55. 少し違うそうです
中々信じてもらえなくて、頭を抱えたくなってしまう私。
そんな時、女の子がこんなことを口にした。
「お姉さんとガルドさんで腕相撲してみてよ!」
「悪いが、俺と彼女が腕相撲したら、彼女の腕を折ってしまうと思う。
女性を傷付けるのは俺の主義に反するから、止めておく」
確かに、この見張りさんは逞しい腕をしているから、何もしないで腕相撲をしたら私の腕は折れてしまうかもしれない。
魔力を纏わせていれば大丈夫だと思うけれど。
「もし私が勝ったら、信じて頂けますか?」
「そう来たか。もちろん、信じましょう」
ちょうどいい高さの花壇の前に移動する見張りさん――ガルドさんの後を追う私。
もう魔力を纏わせているから、不意打ちをされても大丈夫。
「腕相撲のやり方は分かりますか?」
「ええ。これで大丈夫ですわよね?」
「それで大丈夫です」
それから、私を案内してくれた男の子の合図で、お互いに力を入れることになったのだけど……。
「ふんっ……!」
「わー、お姉さんすごーい!」
「この細腕のどこにこんな力がっ……」
力の加減に失敗したら怪我をさせてしまうから、私は少しずつ力を入れていく。
ゆっくりだけど、ガルドさんの手が花壇の縁に近付いていって……。
「俺の負けだ。貴女が黒竜を倒したと認めましょう」
決着がつくよりも先に、ガルドさんがそんなことを口にした。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは俺の方です。この町を救って下さると信じています。
中に案内しましょう」
そんな言葉を交わしながら、劇場の中へと向かう私達。
少し歩いて中に入ると、鉄の匂いがした。
今も血を流している人はいないみたいだけど、染みが付いているところが遠目にも分かる。
「酷い有様ですよね」
「ええ。でも、これくらいなら大丈夫ですわ」
まずは……すぐに治癒魔法が必要そうな人を、遠見の魔法を使って探していく。
ここには二百人を超える人達が集められているらしいから、探すのも大変だわ。
でも、命に関わりそうな怪我の人は見つからなかった。
無理な戦いをしなかったのか、それとも……。
「死者は出てしまったのですか?」
「いや、誰も死んでません」
「良かったですわ」
最悪の状況にはなっていなかったから、少し安心した。
「怪我が酷い人は真ん中に集めていますのね」
「今のでよく分かりましたね……」
真ん中に向かって足を進めていると、そんな呟きが背中にかけられる。
「これでも人を見る目はあると思っていますの。
当たっていて良かったですわ」
「そうですか。いや、人を見る目とは少し違うと思いますが……」
「似たようなものですわ」
言葉を交わしながら、見落としている人が居ないか確かめる私。
その時、一番外側にひどい火傷を負っている人を見つけたから、最初はその人に治癒魔法をかけることに決めた。
火傷は大したこと無いと思う人も居るけれど、放置しておくと大変なことになるのよね。
変な病気に罹ったり、そうならなくても弱っていくことが多い。
だから軽く見ていると後悔することになると、お父様から教えられた。
何があったのかは聞いていないけれど、資料を見ていれば想像は出来るのよね。
お父様が子供の頃、熱湯を被ってしまった料理人さんが……。
「お姉さん、酷い怪我の人は後回しにするの?」
そこまで思い出したところで、後ろから付いてきていた女の子から不思議がる声で質問されてしまった。
「一番酷い怪我の人から治すわよ?」
「え? あの人、何も無さそうなのに?」
「火傷も怪我と同じよ。血は出ないけど、放っておくと大変なことになるわ」
「そうだったんだ……」
私が説明すると、女の子は泣きそうな表情を浮かべていた。
今のお話は少し重すぎたかしら……?
でも、今はこの子に構ってはいられないのよね。
「貴女、私を笑いに来たの?」
「いいえ、貴女の怪我を治しに来ましたの」
睨みつけられて驚いたけれど、顔には出さないで言葉を返す私。
そんな時、男の子が私の前に出てきて、こんなことを口にした。
「母さん、このお姉さんは良い人だから、多分大丈夫」
「カイル、戻っていたのね。水を持って来て……」
「うん、分かった」
「水なら私が出せるから、大丈夫よ」
男の子――カイルくんが持っているコップに魔法で水を入れる。
井戸の水は、たまにお腹を痛めるみたいだけど、魔法で作った水ならそんな心配も要らないのよね。
「……母さん、お姉さんが入れてくれたよ」
「ありがとう」
カイルくんのお母さんが水を飲んでいる間に、私は治癒魔法をかけていく。
思っていた通り魔力をたくさん使うことになったけれど、火傷は跡も無く治せたと思う。
服の下までは分からないけれど、酷かった腕が綺麗になっているから大丈夫よね。
「母さん、治ってる……」
「治癒魔法をかけてみたのですけど、良くなりましたか?」
「はい……。痛みも消えました。
貴女は、何者なのですか?」
そう問いかけられたから、領主の証を見せてみる。
警戒されると思ったけれど、この人は表情を緩めるだけだった。
「領主様だったんですね……。
貴女のような心優しい方が領主様なら、安心して暮らせます。この町に来てくださって、ありがとうございます」
「安心させられるように頑張りますわね」
そう言葉を返して、今度は真ん中の方に向かう私。
警戒されると思って身分は明かしていない。
けれども、今の様子を見られていたみたいで、不審がられることは無かった。
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