97. 王都にも送ります

 あの後、広場で待っていた人達に水を配り終えた私は、ラインハルト陛下が乗ってきた馬車でアリオト侯爵様が運び込まれたという騎士団の詰め所に向かった。

 まだ空の桶を抱えている人が広場に向かっている様子が見えるけれど、私が治療に行っている間はグレン様が代わりをしてくれるら大丈夫。


「ここだ」

「分かりましたわ」


 詰め所に入ると、お医者様が診察をしている様子が目に入った。

 ここの詰め所は小さいから、場所も入口しか無かったみたい。


「診断は?」

「極度の疲労が原因かと。まだ魔力に余裕はあるようですが、疲労が重なったことで倒れてしまったものだと考えられます」

「なるほど。つまり安静が大事なのだな」

「左様でございます」


 お医者様とラインハルト陛下が話をしている間に、アリオト侯爵様に治癒魔法をかける私。

 今までの疲労が全部吹き飛ぶように、上位の魔法を使ってみた。


 上位の治癒魔法だから、かけ終わる頃にはアリオト侯爵様は目を覚ましたのだけど、このままだと無理をされてしまいそう。

 だから、ラインハルト陛下に向かって半分嘘で半分本当の言葉を口にすることにした。


「陛下、アリオト侯爵様に治癒魔法をかけましたわ。

 ただ……疲労までは治せないので、しばらく休養を取らせてください」


 身体の疲れは癒せても、精神の疲れまでは癒せない。

 今までのように限界近くまで働かせたら良くない事になるかもしれないから、こうした方が良いと思う。


「治癒魔法も万能ではないということだな」

「ええ。過信はしないようにお願いしますわ」

「分かった。

 アリオト侯爵殿。今後一週間は療養に専念するように」

「ですが、それでは王国の財政が……」


 ラインハルト陛下の命令を聞いて、不安そうな表情を浮かべるアリオト侯爵様。

 周りが止めても、財政のことを気にして休めないのかしら?


 そんな心配が浮かんだけれど、すぐに陛下の言葉に否定されることになった。


「王族が倹約すれば問題無いだろう」

「承知しました」


 無事にアリオト侯爵様の休養が決まったから、私は断りを入れてから持ち場に戻った。




   ◇




「王城の高さを活用して水道を作ることにした。城内が少し狭くなるが、王都の民のためだ。

 理解してもらえるだろうか?」


 お昼過ぎのこと。グレン様やお父様達と共に参加した会議で陛下からそんな提案がされた。

 今までの王家なら王城を民のために活用するなんて発言は出てこなかったはずなのだけど、ラインハルト陛下は躊躇いが無いらしい。


 王城は防衛のために高い石垣の上に建っていて、中も十分すぎるくらいに広い。

 けれども、空いている地面は綺麗な芝生に覆われているから、水道のための大きな魔道具を埋めるのは憚られるのよね……。


「私は陛下の意見に賛成しますわ。ただ、今まで庭師の方々が大切に育ててきた芝生を台無しにしたくはありませんの。何かいい方法は無いでしょうか?」

「レイラ様が賛成されるのなら、私も賛成します。芝生については、当家が培ってきた移植の技術を用いれば問題ありません」

「他の皆も賛成か?」


 躊躇いながらも私が肯定の意見を口にしたら、全員が肯定を示すように深々と頷いていた。

 芝生のことも傷を付けずに移動できるみたいだから、私は魔道具作りに専念することに決めた。


「賛成のようだな。諸君らには水を通すための管の手配と、人員の確保をお願いしたい。

 カストゥラ公爵は経験があるようだから、彼を中心に進めるように」


 陛下の言葉で会議がお開きになってからは、魔道具を埋める予定の王城の中庭に向かった。

 大量の水を貯める部分を置けるのはここしかないから、ここから城門の下を通して王都まで伸ばしていくことになるのだけど……カストゥラ領の水道を作る時、大きな容器を移動するのに苦労したから、今回は錬金術で直接作ろうと思っている。


 魔石もある程度用意してあるから、大きな物でも作れるはずだもの。


「この辺りの芝生を移動して頂けますか?」

「分かりました。一時間ほどお待ちいただけますか?」

「ええ、大丈夫です。お願いしますわね」


 芝生を移動してもらっている間に、私は錬金術の魔法陣を描いていく。

 今回は小さな金属の板に描いて、中庭で起動しようと考えている。


 魔法陣の難易度は上がるけれど、一時間もあれば足りるのは前回作った時に分かっている。


「私に手伝えることはありますか?」

「門まで通す管の魔法陣をお願いしても良いかしら?」

「畏まりました」


 カチーナ達と手分けをして、用意してもらった王城の部屋で黙々と魔法陣を刻んでいく。

 何度か雑談も挟みながら進めていくと、予想していたよりも早く完成してしまった。


「奥様、完成しました!」

「ありがとう。あとは魔道具を作れば準備は完璧ね」



 まだ魔道具を作るという大事なお仕事があるけれど、これも侍女達の力を借りたらあっという間に終わったから、予定よりも十分以上早く準備が出来てしまった。


「少し早いですが、そろそろ行きましょう」

「はい!」


 様子見も兼ねて中庭に向かうと、さっきまでの明るい緑色が無くなって、殺風景な茶色い土が地面を覆っている様子が目に入った。

 芝生を移動する作業も予定より早く終わったみたいね。


 芝生がどこに行ったのかは分からないけれど、これで自由に掘り起こせるわね。

 地下牢がこの下には無いことも確認してあるから、土魔法で一息に掘り起こす私。


 それから錬金術の魔法陣で順番に水を貯める部分を作って、魔道具を触れさせながら火魔法を当てる。

 こうすると金属が解けて、どんなに頑張って引っ張っても取れなくなるのよね。


「あっという間ですね……」

「これ、奥様がお一人で作った方が早い気がします……」

「そんなことは無いわよ? 私の魔力にだって限界はあるもの」


 雑談をしながら三つの魔道具を置き終えたら、掘り起こした土を戻して完成なのだけど……。


「土、余りましたね」

「これ、どうすればいいかしら?」


 埋めた物と同じくらいの体積の土が余ってしまって、頭を抱える私だった。

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