98. また大金です
あの後、土の山は庭師さん達の手によってなだらかな丘に姿を変え、無事に私が任されていた仕事は終えることが出来た。
管も王都の端まで繋がれて、私達が直接水を配らなくても王都の人達に笑顔も戻っている。
その代わりに魔石が足りなくなってしまったのだけど、陛下が魔石を買い取る事業を始めると、次々と集まるようになった。
パメラ様が魔物を呼び寄せようとして治癒魔法を使っているみたいで、騎士団は王都の中に現れた魔物の対処に追われているけれど、前よりも数が少なくなっているから難なく対処出来ているらしい。
「ようやく戻れますわね」
「そうだな。書類が溜まっている様子が目に浮かぶ……」
「私も手伝いますわね」
「ありがとう、助かるよ」
無事に王都の人達に平穏が戻ったから、私達はブランの背中に乗ってカストゥラ領に戻っている。
お屋敷に戻ってからは一週間分の書類と戦うことになりそうだけれど、こればかりは仕方のないことだわ。
「サインを書いてくれる魔道具があれば楽なんだけどね」
「作りませんからね?」
「そこを何とか……」
「領主、変わりましょうか?」
「結構です」
どこかで聞いたような会話に、思わず笑みが零れてしまう。
お互いに半分冗談で言っているつもりだったのだけど、グレン様はどこか残念そうな表情を浮かべていた。
この書類仕事、私も他人事では無いのよね。
隣の帝国で黒竜を倒したときに頂いた侯爵位のお陰で、私のサインが必要な書類が毎週のように送られてきているのだから。
私の領地の復興も進めなくちゃいけないし、予算だって確保しなくちゃいけない。
節約は得意だけれど、お金を稼ぐのはすっごく難しいのよね。
「そうそう。王家から水道を作ったお礼として聖金貨五千枚が送られてくるらしい。
全部レイラが自由に使って良いそうだ」
「聖金貨、ですの……?
それを全て私が?」
金貨の百倍の価値がある聖金貨を五千枚……。
そんな大金を私が全て貰って良いのかしら?
今も残されている魔道具の価値が聖金貨で千枚もすることはよくあるお話しなのだけど、黒竜討伐の報奨金より何倍も多いと怖くなってしまう。
「これくらいの対価なら普通だろう?」
「普通……? 公爵家ならこれが普通ですのね」
私にとっては卒倒しそうになるような大金でも、ずっと公爵令息として暮らしてきたグレン様にとっては普通のことらしい。
そうは言っても、私の領地の復興に充てたら一瞬で使い切ってしまう予感がするのよね……。
あの土地はカストゥラ領ほどではないけれど、立派な街があって大勢の人が住んでいる。
お金の出所が王国だから、出来るだけ王国のものを買って復興させたいけれど、物を運ぶための安全も確保しなくちゃいけない。
「この金額が一度に入ることは珍しいが、毎年これの半分くらいは領地に使っているよ」
「ま、毎年……」
「だからそのうち慣れる。
……難しい顔をしてど、何かあったか?」
「盗まれない方法を考えていましたの。それに、私が持っている領地のこともありますから、使い方も考えないといけなくて」
帝国で私の代わりをしてくれている人からの報告では、少しずつ活気が戻ってきているらしい。
千里眼の魔法で確かめても、町の中は笑顔が戻っていたから不正も無さそうだった。
けれども大きな事をする時は私の判断が必要になっているから、元に戻すために色々と考えてはいるのよね。
お金が足りなくて実行に移せていないだけで。
ちなみに、帝国の他の領地の復興は中々進んでいなくて、今はカストゥラ領との交易でなんとか凌いでいる。
私の代役が優秀で助かるわ。
「なるほど。そういうことなら、レイラ用に金庫を作ろう。
もちろん警備も付ける」
「そこまでしていただかなくても……」
「これも貴族として必要なことだ。
いずれは社交界に出るための資金も必要になるから、何か事業を始めるのも良さそうだ」
「社交界……。そうでしたわね」
すっかり忘れていたけれど、罪が晴れたということは社交界にも戻れるということ。
あの時はパメラ様の圧に負けてグレン様以外は誰も助けられない状況だったけれど、裏切られたりはしていない。
もし助け舟を出されていたら、助けてくれた人が断罪されていたかもしれない。
平気で他人を殺めようとするパメラ様のことだから、私と同じような追放の仕方をされるに違いない。
空を飛べる令嬢なんて私しかいないから、一歩間違えれば大切な友人を失うことになっていたのよね。
危険な目に遭わせて来るパメラ様は今も地下牢から魔物を生み出すだけで、直接殺めに来ることは無いと思う。
処刑されないのは魔石を得るために都合がいいという理由だけで、何かあれば刑が執行されるという噂が立っている。
「戻ったら手紙を書くことにしますわ」
「そうすると良いよ。今は王都の外に避難しているが、近いうちに戻ってくるだろう。
社交界に参加しやすいように、俺達も王都に戻るか?」
「ブランがいるので、どちらでも大丈夫ですわ」
貴族が王都に住む理由は、社交のための移動を省くためなのだけど、私達はブランが一緒に居てくれるお陰で移動も一瞬で済む。
だから過ごしやすい領地の方が良いのだけど、これからは王家とのやり取りが増えるからグレン様は王都で暮らしたいのかもしれない。
「それなら、しばらくは領地に籠ろう」
そう予想していたのに、カストゥラ領の方を見つめるグレン様の表情は柔らかいものになっていた。
彼も領地の中の方が過ごしやすいみたい。
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