99. 隠していても
「「お帰りなさいませ! 旦那様、奥様!」」
無事に空の旅を終えて屋敷の門をくぐると、いつものように私達が帰って来る時を予想していた使用人さん達が総出で出迎えてくれた。
一体どうなっているのか分からないけれど、毎回気付かれているのよね……。
「ただいま。皆、しばらく空けていて済まなかった。問題は無かったか?」
「はい。変わりはございませんでした。ただ、言いにくいのですが……書類が溜まっております」
「そうだろうな。後で片付けよう」
グレン様が執事さん達と情報交換をしている間に、私は侍女さん達に囲まれた。
さり気なく荷物を持ってくれて、肩が軽くなる。
みんな元気そうで安心したわ。
「奥様、お帰りなさいませ!」
「ただいま。遅くなってしまって申し訳ないわ」
「ご無事に戻ってきてくださるだけでも、私達は満足です」
「少し寂しかったですが、大丈夫です!
奥様がお疲れでなかったら、後でお茶にでもしませんか?」
ここにいる侍女の半分くらいは貴族出身だから、みんなお茶会だったりパーティーの類が好きなのよね。
私も高位のお貴族様とのお茶は疲れるから避けていたけれど、友人とのお茶会には積極的に参加していた。
情報交換をする場はそれくらいしかなかったという事情もあるけれど、お茶会に出てくる料理がすっごく美味しくて……。
げふげふ。もちろん交流も楽しんでいたわ。
そんな社交界のお茶会と違って、ここの侍女達と開くお茶会は親交を深めるためのもの。
美味しい料理は用意されるけれど、それ以上にお話しするのも楽しいのよね。
だから断る理由なんて欠片も……グレン様が羨ましそうな顔をしていても断る理由にはならないから、私はすぐに頷いた。
「しっかり眠れていたから大丈夫よ。
グレン様、後で差し入れをお持ちするので、書類がんばって下さい!」
「ああ、ありがとう」
今はこういう形しか思いつかなかったけれど、仕事が落ち着いたら小さなパーティーを開くのも良さそうね。
……なんて考えながら侍女達とお茶会の準備を進める私。
何度かグレン様の視線を感じたけれど、書類を貯めると後が大変になるから気にしない。
「旦那様、サボってないで早く書類をですね」
「分かっている。少し見回りをしていただけだ」
「それは護衛の仕事でございます」
遠ざかっていく声を聞いていると、がっくりと肩を落とすグレン様の姿が思い浮かんでしまった。
◇
お茶会でお互いの出来事やこれからの事をお話ししていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
今はすっかり日が傾いていて、外はひんやりとした風が流れている。
お茶会も楽しい雰囲気のまま終えることが出来て満足している。
「グレン様、書類仕事お疲れ様ですわ。これ、差し入れです」
「ありがとう」
グレン様への差し入れの中身は、お茶会で侍女達と一緒に作ったクッキーに淹れたばかりのお茶。
他所の奥様でもお菓子を作ることはあるみたいで、侍女達からは「奥様が奥様らしいことを……」と、潤んだ目を向けられたのよね……。
普段は魔道具を作ったりお屋敷の改造やら掃除やらをしてばかりで、奥様らしいことはしていなかったから驚かれたみたい。
自分で作ったお菓子がこんなに美味しいものだとは思わなかったから、また作ろうと思っている。
でも、グレン様のお口に遭わなかったら悲しい気持になると思うのよね……。
「早速いただくよ」
「ええ、是非」
不安になる私の前で、クッキーを口にするグレン様。
すると、彼はどこか不思議そうな表情を浮かべていた。
「これ、レイラが作ったのか?」
「ええ。お口に合いませんでしたか?」
「いや、すごく美味しい。気に入ったよ」
一口で真実を言い当てられるとは思わなかったから、驚いてしまう。
殿方はこういうことには中々気付かないと思っていたのだけど、グレン様は違うらしい。
「良かったですわ。
ところで、どうして私が作ったと思われたのですか?」
「我が家で仕入れたことのある菓子とは違う味だったから、誰かの手作りというのはすぐに分かるよ。
あとはレイラの顔を見て、確信した。隠し事をしている顔だったからね」
「気付かれていましたのね……」
流石に公爵様相手だと隠し事も難しいわよね。
私だってグレン様が隠し事をしていたら気付くことだけなら出来る。
何を隠しているのか見抜くのは難しいけれど……。
彼はそれすら一発で見極めているのだから恐ろしいわ。
「流石に気付く。
可愛らしい隠し事だったから安心したよ」
「可愛らしい……ですか?」
「つい笑顔になってしまうような、そんな感じだ」
グレン様が笑っているのが気になって問い返すと、そんな答えが返ってくる。
私が原因みたいだけど、笑うようなことなのかしら?
不思議に思ってしまったけれど、美味しそうにクッキーを食べるグレン様を見ていたら、いつの間にか気にならなくなっていた。
「ごちそうさま。またお願いしてもいいかな?」
「ええ、次はもっと美味しく出来るように頑張りますわ」
あっという間に空になったお皿を下げて、執務室を後にする私。
これ以上ここに居ても邪魔になってしまうと思うから、夕食までグレン様とお話しするのは我慢ね。
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