50. 凍り付きました

 空を移動すること一時間。

 私達は国境の山を越えて、無事に隣国に入った。


 山を越えると気候も一気に変わるから、防寒具を着ておく私。

 きっと雲の下では雪が降っているはずだから。


 ちなみに、私達の暮らす王国では四季があるけれど、帝国は基本的に寒くなっている。

 行ったことが無かったから、見るのは今回が初めてなのだけど。


「ブラン、雲の下に行けないかしら?」

「少しだけなら良いよ」

「ありがとう」


 雲の上からだと下の様子が見えないから、雲の下まで降りるようにお願いした。


 するとあっという間に雲に迫って、少しすれば雲が上に見えるようになった。

 けれども、見慣れた色の地面は見えなくて、辺りは真っ白の雪景色が広がっている。


 海に近いところは暖かいみたいだけど、この辺りは過酷なのよね……。

 お父様もグレン様も雪の対策はしていたから、道で行き詰まっていることは無いと思うけれど、少し心配になってしまう。


「すごい雪ね……」

「僕は寒さとか関係ないけど、レイラは大変だよね」

「慣れていないから転んでしまいそうだわ」


 屋根の上に分厚く積もっているから、私の足は簡単に埋もれてしまいそう。

 だから、もし戦闘になったら私は風魔法で浮かびながら戦うことになると思う。


「魔力は温存した方が良さそうだね」

「そうするわ。

 黒竜はまだ先なのかしら?」

「うん。人もたくさん居るみたいだよ」

「被害が出ないと良いけど……」


 心配になってしまったけれど、離れているからどうにも出来ない。

 だから、余計なことは考えない方が良さそうね。




 それからはブランと雑談しながら空を進んでいく。

 魔物と遭遇しないように高い空を移動しているから、周りは雲しか見えない。


 けれども、雲の切れ目から焼け落ちた町が見えてしまった。

 まだ炎が燻っているから、燃えてから日は経っていないみたい。


「黒竜はどの辺に居るのかしら?」

「もうすぐ見えると思うよ」


 そう言って、少しずつ地面に向かって降りていくブラン。


 雲の下に戻ると、前の方で火柱が上がっているところが見えた。

 ブランの攻撃とは違って、黒竜は炎を吐いているみたい。


 凶悪な竜みたいで、町に向かって何度も何度も炎が吐かれている。

 町からは魔法が飛んできているけれど、黒竜には効いていないみたい。


「近付けるかしら?」

「もちろん」


 頷くと、森の隙間を縫うように飛び始める。

 木を避けるために左右に揺れているけれど、ブランの魔法のお陰で手を放していても落ちたりはしない。


「そういえば、黒竜と白竜は敵同士なの?」

「近くに居ても戦わないけど、仲間ではないよ。だから、レイラが倒したいなら協力するよ」

「そうだったのね。ありがとう。

 それなら、私一人で戦ってみるわ」

「分かったよ」


 そんな時、少し先の方からこんな声が聞こえてきた。


「急げ! このままだと帝都が滅ぶ!」

「隊長、左に真っ白な影が……!」

「こんな時に魔物か!?」


 黒竜しか警戒していなかったから、人に見つかってしまったみたい。

 ブランも竜の姿をしているから、敵と認識されてもおかしくないから、少し嫌な汗が出てしまった。


「いえ、あれは白竜です! もしかしたら黒竜を倒してくれるかもしれません!」


 けれど、そんな声が聞こえてきたから、ほっと息をつく私。


「白竜だと!? 白竜と言ったら、魔物の数を抑制するだけだ。

 期待は出来ない」

「そうですか……」


 そんな声を聞き流しながら、追い抜いていく私達。

 木を避けながらだからスピードは出せないのだけど、それでも馬よりは早いからすぐに会話は聞こえなくなってしまった。


 代わりに、町の方から騒ぎ声が聞こえてきた。


「魔法、全然効いてないわね……」

「黒竜は翼が弱点だけど、威力が足りてないみたいだね」

「そうなのね」


 頷いてから少しして、グレン様とお父様の魔力の気配がした。

 だから、ブランに言って、気配がした方向に向かう。


 そして、移動すること数分。

 ようやくグレン様とお父様の姿が見えた。


 今はブランには小さくなってもらって、私が自分の足で移動している。

 だから騒ぎは怒らなかったけれど、グレン様は私の気配に気付いたみたいで、勢いよく振り返ってきた。

 

「どうしてここに居る……」

「予定になっても帰ってこなかったから、心配で来てしまいましたの……」

「そうだったのか。心配かけて申し訳ない。

 実は……撤退しようとしたら退路を塞がれてしまって、逃げられなかったんだ」


 申し訳なさそうに、そう口にするグレン様。

 本当に逃げられないのか気になって、町から離れようと走ってみる私。


 その直後、目の前に巨大な火の玉が落ちてきた。


「大丈夫か!?」

「ええ、これくらいなら魔法で防げますわ」

「そうか。それなら、逃げることも出来そうだな」


 そんなお話をしている時だった。


「お前、女か?」


 嫌な笑みを浮かべた人が、そんなことを言いながら近づいてきた。


「何か御用ですか?」

「決めた。お前は俺の物にする。

 こっちに来い」


 私が答えるよりも先に、テカテカと光る手が伸びてくる。

 けれど、その手が私に届くことは無かった。


「誰がお前の物だって?

 俺の大事な人に手を出したら、味方だろうが斬る」


 パシっという乾いた音に続けて、グレン様が声を上げる。


「なんでそんなに怒るんだ?

 たかが奴隷だろ?」

「あ?」


 直後、グレン様の周りが凍り付いた気がした。


 

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