86. 表と裏の差です

 あの後、魔石を楽に手に入れる方法は見つからなくて、実験を終えることになった。

 残ったのは、見えないところにある傷が消えて普段よりも明るいグレン様と、治癒魔法を使いすぎて疲れてしまった私だけ。


 魔石は十個しか増えなかったから、これは失敗だと思う。

 でも、冷蔵庫を作るというお仕事は残っていたから、寝る前に作ることにした。


「奥様、熱かったら言って下さいね」

「今のままで大丈夫よ」


 いつも通り湯浴みの後で濡れている髪を乾かしてもらっている間に、魔法陣を刻んでいく私。

 魔道具を作る前はタオルで念入りに拭いてから火魔法と風魔法で乾かしていたのだけど、今は軽くふいておけばすぐに乾かせる。


 カチーナが手にしている魔道具は温度と風の強さを自由に変えられるように改良したものだから、髪が痛まないようにしてくれているみたい。

 どういう仕組みなのかは分からないけれど、前よりも髪がサラサラになった気がする。


「今から魔道具にするから、少し止めてもらえるかしら?」

「畏まりました」


 魔力を込める時は集中しないと失敗してしまうから、一旦手を止めてもらう。

 でも、十秒もあれば魔道具に出来るから、完成してからは雑談を交えたりして髪が乾くのを待った。




   ◇




 翌日のお昼過ぎ。

 私はグレン様や使用人のみんなと、お屋敷から一番近いところにある広場に来ていた。


 今日のパーティーのことは今朝に知らされたばかりだというのに、どうして大勢の人が集まっているのかしら?


「レイラ、なんか注目されてるんだけど!?」

「殺されはしないから大丈夫よ」


 プルプルと震えながら細い声を漏らすブランを見ながら、一緒に大勢の前に来るのは初めてだったと思い出す。

 私は学院にいる頃に、伯爵令嬢の優等生として、何回か大勢の前に立つ機会があったのだけど、その頃はブランと出会う前だった。


 公爵令息のグレン様が人前に出るのに慣れているのは言うまでもないけれど、執事や侍女のみんなも慣れた様子なのは意外だわ。



 ちなみに、アルタイス家は財力こそ子爵家に劣ると見下されていたけれど、それ以外では一目置かれることも多かったみたい。

 だから成績が良かった私が目立つ役回りをさせられて、そのまま誰かさんに目をつけられたのよね……。


 そんな経験があっても、さすがにこの人数の前では緊張してしまう。

 だから肩に乗っているブランの羽毛を撫でて緊張を和らげようも思っていたのだけど……。


「殺されなくても視線に焼かれるよ!?」

「慣れれば大丈夫」

「なんでレイラは大丈夫なの!? 怖いから隠れる!」


 駄々を捏ねてしまったブランは手のひらに収まってしまう大きさまで小さくなると、私が着ている服のポケットに飛び込んでしまった。

 もふもふに頼ることは出来なさそうね。


 少し残念だけれど、ブランが落ち着ける方が大事。


「そこなら大丈夫かしら?」

「うん、大丈夫」


 ポケットの中なら落ち着けるみたいで良かったわ。

 心の中で息をつくと、私達の会話を見ていた侍女達からこんな言葉が飛び出した。


「白竜様が取り乱すお姿、可愛かったです」

「普段お見かけしているお姿よりも小さくなるなんて、可愛くて撫でたくなってしまいます」


 お屋敷の中を飛んでいるだけでも視線を奪っていくブランは小さくなっても侍女さん達の視線を集めている。

 ポケット越しだけれど。


「あんまりジロジロ見ないで欲しいわ」

「失礼しました。白竜様が可愛らしかったので、つい……」

「次は許さないわよ。ブランが」

「肝に銘じておきます」


 つい視線を向けたくなる気持ちは分かるけれど、ブランの機嫌を損ねたら大変だから念押しする私。

 ちなみに、今も私は広場中の視線を受けている。


 視線を逸らしても誰かと目が合うのは心臓に良くないわ……。

 慣れているとは言っても、限度もあるのだから。


「奥様、手を振ってみてください。きっと喜ばれますよ」

「こうかしら?」


 小さく手を振ってみると、すぐに歓声が上がった。


「レイラ様が手を振ってくれた!」

「聖女様、私の方も見てください!」

「俺には手、振ってもらえないか」

「馬鹿野郎、レイラ様には領主様が居るんだ。こんなシケた野郎になんて……って、嘘だろ……」

「振ってもらえたな!」


 全部聞き取れるわけではないけれど……遠聞の魔法で会話を盗み聞きすると、そんなやり取りが耳に入る。

 私は聖女ではないけれど、みんなを笑顔に出来るなら出来る限りのことをしたい。


「なあ、俺の方は誰も見向きすらしないんだが……?」

「奥様に勝てるお方は白竜様くらいしか居ませんよ。諦めてください」


 そう思っているだけなのに、グレン様の方からは嫉妬の視線が飛んでくる。

 グレン様も注目されたいのかしら?


「グレン様、こうすれば注目されますよ」

「確かに視線は感じるが、なんか違う」


 試しに隣で手を繋いでみると、視線を感じてくれたみたい。

 広場のあちこちから黄色い悲鳴が聞こえてきたけれど、これは聞かなかったことにしたいわ……。




 それから、私達は護衛さん達が許してくれる距離で領民のみんなとお話をしたり、光魔法で空に花を描いたりして広場のパーティーを過ごした。

 みんな楽しそうな表情を浮かべていたから、このパーティーは成功ね。


 でも、課題も見つかった。


「こんなに不満が出てくるなんて思いませんでしたわ……」

「そうだな。領民と直接話す機会が大事という意味がよく分かった」


 揃って言われたのは、病になった時に頼るべきお医者様を頼れないこと。

 お医者様の診察を受けるにはお金が必要になるのだけど、その金額が領民には払えない。


 だから病になったら神様に祈ることしか出来ないみたい……。

 何も出来ずに弱るのを見ているだなんて、そんな残酷なことは減らしたい。


 だから、病を治すための治癒魔法を魔道具に出来ないから試すことに決めた。

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