88. 救出作戦です

 王都の真上に着いた私達は、周りの人に見つからないように光の魔法を上手く使って姿を眩ませながら、王都の公爵邸に入った。

 今は表向きでは使われていないことになっているけれど、密偵の拠点として活用しているらしい。


 公爵邸らしく庭には池と立派な噴水があるけれど、井戸が枯れてしまったせいで噴水からは水が出ていない。

 池の方は無事だけれど、ここも干上がるのは時間の問題かしら?


 ちなみに、池は水の煌めきで庭園を美しく見せるためにあるから、中の水も透き通っていて、飲んでも問題無さそうに見える。

 このお水も井戸から持ってきているものだから、時間が経てば枯れてしまいそうね……。


「中に入るぞ」

「分かりました」


 鍵がかけられている玄関から入ると、すぐに明かりが目に入った。

 使用人さんの出入りは最低限になっているけれど、誰かいるみたい。


「そこに居るのは誰だ?」

「旦那様、お久しぶりです。今ここにいるのは私だけですが、残りの三人ももうすぐ戻ってきます」

「分かった。では、それまで待とう。

 水には困っていないか?」

「はい。池の水があったので、なんとかなりました。

 ですが、王都の人々はあの汚水を呑むか、干からびて死ぬかの二択に迫られています」

「そうか、分かった」


 こんなことになったのは、国王派の人達がカストゥラ領の井戸を枯らそうとして必要以上に水を汲み上げたからだと思う。

 井戸で組み上げられる水は王都の方からカストゥラ領の方に向かって流れていると言われているけれど、流れが追いつかない勢いで組み上げていたら枯れて当然だ。


 この状況になっても、国王派は井戸水を組み上げ続けて王都の人達を苦しめているらしい。

 密偵さんから聞いた時は、国王派の意図を理解出来なくて、十秒以上考えてしまった。


「密偵さん達が無事で良かったですわ。

 他の人達も助けたいけど、私の力では出来ませんわ」

「今は密偵や残っている使用人達を助けられればそれで良い」

「奥様のことを悪く言っている人達を助ける義理はありませんよ」


 グレン様と密偵さんに立て続けに言われてしまって、どうするべきなのか分からなくなってしまう。

 助けられる人達なのに、何もしなかったら助けられない。


 でも、私に悪意を向けている人達を助けたいと思えるほど私は成人では無いのよね。

 だから聖女と言われるとむず痒くなってしまう。


「それでも、私の味方でいてくれている人は助けたいわ。雨でも降らせたら、少しは助けられるかしら……?」

「やっぱり奥様は聖女様のように見えてしまいますね。それでは奥様を悪く言っていた人達も救うことになりますが……」

「悪口くらいなら気にしませんわ。殺されそうになったら黙っていられないですけれど」


 悪口を聞かなかったことにするのも貴族には必要なこと。

 だから命を狙われたり、どこかの誰かさんにされたように私の将来が危うくなるような状況にならない限りは放置しようと思っている。


「洪水にならなければそれで良い。だが、雨を降らせるのは少し待って欲しい。

 使用人達が移動し辛くなるからな」

「分かりましたわ」


 グレン様にそう言われて頷く私。

 それから一時間ほど待つことになったのだけど、私が何もしていないのに雨が降り出した。


 ゴロゴロと雷も鳴っていて、真っ暗な夜空が一瞬だけ白く染まる。


「いやぁっ……」

「大丈夫?」


 雷鳴が聞こえた瞬間、カチーナが小さく悲鳴を上げた。

 雷が苦手なのかしら?


「申し訳ありません。雷だけは苦手で……」

「そうだったのね。辛かったら奥に移動しても良いわよ」

「いえ、克服したいので頑張ってみます」

「分かったわ。無理そうだったらすぐに声をかけて」

「ありがとうございます」


 そんな言葉を交わしていると、ちょうど

 待っていた侍女さんが中に入ってきた。


 探しに言っていた密偵さんも一緒なのだけど、傘は持っていないから二人とも雨に濡れてしまっていた。


「今乾かしますわ」

「私達のことはお気になさらず……」

「そのままだと風邪をひくわよ? 貴女は唇が真っ青なのだから、温めないと駄目よ」


 髪を乾かす魔道具は持ってきていないから、火魔法と風魔法で二人の服を乾かそうとした。

 けれど、密偵さんの言葉に遮られてしまった。


「旦那様、奥様。落ち着いて聞いてください。

 民の不満が高まったのでしょう。反乱が始まりました」

「状況はどうなっている?」

「手当たり次第に貴族の屋敷に火が放たれている状況です。王妃様や第二王子殿下達は既に王都を脱出したようですが、ここに留まっていると危険です」


 王妃派の貴族は王都を離れて領地に籠っているから、王妃派の中で危ないのは私達だけ。

 国王派の人達が全員という訳ではないけれど、王都の人達を苦しめて、私達カストゥラ領で暮らす人々を殺めようとした人達を助けようとは思えない。


 それに賛同した王都の人達もいるのだけど、見分けが付かないのが悩みどころだ。


「火事になっても私の魔法で抑えられますが、相手は殺意を持っているのですよね?」


 どうするべきか考えていると、カチーナがそんな問いかけをしていた。

 確かに火を放たれるだけなら死にはしないと思う。


 けれども、逃げた先で矢を構えて待ち伏せをされていたら、防御魔法が無かったら命を落としてしまうと思う。

 だから、火の手が上る前に逃げた方がいいのだけど……。


 このお屋敷にある高価な装飾品やお金を灰にしてしまうのはもったいないと思うのよね。

 だから、私が身に着けている収納の魔道具に出来るだけ詰め込もうと思った時だった。


「ああ、そうなる。だから、旦那様と奥様だけでも早く逃げてもらった方が良いと思う」

「そうだよね。

 奥様、旦那様。すぐに逃げましょう」

 

 カチーナからそう声をかけられた時、外が騒がしくなってきた。

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