87. みんなを救いたいので

 お屋敷に戻ってすぐ、私は治癒魔法の魔導具を作った。

 結論から言うと、魔導具自体はうまく動いた。


 けれども、光魔法を使える人以外は扱えなかった。


「治癒魔法の知識がなくても魔力があれば使えるのは、世界が変わりそうですね!」

「そうね。でも、注意しなくちゃいけないことがあるわ。

 自分の利益だけを考えるような人に渡せないってことよ」

「見極めに苦労しそうですね……」

「そうね。でも、これがあれば今までなら命を落としてた人も助かるようになるわ」


 魔道具でも治癒魔法なら扱い方を間違えると大変なことになるのは、グレン様に実験してもらって確認してある。

 パメラ様の治癒魔法と違うのは、必ず術者の真後ろに魔物が現れること。


 私が私の利益だけを考えて使った時も同じだったから、間違いないと思う。


「自分の利益だけを考えて誰かの傷を治すのは難しいな……」

「ええ。こんなことを簡単に出来てしまうパメラ様が恐ろしく感じられますわ」


 私もグレン様も、それから光魔法が使える使用人さん達にも試してもらったのだけど、なかなか魔物は出なかったのよね……。

 だから、実験がうまく行ったときはそんな言葉を交わした。


「利益だけを求める貴族の筆頭とも言える旦那様でも難しいと感じるほどですから、この危険を説明しておけば大丈夫だと思います」

「言われてみれば、確かにそうね。敢えて死ぬような事をする人は居ないもの」


 問題はこの魔道具があるとお医者様の仕事が無くなってしまうこと。

 でも、お医者様があり得ないくらい高い金額を求めていたら、貴族以外は病で苦しんでいても助けてもらえない。


 私ならそうなるのは嫌だから、なんとかして救う方法を見つけたいのよね……。


「公爵家で病院を作れたら解決しそうなのよね……」

「そういうことなら、奥様の名義で建ててみては如何でしょうか?」

「出来ることならそうしたいわ。でも、黒竜討伐の報奨金は私の領地の立て直しに使わないといけないから難しいの」


 病院を建てて、今は光魔法の素質を活かせていない人達をいいお給金で雇って平民の診察をしてもらう。

 病の知識は私が持っているから、それを教えれば大丈夫だと思う。


 ちなみに、私が病の知識を身に付けたのは、まだ小さい頃は魔力があまり無くて効率を重視しないと誰も治せなかったから。

 今は魔力量に物を言わせて全身にかけているけれど、昔は身体のどこが悪いのか見極めないといけなかった。


 だから、今回の魔道具も身体の一部分にしか効果がないものと、全身に効果があるもので作り分けている。

 これなら魔力量が少ない人でも扱えるはずだから。


「……予算の問題でしたら、グレン様に掛け合いましょう。この計画は何があっても奥様の名前で進めてくださいね」

「分かったわ」


 珍しくカチーナの圧が強くて、拒否することは出来なかった。

 私はみんなが幸せに過ごせればいいと思っているから、名義は気にしていないのに……。


 


 それから計画を考えたりしたのだけど、私たちだけでは纏まる気配も無かったから、お茶をしながら雑談を楽しむことになった。

 けれども、そんな時。

 

「レイラ、居るか?」

「今開けますわ」


 グレン様が部屋を訪ねてきたから、扉の鍵を開ける私。

 すると、彼は一番にこんなことを口にした。


「王都に居る密偵を救出するために力を貸して欲しい。

 夕食は弁当にしてもらったから、白竜様の背中で食べられる」

「分かりましたわ。すぐに行きましょう」


 密偵さんとは数度顔を合わせただけで、あまりお話しをしたことは無い。

 けれども、その短時間でも良い人だと分かるような柔らかな雰囲気の人だった。


 密偵だから演技かもしれないけれど、あの笑顔は作りものでは中々出来ないもの。

 だから素で良い人なのだと思う。


「ブラン、こんな時間だけどお願いしてもいいかしら?」

「もちろん」

 

 いつものように乗っていた私の肩から飛び降りて頷くブラン。

 詳しいお話しはブランの背中の上で聞くことにしたのだけど……。


「旦那様。私もお供しても宜しいでしょうか?」

「レイラさえ良ければ構わない」


 カチーナの問いかけに、そう返すグレン様。

 続けて私が頷くと、カチーナはほっとしたように頬を緩ませた。


 それからは大急ぎで外行きの服――護衛さんと同じデザインのものに着替えてからブランの背中に乗った。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ!」

「みんなありがとう。行ってきます!」


 八人の護衛さんも一緒に乗っているけれど、ブランはものともせずに軽々と空へと羽ばたいていく。

 お屋敷も瞬く間に離れていった。


「グレン様、説明をお願いしても?」

「ああ、もちろん。

 王都に密偵を出しているは知っての通りだが、どうやら井戸が枯れて民衆が王都から脱出しようと動いているらしい。川が流れているからすぐに死ぬようなことは無いだろうが、あの川はかなり汚い。

 だから撤退の指示を出したが、手遅れで王都から出られない状況になっていた」

「そういうことでしたのね……。確かに、あの川の水を飲むのは憚られますもの、すぐに助けましょう」


 王都を流れている川はいくつかあるけれど、どの川も飲めるような水ではない。

 理由はいくつかあるけれど、一番の理由は上流にある町でゴミなどがそのまま流されているから。


 そんな水を飲んでしまえばお腹を痛めてしまうことは火を見るよりも明らかだ。

 川の水を飲んで命を落としてしまう人がいるほど危険なのは有名なお話しだ。


「助かる。おそらく、密偵は喉を乾かしているはずだ。

 着いたら水魔法をお願いしたい」

「分かりましたわ」


 雲の中を飛んでいるから今の位置は分からない。

 けれども、ブランが本気を出せば一瞬で着く時間だから、手短に作戦会議をする私達。


 そうしている間に、いつの間にか雲を抜けていて。

 下を見ると、王城が目に入った。

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