51. 物扱いされてます

 あの後、私を奴隷にしようとしていた人はグレン様の手によって地面と仲良くなった。

 ピクピクと動いているけれど、息はしているから大丈夫そうね。


 それにしても、グレン様があんなに怒るとは思わなかったわ。


「見苦しいところを見せてしまった……。

 申し訳ない」

「守られているって分かったので、嬉しかったですわ。ありがとうございます」


 仮面ではない、心からの笑顔を浮かべてお礼を言う私。

 あの程度の人が相手なら抵抗できるけれど、心の奥では恐怖を感じていたのよね。


 だから、この言葉には誇張も偽りも無い。


「守れて良かったよ」


 そんな気持ちを察してくれたのか、グレン様は優しく手を包みながら、そう口にした。

 けれど、そんな私達を黒竜は待ってくれなくて、真上から巨大な火の玉が迫ってきている。


「またこれか……!」


 ぼやきながら、水の防御魔法を使うグレン様。

 魔力は足りているみたいだけど、攻撃が一切通らないから苛立ちを覚えているみたい。


 それはお父様も同じみたいで、グレン様の防御魔法に入りながら渋い顔をしている。


「レイラも攻撃してみて欲しい」


 けれども、同時に限界も感じているみたいで、お父様は私の手を借りようと声をかけてきた。


「もし私が倒したら、爵位のお話はどうなりますの?」

「レイラが爵位を授かることになると思う。皇帝は必ず約束を守るお方だから、間違いないだろう」

「女性が奴隷扱いされているのに、ですか?」


 今の周りからの目を見れば分かる。

 この国の人達は、女性を『物』としか見ていない。


 だから、爵位を授かっても意味を成さない気もするのよね。


「この国で女性が奴隷扱いされているのは、何の役にも立たないと信じられているからだ。

 だから、力を示せば差別もされなくなると、私は考えている」

「そういう事情なら、可能性はありそうですわね」


 もし私が黒竜を倒したら、この国で苦しむ女性を救えるかもしれない……みたい。


 私が爵位を得たら、公爵家を巻き込まずに王国から離れやすくなるから、試す価値はありそうだ。

 だから、ちょっとだけ力を出してみることに決めた。


 全力を出したら魔力切れになるから、今は普段よりも魔力を込める程度で光魔法を放つ。

 その瞬間、黒竜は攻撃を避けようとしていた。


 でも、この魔法は追いかけることが出来るから、避ける前に翼を貫いた。


「ギャオオォォォォッ!」


 咆哮が地面を揺らして、近くの建物が崩れ落ちた。

 そして、黒竜が真っすぐ私の方に落ちてくる。


 何度も何度も炎を吐きながら。


「狙いがレイラに変わった! 避けて!」

「分かってるわ。

 お父様、グレン様! 私から離れて!」


 みんなを巻き込まないように、声を上げる私。

 それから、ブランの助言通りに黒竜の攻撃を避けていく。


 身体強化の魔法を使っていなかったら避け切れないような攻撃だけれど、今なら簡単に躱せた。


 魔法を使わないでも軽々と離れていくグレン様とお父様の身体はどうなってるのかしら……?


「あの女が囮になってる!

 殺しても構わない! とにかく撃て!」


 けれども、横から邪魔が入ってきたから、風魔法を使って空に逃げる私。


 すると、周りからの攻撃魔法を受けながらも、黒竜は私に飛び掛かってきた。


「翼は壊したはずなのに……」


 空の高いところに移動したのに、黒竜は平然と私のことを追いかけてくる。


「翼が弱点なだけで、飛ぶことは魔法で出来るからね」

「さっきのは落ちてたように見えただけで、ただの攻撃だったのね……」


 風魔法を使いながら、黒竜と向かい合う。

 飛んでくる炎は防御魔法で防げているけれど、あの鋭い牙と爪は防げないと思ったから、身を捻って避ける。


 でも、翼をボロボロにしても、黒竜の攻撃は止まらなかった。


 本気に近い魔法を撃ち込んでも、鱗には傷がつくだけ。

 どうすれば倒せるのか分からないわ……。


「もう剣を使わないと攻撃出来ないわ」

「剣なら効くかもね?」

「そうだと良いのだけど……」


 残りの魔力で飛べるのは、半日がやっと。

 だから、魔力を身体に纏わせて戦う事に決めた。


 でも、攻撃のために距離を詰めたら、黒竜の攻撃を避けるのも難しくなってしまった。

 魔力を纏わせていれば、下からの攻撃魔法は防げるけれど。


 爪が掠めただけで、私は弾き飛ばされてしまった。


「防御しながら攻撃するなんて、レイラは器用だね?」

「痛っ……」


 じわじわと肩から痛みが滲む。

 でも、怪我は重くないから、治癒魔法を使うほどじゃない。


「今の、攻撃出来てたの?」

「翼を斬り落とされるなんて、竜にとっては屈辱だよ」


 ブランに言われて、黒竜から片方の翼が消えていることに気付いた。

 ちなみに、下からの攻撃魔法は当たっていないから、私の仕業だと思う。


 目を閉じながらでも、突き出していた剣が当たっていたのね。


「もう片方も!」

「グオオォォォォ……!」


 私が一気に距離を詰めると、黒竜が咆哮を上げて牙を構える。


 その時、嫌な予感がした。

 咄嗟に全部の魔力を纏わせて、身構える私。


 その一瞬で、私は黒竜にお腹の辺りを噛まれていた。


「もう駄目ね……」


 牙が深々と刺さっているのに痛みを感じないだなんて、致命傷に違いない。


「グレン様、申し訳ありません……」


 そう呟く私。

 でも、血がにじむことは無かった。


「怪我、してない……?」

「黒竜の牙が砕けただけだね。流石、レイラの本気はすごいよ」


 何とも言えない気持ちになっていると、ブランののんびりした声が聞こえてくる。


「待って、私は何も出来てないわ」

「レイラの魔力に黒竜が負けたんだよ。逃げられないように掴んでおいた方が良いと思うよ?」


 笑っているような声色のブランと、私を噛んだまま動かない黒竜。

 ブランに言われた通り、黒竜の口を掴む私。


 それから少しして、黒竜が必死にもがきはじめた。

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