迷宮よりも魔力濃度が高く、迷宮調査に慣れている第三部隊の騎士達でも長時間の調査は難しいという。
今日はまだ調査を始めたばかりだと思うが、連日の疲労も出たのだろう。
ここで無理をして死なれでもしたら私も気分が悪い。それならいっそ中止にしてくれた方が気が楽だ。
「回復魔法は必要かしら?」
「あの程度であれば一日休めば回復するかと」
「そう……本当はお見舞いをしに行くべきなんでしょうけど、私が行くと気を遣わせてしまうわよね。
貴女、代わりに行ってくれるかしら」
「……わかりました」
少し離れた場所で控えていた侍女に声をかけ、倒れた騎士へ見舞いに行くよう仕向ける。
一瞬躊躇っていたが、それは私とヒュースが二人きりになるからか、それとも私の監視ができなくなるからか。
以前迷宮に行くと告げた時、真っ先に反対していた侍女だから、どうせ後者だろう。
退魔の力を持つ王女だからと、他の王族より私に付いている目は多いらしい。
誰がそうなのか正確には把握していないものの、私に付けられている侍女は王が選定した者達だから、ほとんどがそうなのだろう。
監視の目が無くなった事に清々していると、ヒュースが一歩こちらへと踏み出す。
まだ何かあったのかとヒュースを見れば、何やら顔を強張らせていた。
なるほど、誘われたとはいえ自分から申し出るにはまだ踏みきれないといったところか。
元より彼以外は求めていないというのに、何を遠慮するのやら。仕方ない人だと微笑んで、鞄の中からある物を取り出した。
「そうそう、丁度良かった。実は貴方に見て欲しい物があるの」
ヒュースの様子など何も気付いていないように装い、取り出した物を膝の上に乗せる。
両手でなければ持てないほど大きな宝珠は淡い銀の光を放っていて、一目見てそれがどんな代物か察したのだろう。
息を呑む音が聞こえたけれど、構う事無く語って聞かせた。
「これは退魔の宝珠、とでも言うのかしら。あのドラゴンから手に入れた素材から作った物よ。
周囲の魔力を集め、退魔の力を放出するようになっているの。
これを王都の中心に設置すれば、あの結界が無くとも王都周辺に退魔の力が広がるはずよ」
わざわざ隠し迷宮に赴いたのは、退魔の力を持った宝珠を作るためだ。
そのため迷宮を踏破してすぐ、一人になった時を見計らって作っておいたのだ。
「聖女のように魔を完全に滅する事はできないけれど、私は私にできる事をしたいと思っているの。
各地を巡り、この宝珠と同じ物を設置すれば、皆を守るという責務を果たせるはず。
その手伝いをしてくれる人がやっぱり欲しいの」
王都に宝珠を設置して私の魔力が奪われなくなったところで、私に求められる事は変わらない。
今度は別の主要都市を守れ、次はあの場所を、その次は他国を。そうやって次の役目を求められるだけ。
生まれ持った力の責任から逃れるためには、きっと死ぬしかないのだろう。それが嫌なら従うしかないのだろう。
ならばその通りにしてやろう。聖女一行が世界を救うまで、私は最低限の責務を果たそう。
【私】を追い詰め、【私】の助けを無視し、【私】を殺すこの世界などどうでも良い。
いっそ滅びてくれても良いくらいだが、世界が救われ、この力が必要無くなったその時、私はようやく私として生きていける。
だからそのために、私は私の騎士が欲しいのだ。
「ねぇ、ヒュース」
再び向けられた視線の意味を間違える事無く理解したのだろう。
私が名前を呼べば、ヒュースは私の前に跪き、黙って剣を捧げる。
本来騎士の任命式は王城で行うけれど、そんなのどうでも良い。
求めているのは王家の騎士ではなく、私の騎士なのだ。私がいて、騎士がいればそれで良い。
「私の騎士になってくれるかしら」
「──我が命、我が剣、我が未来。その全てを貴女のために」
誰かに決められた言葉ではなく、彼が自分自身の言葉で告げた誓いの元、私は私だけの騎士を得た。
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