隠し迷宮

 騎士との邂逅を果たした私は、早速迷宮へと向かうべくヒュースに準備するよう告げる。

 王には目的地をどこにあるかわからない隠し迷宮ではなく、既に探索済みで魔物が出たとしても弱い魔物しか現れない迷宮に向かうと告げて許可も取っている。

 そのため私の行動に問題は無いのだが、騎士団長はどうやらたった一人の下級騎士ではなく、上級騎士を数人選ぶのだと思っていたらしい。

 どれだけ断ってもしつこく他の騎士を勧めてくる騎士団長にどうしたものかと思っていたら、第三部隊の隊長が取り成してくれたようだ。

 ヒュースが準備している間に、騎士団長を言いくるめて帰してくれた第三部隊の隊長に礼を言っておき、その場を後にした。




 馬車に乗って数時間、目的地としていた低級迷宮の近くにある村へと着く。

 王女が突然やって来た事に村は騒然となっていたが、迷宮目当ての者が良く来るのだろう。

 出迎えた村長に迷宮へ行く事を告げれば、迷宮探索の拠点として設けている小さな小屋を紹介された。


 必要無いと言ったけれど付いて来た侍女を待たせるのに丁度良いだろうと、彼女達に待機を言い渡し、ヒュースの案内で迷宮へと向かう。

 そうして小さな森の中、ひっそりと存在する小さな入口が見えて来たところでヒュースを呼び止めた。



「ごめんなさい。私、嘘を吐いていたの」


「嘘、ですか?」


「迷宮に行くのは本当なのだけど、目的の迷宮はここじゃないの」



 私の言葉に疑問を露わにしたヒュースは周囲を軽く見回す。

 それも当然だ。迷宮など、この小さな入口以外に見当たらないのだから。

 王都近くのこの迷宮は新米騎士の鍛錬の場所としても使われていると聞く。

 調査などとうの昔に終えていて、別の迷宮なんてあるはずが無い。そう誰もが思っている。


 けれどここに、隠し迷宮の入り口が存在しているのだ。


 退魔の力が反応する場所へと魔力を向ける。

 古い魔法らしい。私でもそこにあると知っていて、こうして目の前にして、ようやくうっすらと魔法を感知できるような、巧妙な幻術。

 見つけるのは難しい。けれど見つけてしまえば簡単に解ける。そんな幻術に魔力を通せば、糸がほどけるように幻術が解け、隠し迷宮への入り口が現れた。



「姫」



 突如現れた入口に警戒を強めたヒュースが私を庇うように前に出る。

 護衛として正しく在ろうとしてくれるその背中がやはり嬉しくて、自然と顔が綻ぶのを感じながら考えていた言い訳を口にした。



「やっぱり、ここにあったのね」


「……もしや退魔の力で何か感じていたのですか?」


「えぇ、最近結界の構築を変えたのは知っている? そのおかげで少し余裕ができて……この辺りに妙な気配を感じていたの」



 なんて、ほとんど嘘でしかない言葉を特に何も思う事無く言ってのける。

 確かに余裕ができてから妙な気配はうっすらと感じてはいたが、魔の気配と似ていたため、本来なら気に留める事は無かっただろう。

 だが、それが隠し迷宮の気配だと気付いたのは、私に存在する私であった誰かの記憶のおかげだ。

 物語で語られた隠し迷宮の入り口、その場所を覚えていた。だから私はここまで来れた。



「退魔の力の導きかしら。行ってみましょう」


「……わかりました。自分から離れないようお願い致します」


「えぇ、魔物が出たら私も魔法と退魔の力で戦うから、前衛はお願いね」



 本来ならば一度騎士団へ報告して応援を待つのが正しいだろうに、迷う事無く入ろうとする私に従ってくれるらしい。

 それらしい事を言って先へ進もうとする私の前に立ち、先導してくれるヒュースの後ろに付いて、暗い隠し迷宮の中へと入っていった。




 ──流石は最期まで【私】と共に聖女一行に抗ってくれる騎士というべきか。彼には類稀なる戦闘の才能があるらしい。

 私の退魔の力と魔法による支援もあるけれど、隠し迷宮に潜む魔物を難なく倒していく彼には驚いた。



「ねぇヒュース。貴方随分強いようだけど、どうして下級騎士なの?

 それ程強ければ上級騎士に任じられていてもおかしくないでしょうに……」


「そう、でしょうか?

 自分が思うに、このように容易く魔物を倒せているのは姫の退魔の力のおかげかと。

 普段の自分であればもっと苦戦しております」


「確かに支援や補助はしているけれど、その剣技は貴方自身の物よ。もっと自信をもって良いと思うわ」



 隠し迷宮は『追加コンテンツ』とあって、『ボス』と呼ばれる最奥にいる強大な魔物だけでなく、道中に現れる魔物も強く設定されている。

 ヒュースの言う通り、私が放つ退魔の力によって弱体化はしているが、それだけだ。

 幾ら弱まっていようとその攻撃は鋭く、支給されているただの騎士の装備では一撃でも当たれば容易く命を刈り取る事ができてしまうだろう。


 だがヒュースは数多く降り注ぐ攻撃を全て躱し、時には受け流し、魔物を屠っている。

 それどころか私が素材を集めに迷宮に来たと知っているからか、私との会話を続けながらも手際良く魔物を解体し、適時素材を剥ぎ取ってくれている。


 迷宮調査を主に行う第三部隊所属とあって魔物に関する知識が豊富で、罠などにも敏感に気付き、その対処を間違う事なく行ってくれている。

 これほど有能であれば、それこそ聖女一行に同行する事だってあり得ただろう。

 何故彼は第三部隊の下級騎士として王城に留まり続けていたのだろうか。



 疑問でならないと視線からも感じてしまったらしい。

 周囲に魔物が居ない事を確認してから、ヒュースは気恥ずかしそうに口を開いた。



「……他の者には内密に願えますか」


「! もちろん、誰にも言わないわ。陛下にだって秘密にしましょう」


「……自分は、その……有事の際、自由に動ける身でいたいので、昇進したくないのです。

 そのためある程度実力は隠すようにしております」



 仕える主である王女に対し、騎士にしては自分本位の理由を明かして決まりが悪いと感じているのだろう。

 誤魔化すように魔物の死体へと視線を逸らすヒュースを他所に、私は一人納得がいった。


 聖女一行に立ちはだかれるほどの実力の持ち主。

 それなのに聖女一行には付き従わず、【私】に付き従う道を選べたのは、彼が影に潜んでいたからだ。

 潜んでいたから彼は『追加コンテンツ』で主人公を務めたのだ、と。



 遠い未来、いつかの日、【私】が崩れ、結界が解け、王都に魔物が攻め込むその時。

 【私】の傍に居たのは他でもない彼と、唯一残った一人の侍女だけだった。

 王都に居る誰もが事態の対処に当たっていて、【私】の異変に気付かなかった。

 【私】が魔に堕ち、敵になったと知ったのは、【私】が骸骨の騎士と侍女、そして数多の魔物を従えて再び王都を襲った時だった。



「それに自分は、他国の出身です。第三部隊は受け入れてくれましたが……上級騎士になれば他部隊とも関わりが深くなります。

 他国出身の上級騎士など、認めたくない者も多いはず。自分のせいで隊の間に亀裂を作りたくはありません」



 この国では、他国出身者でも騎士になるのは可能ではあるものの、厳格な試験が課されると聞く。

 それに無事騎士になれたとしても、他国出身というだけで密偵ではないかとあらぬ疑いも掛けられるだろう。

 特に騎士の中でも限られた存在である上級騎士に他国出身の者が選ばれたなどとあれば、ヒュースの懸念するように多くの騎士が反発するに違いない。



 そんな風に自国を思う騎士達であろうと、自国の王女が堕ちた事に気付かなかった。

 誰もその時まで【私】の状況を知らなかった。知ろうとしなかったのだ。誰一人。


 それなのに彼は傍に居た。騎士でありながら事態の対処には当たらず、【私】の傍に居る事を選んだ。

 それこそ、上級騎士や隊長にでもなっていたら、傍に行きたくとも行けなかっただろう。

 誰かを率いる責任を持たない、有象無象の下級騎士で留まり続けていたから、【私】に付き従い、最期まで【私】の傍に居る事ができたのだ。



 彼は、最初から最期まで私のための騎士だった。

 『追加コンテンツ』が【私】を語る物語なら、【私】を知る騎士の視点で語られるのも当然だった。




 とはいえ、ここで無理を強いれば、いくら【私】と最期を共にする彼といえど、私から離れてしまうかもしれない。

 ここは慎重に事を進めるべきだろうと、困ったような微笑みを作った。



「そうなのね……じゃあ、ダメね。

 貴方に私付きの騎士になってもらえないか誘おうと思ったのだけど、無理には誘えないわね」


「姫付きの騎士、ですか?」


「そう、私の護衛にね。他にも退魔の力が反応している場所があるから行ってみたいのだけど、毎回陛下に騎士を借りる許可をもらうのは大変でしょう?

 特にこれからは聖女一行の支援で騎士の派遣も頻繁に行われることでしょう。

 それなのに私が騎士を連れまわすなんて、我儘が過ぎると言われてしまうわ」



 実際、騎士を一人借りたいと申し出た時、王は顔を少し顰めていた。

 ほんの僅かな変化ではあったが、聖女の支援で忙しく、尚且つ守りの要である私が王城を離れる事を良しとしなかったのだろう。

 それでも許可をもらえたのは結界に改良を加え、多少の距離なら離れても問題無くした事。そして赴く予定の迷宮が探索済みの迷宮だとしていた事が大きいだろう。

 でなければ姫と侍女、それから騎士一人などという少人数で行動できるはずもない。


 それにしても、守りの要であるという認識がありながら、自ら警備の手配をする事は無く、むしろ好きにして良いと責任を放棄するだなんて。

 物語では【私】が王城から動けなかったからだと思っていたが、今でもこれとは。

 いくら退魔の力の効果範囲内とはいえ、あまりにも無関心過ぎではないか。


 退魔の力で魔を退けられるからと楽観視しているのだろうか。

 それとも記憶によれば物語の強制力、という物もあるらしいから、それのせいだろうか。

 どちらにせよ、あまりにも杜撰で笑ってしまう。こちらとしては動きやすいのでどうでも良いが。



「それで、姫付きの騎士を……」


「えぇ、私の我儘に付き合ってくれる騎士を一人ね」


「一人、ですか……」


「世界を救うために、聖女一行が優先しなければならないのはわかっているわ。

 それに私は退魔の力で魔物に襲われる危険も少ないだろうから、一人いてくれればそれで良いの」



 本音を言えば、退魔の力の有無など関係ない。

 私が欲しいのは私に忠実な騎士だけ。たった一人で良い。たった一人でも信じられる人が傍にいてくれたら、それでいい。



「その、姫は……自分のような者でも構わないのですか?

 他国出身で、身分も低く、ただ剣しか持たない自分のような者でも……?」


「あら、貴方のような人が良いのよ」



 傍に居たいとは思っていても、まさか声が掛けられるとは思っていなかったらしい。

 戸惑うヒュースに揺るがぬ微笑みを向けてはっきりと告げる。


 さて、無理強いするのは良くないとして、後は彼から言い出してくれるのを待つだけだが、あまり長く時間をかけると別の騎士を当てられかねない。

 どうせ私が本当に迷宮へ向かったと知った王は、今後のためにと誰か適当な護衛を付けようとするのが目に見えている。

 王からすれば誰でも良いだろうが、姫付きの騎士になれば王族に近付けるとあって、それこそ大勢の希望者が出て来るはず。

 そうなる前にヒュースには頃合いを見てもう一度切り出す事にして、私達は迷宮探索を再開した。

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