41. 縮みました

「お父様、今すぐに王都との往来を止めて下さい。流行り病が王都で出ている可能性がありますわ」

「大丈夫だ。魔物の事があってから、王都からは誰も入れないようにしてある」


 目が合ってすぐにお父様に訴えると優しい声で答えが返ってきた。

 グレン様は、感心するような声を漏らしていた。


「王都から暗殺者が送られてくるといけないからね」

「そうでしたわ……」


 今のアルタイス家の状況を考えると、お父様の対応は正しいと思う。

 元々、領地と王都の間の往来は無いに等しかったから、今更往来を止めたところで影響も無いのよね。


 そのせいで大して発展もしなかったのだけど、流行り病が起きた時の対応はしやすい。

 領地の統治も難しいことは殆ど無いから、屋敷をしばらく開けていても問題なく回っている。



 問題は王都の屋敷から戻ってきた使用人達なのだけど……。

 敷地の中に居る人全員に治癒魔法をかけても魔力は減らなかった。


「お父様、使用人達に治癒魔法をかけたりしましたか?」

「ああ。みんなで手分けして、疲労回復のために使ったよ」

「そうでしたのね」


 お父様と言葉を交わしていると、グレン様が私の隣まで歩み出てた。

 重い雰囲気を感じたから視線を向けると、彼はこう切り出した。


「お義父様。大事なお話があります。

 少しだけ時間を頂けますか?」

「分かりました。人払いは必要ですか?」

「可能ならお願いしたいです。

 レイラ。申し訳ないが、少し待っていて欲しい」

「分かりましたわ」


 今から領主同士でしか交わせないことを話すみたいで、グレン様とお父様だけで応接室でお話することになった。

 私は一人寂しく……という事にはならなくて、お母様とお兄様に捕まって、テラスでお話をすることになった。


 王都に来ていなかった使用人さん達も私と会える時を楽しみにしていたみたいで、玄関に入るとすぐに囲まれてしまった。


「レイラは人気者なのだな……」

「私よりもレイラの方が侍女達に大切にされていますからね。

 結婚すると決まった時は大変でしたよ」


 こんな言葉を交わしながら階段を登っていくお父様達の姿を見て、苦笑いを浮かべる私。

 

「みんな、そんなに反対していたの?」

「当然です!」

「お嬢様の気持ちが定まっていないのに結婚させるなんて嫌ですから!」


 侍女達に問いかけてみると、当然と言わんばかりの口調で答えが返ってくる。

 みんな私が好いている相手と結婚することを望んでいたから、そうなって当然よね……。


「でも、今は幸せそうなので安心しました」

「大切にされているのですね」

「公爵家の人達が優しいから、楽しく過ごせているの。

 グレン様との距離は縮んでいないけれど……」


 今もグレン様からは距離を置かれている気がするのよね。

 大切にされている気はするけれど、守ってくれる約束が無かったらどうなっていたか分からない。


「あれで縮んでいないんですか!?」

「グレン様のお顔にはお嬢様の事が好きだと書いてありましたけど?」

「本当はどこまで行ったのですか?」

「最近手を繋げるようになったわ。でも、それだけよ」


 私達の関係は仮初の夫婦でしかない。

 演技は出来ても、そこに愛は無いのよね。


 この辺りの事情は使用人さん達には知らせていないから、侍女さん達には期待されてしまっているみたい。

 本当のことを伝えた方が良いのかもしれないけれど、グレン様に好きになってもらえる日が永遠に来ないとは言えないから、躊躇ってしまう。


 ……私、彼に期待してしまっているみたい。


 そう気付いてしまったから、この話はやめて違う話をすることに決めた。


「みんなは何か変わった事はあったのかしら?」

「お嬢様が居なくなって、少し寂しくなってしまったことくらいです」

「私の結婚の事、忘れてないよね!?」

「ごめん!

 クレアが結婚することになりました。式はまだ決まってないので、決まったら手紙を送りますね」

「そうだったのね! おめでとう」


 笑顔でお祝いの言葉を口にする私。

 それからは、アルタイス邸での出来事を聞いて過ごした。




 グレン様達が応接室に向かってから十分くらい過ぎたのかしら?

 私達が雑談を楽しんでいる時、お父様達の姿が見えた。


「レイラ、お待たせ。

 話がまとまったから、屋敷に戻ろう」

「分かりましたわ」

「詳しいことは移動しながら話すよ」


 そう言って、手を差し出してくるグレン様。

 私も手に自分の手を重ねる。


「また来るわ。またね」

「楽しみにしてます!」

「お気を付けてください!」


 私達は使用人さん達総出で見送られながら、ブランの背中に乗った。


「飛んでも良いかな?」

「うん。お願い」


 ブランが小さく羽ばたくと、あっという間にみんなの姿が小さくなっていく。

 挨拶は短めだったけれど、最後まで手を振ってくれていた。


 もちろん私も、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 グレン様も手を振っていたのは少し意外だったけれど、家の使用人達を気にかけているのが分かったから、なんだか嬉しい気持ちになった。

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