56. 地雷を踏み抜きました

「あの子達と仲が良いみたいだが、貴女は何者なんだ?」

「どう見ても私達と同じ平民じゃないわよ」

「女性のお貴族様は男に好き勝手されて大変って聞くから、逃げ出してきたのよ。きっと」


 不審がられては無いけれど……憐れむような目を向けられて、曖昧な表情を浮かべてしまう。

 この町では女性も尊重されているけれど、平民でも他の場所では女性の扱いが酷いことは認識されているみたい。


 だから、こんな目を向けられているのよね……。

 拒絶されなくて良かったけれど、この現実には泣きたくなってしまう。


「皆さんが思っているような目には遭っていませんわ。

 とりあえず、治癒魔法をかけていきますね?」

「あ、はい。お願いします」


 曖昧な返事が返ってきたけれど、気にしないで一人ずつ治癒魔法をかけていく。

 みんな痛みを我慢していたみたいで、治した後は安心したような表情を浮かべる人が多かった。


 そして、最後の一人を治すと、こんな言葉が飛んできた。


「貴女、領主様なんですよね? どうして俺達みたいな平民に関わってるんですか?」

「確かに……。まさか、見返りを求められるのか?」


 途端に不安そうな雰囲気になってしまったから、慌てて口を開く。


「私は苦しい思いをしている人を放っておきたく無いのですわ。

 だから平民でも、困っていたら手を差し伸べるように心がけています。

 見返りも求めたりはしませんわ」


 私に害を成そうとしている人は別だけれど、困っている人は放っておけないのよね。

 それに、他の貴族は平民と関わることも嫌うみたいだけど、私は小さい頃から領民と遊んだりしていたから、抵抗も感じない。


 仲良く出来たら良いな……と思っているけれど、身分差があるから難しいのよね。


「そうですか……」

「変わった人ですね」

「ちょっと、それは失礼よ。聖女様みたいな人って、怒らせると怖いのよ!?」


 変わった人と言ってきた男性が女性にぺしぺしと頭を叩かれている。

 ここの人達は仲が良いみたい。


「多少なら見過ごしますから、怖がらないでくださいね」

「ひっ……」


 怖がらせないように笑顔で声をかけてみたのだけど、逆効果だったみたい。

 でも、他の人がこんな言葉を零していた。


「これだけ治せるって、どう考えても聖女様だよな……」

「確かに、スタセレニナ物語に出てくる聖女様って感じがするな。容姿もそっくりだし」

「まさか、聖女様の生まれ変わりか?」

「私、その聖女様の子孫みたいですの。だから、この力も聖女様のお陰ですわ」

「なるほど。聖女の子も聖女という話は本物だったんですね」


 それから、どんどん話が大きくなって、私は領主じゃなくて聖女として敬われることに決められていた。

 くすぐったいからお断りしたけれど。


 ……どうして残念そうにしているのかしら?

 気になったけれど、地雷を踏み抜きそうな気がしたから、口にはしない。


 


 無事に領民に受け入れられたことは、素直に喜んだ方が良いわよね?

 魔力はまだ余裕があるけど、こんなに使ったのは初めてだから、疲れてしまった。




   ◇




 あの後、私達は一旦カストゥラ邸に戻ることになった。

 帰るのが遅いと心配させてしまうから、授かった領地のことは執行官に簡単に指示を出してから、屋敷を発った。


 執行官というのは、新しく領主になった人に統治の方法を教える人みたいで、私達よりもかなり遅れて屋敷に来たのよね。

 どうやら私の立場も知っているみたいで、提案したらすぐに受け入れてもらえた。


 良くないことをされても、遠見の魔法でブランが監視しているからすぐに分かるみたい。

 なんて頼もしいのかしら?


「まさか馬も乗せられるとはな」

「怖がらないように眠らせているとはいえ、少し心配になる」

「何かあっても治せますから、大丈夫ですわ」


 馬を撫でるグレン様とお父様に、そう口にする私。

 もちろん万が一が起こらないように気を付けているから、治癒魔法の出番は無いと思うけれど、安心させるつもりで言ってみた。


「頼りにしているよ。今も防御魔法をかけてくれているようだが……」

「怪我をしないのが一番ですもの」


 ものすごい速さで過ぎていく雲を横目に、そんなことをお話している。

 どういうわけか、私はグレン様の足の上に座らされているから、少し落ち着かないのよね……。


 ブランがいくら大きくても、馬を二頭乗せていたら人が座れる場所が無くなってしまって、この状態に落ち着いた。

 お父様とグレン様が一緒に座ること、私とお父様が座ることも提案してみたのだけど、一秒も待たずに却下されてしまったのは不思議だわ。



 お父様に抱きしめられるのは抵抗があるけれど、恥ずかしくは無いから大丈夫なのに。


「グレン様、顔が近いですわ」

「仕方ないだろ。これでもユリウス殿と一緒になるよりはマシだ」


 た、確かに……!

 私とグレン様なら頭一つ分くらい背丈が違うけれど、お父様とグレン様だったら、後ろを向けなくなってしまうわ。


 私が後ろを向いてもグレン様の胸にぶつかるだけだから何も起こらないけど……。

 ……これ以上は考えない方が良さそうね。


「レイラ、何を想像している?」

「な、何も考えていませんわ」


 何かを察したらしいお父様が振り向いてきて、無表情で問いかけてきた。

 慌てて答えたけれど、失敗した気がするわ……。


「それなら良いが。

 男同士なんて、見ていても気持ち悪いだけだから止めておきなさい」

「っ……」


 この言葉のせいで、私は声にならない悲鳴を上げながら、表情を隠したくてグレン様の胸に顔を埋めた。

 どうして脳裏に浮かんでいたことが分かるのよ……!?

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