54. 信じてもらえません

「領主様、治してくれてありがとう」

「どういたしまして。他に話したい事はあるかしら?」


 子供からでも、情報は集められる。

 だから、そんな風に言葉を返してみた。


「前の領主様の酷いこと、聞いてくれる?」

「もちろんよ。何があったのかしら?」


 膝をついたまま、目を合わせる私。

 それから、子供たちは見てきたことを話してくれた。




 前の領主は、女性を一人ずつ、毎日屋敷に連れ込んで何かをしていたらしい。

 翌朝には必ず帰ってきたみたいだけど、暴力のせいでひどい怪我を負わされているみたい。


 この町では女性が奴隷扱いされていないというのは本当みたいで、領主はこの町の人達の怒りを買って殺されたらしい。

 でも、乱暴された人たちの傷はまだ癒えていないから、治して欲しいとお願いされた。


 私達が怒りを向けられていたのは、歴代の領主にまともな人が居なかったからみたいだから、領主自体が拒絶されているのだと思う。

 黒竜の襲撃の時に、皇帝直属の騎士団が戦う前に撤退したのも理由の内みたいだけど。


「黒竜とはどうやって戦ったの?」

「みんなで防御魔法を張ったんだ。そしたら、騎士団の方に飛んでった」

「黒竜に諦めてもらえたのね」


 うん、分かっていたことだけど、この国の貴族も自分のことばかり考えているみたい。

 だからと言って、ここの人達を見捨てるのは嫌だから、何とかして信頼を掴んだ方が良いわよね……。


 ちなみに、男性の貴族はそれだけで拒絶されていて、私が無害だと伝えても怯えは消えていないから、グレン様とお父様には先に帰るようにお願いした。

 手を借りれないと大変だけれど、これは仕方の無いこと。


 グレン様は悔しそうにしていたけれど、すぐに受け入れてくれた。


「うん! 母さん達の魔法、すごかったんだよ!」

「そうだったのね。私も見てみたかったわ」

「でも、お姉さん……あっ、領主様の治癒魔法もすごかった!」


 治癒魔法をかけてからは、すっかり受け入れてもらえて、子供達からは怯えの色が消えていた。 


「領主様が嫌だったら、お姉さんでも良いわよ。前の領主のこと、思い出しちゃうと思うから」

「それじゃあお姉さんで!」


 ようやく子供達が笑顔を浮かべてくれたから、私も自然と笑顔になれた。




 それから、私は領主の証を身に着けずに街を回ることにした。

 子供達から怪我をしている人がたくさん居ると教えてもらったら、行かないなんて選択は出来ない。


 私は領民を守ることや助けることも領主の仕事だと思っているけれど、今までの領主は見捨てていたみたいで、私が町に行くと口にしたら驚かれたのよね。


「怪我をしている人達はこっちで良いのかしら?」

「うん! みんな劇場に居るよ!」


 そんな言葉を交わしながら歩く私に刺さる視線は殆どないから居心地も悪くない。

 代わりに、私が領主だと知らせてからどうなるか怖い。


「ありがとう。

 怪我は酷いの?」

「腕が無くなっちゃた人はいるけど、元気そうだった!」

「そう……。みんなのご両親は無事かしら?」

「母さんはまだ治ってないけど、多分大丈夫!」

「お母さんの怪我も心配だから、一緒に治してみるわね」


 先に信頼を掴むように動いた方が良いのかもしれないけれど、みんなを助ける方が先だと思う。

 今は私のことを受け入れてくれている様子だもの。見捨てるようなことは出来ないわ。



 しばらく歩くと、子供達が言っていた劇場の前に着いた。

 見張りの人がいるから、声をかけてみる私。


 すると、こんな言葉が返ってきた。


「見ない顔だが、貴女はどこから来た?」

「お姉さん、次の領主様なんだよ。優しい人だから、入れてあげて」


 私を疑うような視線を向けられた時には、男の子がそんなことを口にしていた。

 領主が忌避されている状況だから、もう駄目かもしれないわ……。


 そう思ってしまったのに、見張りの人からはこんな言葉が返ってきた。


「女性の領主様、か。現実なら良かったが……君達、嘘は良くないぞ。

 皇帝陛下は女性に力が無いと信じているお方だから、間違っても女性が領主になることは有り得ない」

「お姉さん、領主の証は偽物だったの?」

「私、黒竜を倒して領主になりましたの。これで信じて頂けますか?」


 この人は女性の領主に期待しているみたいだから、証を見せてみる。

 けれども、まだ信じてくれる様子は無かった。


「これでも信じて頂けませんか?」

「証が偽物じゃない証拠は無いからな。それに、領主を騙ろうとする人は定期的に出るんだ。

 力にこだわる陛下のことだから、いくら強い女性でも男には勝てないと思う。貴女の実力を知らずに話すのは良くないとは分かっているが」


 この人が言う通り、領主を騙る人は毎年のように現れる。

 だから、領主と関わる人は領主の顔を覚えるようになっていて、そうでない人には証を見せることで対策している。


 でも、その証を偽物だと思われたら、証明のしようが無いのよね。


「一応、黒竜は倒せたので、力はあると思っていますの」

「黒竜を、倒した……?」

「ええ。この剣で」

「その細腕で、か?

 貴女は面白い冗談を言うのだな」


 ……口で説明しても分かってもらえそうにないわ。

 どうすれば良いのかしら?

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