出会い

 未来を知り、まず初めに取り掛かったのは結界の改良だった。

 王都を守るための結界、結界から放たれる退魔の力。それらを維持するための魔力は全て私が担っており、私は常に魔力を奪われ続けている。

 人並外れた魔力を持って生まれたけれど、結界を維持するにはその魔力のほとんどを注ぎ込まなければならず、動く事すらままならない状態に陥っていた【私】が追い詰められるのも当然だった。


 だから結界の改良を、と思いついても、それを実行するのは容易い事ではない。

 私が結界に利用したのは太古の昔、神より賜った魔術式だった。それを改良となると、神をも超えなければならない。

 それを私は成功させた。記憶を頼りに王城から見つけ出した神代の遺産も使い、成功させたのだ。



 堕ちた【私】は骸骨の騎士を前衛に、骸骨の侍女に支援させ、【私】自身は魔法による攻撃を行っていた。

 確かに長年修練し続けた結界魔法が一番得意ではあるけれど、【私】が魔法による苛烈な攻撃を仕掛けていたように、私は魔法の才も兼ね備えていたようだ。

 聖女が学院にて悠々と力を蓄えている間、私は発動者の魔力のみを用いる神の魔術式改良し、他者の魔力でも発動を可能にした。

 退魔の力を付与させるために半分は私の魔力で構成したままだけれど、もう半分は王都に居る者から吸い上げるように作り直した。


 吸い上げる、といっても何万といる人々から溢れる魔力をもらうだけ。

 息をするのと同じように、無意識に零れた魔力を消費したところで害が及ぶことは無く、気付ける者はそれこそ聖女一行に同行する魔法使いのような魔法の才を持った者のみ。

 危険性は一切無いとしても無断で行い反発を受けても面倒なので、王や重鎮に説明し、民にも明かしている。

 最初は魔力を奪われるのか、命を奪うつもりかと多少騒がしかったが、愚鈍な民は一切変化を感じ取れなかったらしい。

 新たな結界を用いて一か月ほど経った頃には、遠い過去の事にでもなったかのように誰も何も言わなくなっていた。



 結界の次は退魔の力だ。

 退魔の力を放ち続けていなければ、結界など強大な魔物に対しては時間稼ぎにしかならない。

 結界の維持をどうにかできたとしても、退魔の力を宿すのは私だけのため、その問題をどうにかしなければ私は搾取され続けてしまう。

 そこで参考にしたのが私の中にある誰かの記憶だった。


 私の中にある誰かの記憶には、【私】も描かれていた物語だけではなく、他の世界を描いた物語も存在していた。

 その中で特に参考になったのが『ゲーム』という種類の物語達だ。

 数ある『ゲーム』の中で語られていた様々な『アイテム』の数々。

 明確な作り方こそわからなかったけれど、物事の始まりに十分なきっかけとなってくれた。

 そして私は、周囲の魔力を糧に退魔の力を放つ宝珠を作ることに成功した。


 核として使用した素材が下級素材だったためすぐに壊れてしまったけれど、その効果は十分に確認できた。

 後は強い魔力を宿す上級素材を手に入れて宝珠を作り、王都に設置すれば、私が魔力を奪われる必要は無くなるだろう。

 早速取り掛かりたかったのだが、今王城では聖女一行の支援が優先されているため、王女である私の願いであってもそんな素材は中々手に入らない。

 そのため私は、自ら素材を取りに行く事にしたのだ。



 恐らく聖女は『一週目』なのだろう。

 この世界の物語を描いた『ゲーム』では、魔王を倒して世界が救われた後、『一周目』の力を引き継ぎ初めからやり直す事ができていた。

 記憶によれば『強くてニューゲーム』という現象らしく、『追加要素』として『一週目』の物語では解放されていなかった隠し迷宮などが解放されており、序盤から挑む事も可能となっていた。


 聖女の様子を窺う限り、私のように特出して魔力が多いわけではなく、剣や魔法も大して使えない普通の少女だった。

 周りを固める聖女一行の面々も、確かに強者となる才能を秘めているが、それだけだ。

 良く言って伸びしろの固まりといったところだろう聖女一行が、強大な魔物が潜む隠し迷宮になど行けるはずが無い。



 その点、生まれ持った魔力もあるが、私は幼い頃から結界を維持し続けた事により膨大な魔力を有している。

 更に結界を改良できてからは私も自分自身を鍛えて来た。

 体調不良のまま迷宮に放り込まれ倒れるしかなかった【私】と違い、今の私ならば隠し迷宮へ行き、そこに潜む魔物を討伐することもできるだろう。


 とはいえ、魔法使いだけで攻略するのは難しいのは自分でもわかっている。

 せめて前衛となる騎士を一人は連れて行きたい。そう考えた時に真っ先に思い出したのが、彼の存在だった。



「急にごめんなさいね」


「謝る必要はございません。殿下の姿を見る事ができ、皆喜んでいるでしょう」


「あら、そうだと嬉しいのだけれど」



 聖女一行が出立してから数日。

 王女の地位を利用し、王国騎士団へと赴けば、騎士団を取りまとめる騎士団長が自ら案内を買って出た。

 今はまだ退魔の王女に利用価値を感じているのか、少しでも点数稼ぎをしたいのか。

 形式上、急に訪れた事を謝罪すれば騎士団長はにこやかにそう告げる。


 嘘を吐け。どうせお前達も私を見捨てる癖に。

 王家に仕えながら聖女に傾き、仕える主を見捨てる者達が喜ぼうと喜ぶまいと、どうでも良い。


 なんて心の中で毒吐いてしまったけれど、実際のところ案内をしてくれるのは助かった。

 なにせ、彼について知っているのはごく断片的な事だけなのだ。

 初めて訪れる騎士の駐屯地をむやみやたらと探し回るのも疲れるだけ。

 普段王城に籠っている私の姿が余程珍しいのか、周囲が騒めくのを聞き流し、目的の人物の姿を探していると、騎士団長が口を開いた。



「しかし、本当に第三部隊の者でよろしいのですか?

 聞けば迷宮に向かうとか。いくら殿下が退魔の力を持っておられるとしても、危険が伴います。

 であれば実力のある第一部隊の者をお連れになった方が……」


「第一部隊の方々は聖女一行のお手伝いをされているでしょう? 私の我儘で仕事を増やすわけにはいかないわ。

 それに第三部隊の方は迷宮調査を主に行うと聞いています。

 退魔の力があれば魔物は近付けないし、素材を集めるのに専門家に手伝って頂きたいの」


「そういう事でしたら、まぁ、第三部隊の者でも十分お役に立てるでしょう」



 私に何かあれば自分の責任になるのもあって、自分が認めた実力者を付けたいらしい。

 余計な事をせずに案内だけすればいいのに、無駄な提案をしてくる騎士団長へ適当な理由を告げれば、納得がいったのか一人頷いている。

 それほど責任を負いたくないのなら、無理にでも護衛を付ければいいだろうに、王女の我儘に余計な労力を割きたくないのだろう。

 口では心配するような事を吐きながら、最低限の労力で済ませようとする。

 いずれ【私】を見捨てた騎士団長らしい行動に微笑みすら浮かんでしまう。



 初めから、騎士団長も第一部隊も頼るつもりも無かった。

 騎士団長をはじめ、第一部隊の者は真っ先に【私】を見捨てていた。

 聖女の支援として共に戦う事が多くなる彼等にとって、王城で籠り続けていた【私】より、聖女の方が身近だったのだろう。


 第三部隊はその逆で、最後まで【私】を気遣っていた。

 彼等の主な任務である迷宮は大抵私の退魔の力が届く場所にある。

 物語の中で【私】の退魔の力が届く迷宮の魔物は弱体化していたから、彼等もその恩恵を受けていたのだろう──それに第三部隊には、彼がいるはずだ。



「さぁ、ここが第三部隊の詰め所です。そこの騎士、オスカー隊長を呼んでくれ」


「はっ!」



 騎士団長がその辺りに居た騎士に何か指示を出しているが、どうでも良い。

 私の視線はただ一人、訓練試合をしている最中にも関わらず、誰よりも先に私の来訪に気付き、姿勢を正した黒髪の青年に向いている。



 ──『追加コンテンツ』という物語の番外編、主人公に抜擢された騎士。

 聖女一行に同行したわけでもなく、ただ王城にて騎士の任に就いていた黒髪の青年。


 物語の本編では【私】が何故堕ちたのか詳細には描かれなかった。

 明確な描写といえば、精々【私】の婚約者である『攻略対象』が聖女と仲良く笑い合っている姿を見て、愕然とし、嫉妬する【私】が描写される程度。

 【私】が追い詰められていたなど聖女一行は知らず、物語は聖女の視点で進められていく。

 そのため【私】が堕ちた経緯について、物語を楽しんでいた『ユーザー』達の間で様々な憶測が飛び交っていて、中にはただ仲間と笑い合っていた聖女に対し嫉妬する【私】を貶す言葉も多かったらしい。


 私だった誰かも憤慨するようなその心無い言葉達にどう思ったのか。『公式』と呼ばれる物語の語り部は後に答えを示した。

 それが『追加コンテンツ』。【私】が魔に堕ちるまでの経緯を語り、骸骨の騎士となっても忠誠を誓ったとある騎士の物語。



「お、王女殿下?」


「──ねぇ貴方、黒髪の貴方よ」



 誰か別の騎士が現れたが、気にせず声を発し、ドレスを翻す。

 訓練中に付いた足跡にヒールが取られそうになるけれど、真っすぐ彼の元へと歩み寄る。

 それとほぼ同時、自分が呼ばれたのだと気付いた彼はすぐさま私に近寄り跪いた。



 この騎士は聖女ではなく【私】を選んだ。

 【私】を裏切る事はなく、最期まで忠誠を誓い、幾度吹き飛ばされようと幾ら砕かれようと何度も立ち上がり、聖女一行に剣を向け続けた者。

 【私】が最期に得た唯一の騎士。だから私はこの者を選ぶ。

 いずれ聖女を選び、【私】を捨てる者達など信用できない。自分の背中を預けるのなら、信用できる者が良い。



「貴方、名前は?」


「ヒュースと申します」


「ヒュース……ヒュースね」



 『追加コンテンツ』でも明かされなかった騎士の名をか何度も口にして噛みしめる。

 やっと見つけた。やっと会いに来れた。私の騎士、私の守り人、最期まで傍にいてくれる人。

 きっと、その時の私は待ち望んだ出会いに喜びが溢れていたのだろう。

 視界の端で自分の銀の髪がはらりと揺れ落ちて、久方ぶりに自然と浮かぶ微笑みのまま手を伸ばす。



「私と共に来てくれるかしら」


「……ご命令とあらば、どこまでもお供致します」



 少しの沈黙の後、ヒュースは私の手を取り金の瞳で私を見つめる。

 それがまた嬉しくて、私は跪いたままのヒュースの手を取り、引き立たせた。



 きっと、周りからは姫が勝手に騎士を選んだと見えているのでしょう。

 離れた所で騎士団長と第三部隊隊長が困ったように視線を交わし、私達の様子を見守っているのはわかっています。

 私が来た時点で自分が選ばれると期待していたらしい騎士が愕然としているのも見えています。

 そう、ただの王女の我儘だと思っていなさい。選ばれなかったと勝手に落胆していなさい。

 彼の真の価値は私だけが知っていればいい。彼以外の騎士など必要無い。私は誰を宛がわれようと、彼以外選ばないのだから。


 王族に手を取られるだけでなく、引き立たされた今の状況に困惑しているのでしょう。

 戸惑いながらも敬礼の姿勢を取るヒュースに、私はよろしくねと微笑みかけたのだった。

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