42. お見送りです

 屋敷が見えなくなるまで手を振っていたグレン様の姿を見ていたら、突然私の方に向き直った彼と目が合った。

 お互いに一言も発せなくて、少し気まずい。


 そう思った時、グレン様がこんなことを口にした。


「さっき話したことだが、俺も隣国で爵位を得ることにした。

 王国で何かあった時に避難できる体制を作るために」

「……グレン様もお一人で行かれるのですか?」


 予想していなかったことだけれど、驚かずに質問を返す私。

 グレン様のようなお方の身に何かあったら大変だから心配だわ。


「いや、ユリウス殿と共に行くことになった。

 相手は黒竜だから厳しい戦いになるだろうが、死にはしない。無理そうなら帰ってきて他の手を考える」

「父と手を組まれますのね。

 無事に戻ってきてくださいね」

「ああ、もちろんだ」


 そんなお話をしながら、午前のうちに回った街に向かう。


 次の指示は、領地の中の往来を再開させる代わりに、王都との往来を無くすというもの。

 これだけだと混乱が起こりかねないから、対策も同時に指示するグレン様。


 今回は私も同席することが出来たから、時間が経つのをあっという間に感じた。

 街を回り終えた今は、すっかり日が傾いていてブランの背中が茜色に輝いている。


「眩しくない……。

 もしかして、このことを想定して順番を決めていたのですか?」

「ああ。

 馬車でも視界を奪われると魔物を見つけられなくて危険だから、常にこうしているんだ」


 配慮してくれたという訳ではなかったけれど、そんなところまで気を付けているらしい。


「僕の目はどんなに暗くても、どんなに明るくても全部見えるから気にしなくて大丈夫だよ?」


 ブランにとってはこの配慮は要らないみたいだけど、私は前を見られるからこの方が良いのよね。

 なんとなく、前を見ていた方が落ち着くから。


「ブランくんが良くても、レイラが眩しい思いをするから変えるつもりはない」

「僕の魔法で程よい眩しさに抑えられるから、大丈夫だよ?」

「そうだったのか……。

 次からは最短距離になるようにする」


 ブランとグレン様の会話を聞いていると、遠くの方に公爵邸の屋根が見えてきた。

 少しずつ地面が近付いてきて、そのまま庭に降りるブラン。


 ちなみに、この大きさのブランの背中は二階を超える高さがあるから、翼で坂を作ってもらわないと降りれないのよね。

 何も無い状態で降りたら、足の骨くらいは折れると思う。


「「お帰りなさいませ。旦那様、奥様!」」


 ブランの背中から降りて玄関に入ると、使用人さん総出で出迎えてくれた。


「ただいま。出迎えありがとう」

「お荷物、お持ちしますね」

「ありがとう」


 荷物を侍女に預けて、私室に向かう私。

 この後はダイニングでグレン様と夕食をとってから、とある準備を始めた。




   ◇




 翌朝。

 私は使用人達に交じ……ることは出来なくて、一番前でグレン様の見送りをしている。


 今日はグレン様が隣国のナフティメル帝国に向かう日だから、使用人も総出だ。

 相手は帝国で何人もの人を嬲り殺してきた、王国でも忌まわしき存在として語り継がれている黒竜だから、無事に帰って来れる保証は無い。


 でも、そうなるのは嫌だから、徹夜で守護の魔道具を作った。材料と道具は家から持ってきていたのだけど、かなり高位の魔法を使っているから時間がかかってしまったのよね。


 見た目はただの首飾りだけれど、何かあれば魔力を使って身を守ってくれるもの。


 もう家族全員分は作っていて、私も身に着けているものだから効果は保証できる。

 グレン様の魔力は多いはずだから、黒竜の攻撃が十回くらい当たっても無傷で居られるはずだわ。


「グレン様、少し屈んでください」

「こうか?」

「ええ、ありがとうございます」


 答えながら、手に隠していた守護の魔道具をグレン様の首にかける。


「これは……」

「お守りですわ。何かあったら、グレン様の身を守ってくれるはずです」

「そんなものまで作れるのか。

 ありがとう。大事にするよ」

「魔道具はいくらでも代えが効きますから、お身体を大事にしてくださいね」


 壊れないようにこの世界で一番丈夫な素材を使っているけれど、魔力が切れて危険が迫ると、この魔道具が盾になるのよね。

 そうなったら、壊れてしまうと思う。


 だから、身体を一番にするようにお願いした。


「分かった。必ず無傷で戻ってくるよ」

「必ず、ですからね」

「もちろん。

 そろそろ時間だから、行くよ」

「分かりました。お気を付けて!」

「「行ってらっしゃいませ」」

 

 馬に乗って門を出るグレン様に向かって手を振る私。

 今は公爵夫人らしい装いをしていて外に出ることは出来ないから、ブランの背中に上ってグレン様の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。



「みんな、仕事に戻るわよ!」


 ずっと心配していても仕方が無いから、切り替えて侍女達に向き直る私。

 まずはこの動きにくいドレスから着替えて……。



 着替え終わってからは、お屋敷を回って手が足りないところを手伝って過ごすことにした。

 けれども、今の私は領主代行。


 ほとんどは執事長がこなしているけれど、私が判断しないといけないこともあって、何度か呼び出されることになった。

 ちなみに、王家から送られてくる手紙の類は全て無視しているから、私が代行でも問題ないみたい。


 お陰で普段よりも忙しくなったけれど、領主のお仕事も楽しいから辛いとは思わなかった。

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