32. 聖女失格です

 王城の敷地の中も、魔物に埋め尽くされている。

 でも、攻撃をしなかったら、魔物が手を出してくることは無かった。


 幸いにも、魔物は王城の建物の中には入っていない様子だから、ブランの背中から飛び降りて、中に入る私。

 小さくなったブランは私のポケットに隠れて、廊下を進んでいく。


「聖女様、こっちも頼む!」

「聖女様! もう死にそうだ! 急いでくれ!」


 酷い状況だけれど、誰も大怪我はしていない。

 怪我とは無縁な貴族達は、大袈裟に表現しているけれど。


「はい、これで大丈夫ですわね。戦いが終わったら、お願いしますね?」

「ええ、分かっております。無事に凌いだ暁には、我が領地の特産品をお渡しします」

「宝石も付けなさい」

「承知しました」


 騒いでいる人達が居るのに、パメラ様は報酬を求めている。


 こんな状況で報酬を気にするなんて、信じられない。

 軽傷だから良いけれど、もし重傷の人が出たら、手遅れになってしまうわ。


 交渉に夢中で私に気付かないのは好都合だけれど。


「聖女様、俺の怪我も頼みます!」

「対価を用意できるなら、治しますわ。お前のような平民には無理でしたわね?」

「なっ……」


 ……大怪我をした平民を見捨てて、貴族だけを治す姿勢を見て、固まってしまった。

 こんなの、聖女がとっていい態度ではないわ。


 歴代の聖女様は、誰にでも等しく癒しの力を使っていたのに。


「ブラン、少し魔法を使ってくるわ」

「気付かれたら、すぐに逃げるよ」

「ええ」


 この人の傷はかなり深くて、放置していたら命を落とすと思う。

 そのことを黙って見ているなんて、私には出来ない。


 正体に気付かれるかもしれない。

 でも、今の王家が治めるこの国には、もう居たくない。


 だから、私は大怪我をしている人に治癒魔法をかけた。


「痛みは消えましたか?」


 突然、そんなことを口にしながら、胸の前に飛んでくるブラン。

 意図が分からなかったけれど、なんとなく抱きしめる私。


 その時、今着ている服が目に入って、ブランの狙いに気付いた。


 今の私、男の子に見えなくも無いわ。

 胸をブランの身体で隠せば身体で気付かれることは無さそうだ。


 ブランの声は男の子のものだから、完璧だわ。

 性別を勘違いしてもらえたら、正体も気付かれにくくなるもの。

 

「ああ、助かった。あんたは男なのに、治癒魔法を使えるんだな」

「たまたま適性があっただけだよ。魔法に性別なんて関係ないからね」

「聖女様のことがあるから、女じゃないと治癒魔法は使えないと思ってた。いやー、驚いた」


 だから、ブランの言葉に合わせて口を動かした。

 ちなみに、今のブランの姿は真っ白な鳥に似ているから、騒がれることも無かった。


 鳥にしては首が長いけれど、モフモフの羽毛があるから竜には見えないわ。


「他の人も助けてくる。

 次は大怪我しないでね。魔力はそんなに無いから」

「分かった。助かったよ!」


 服が少し大きいから、体格で気付かれることも無くて。

 私は無事にこの場から離れることが出来た。


「ブラン、ありがとう」

「男の子に見える格好で良かったね。」

「今の機転には驚いたわ」


 もふもふのブランを撫でながら、そう口にする私。

 この感触、癖になりそうだわ……。


「少し可愛すぎる気もしたけど、大丈夫そうだね」

「それなら、他の人の怪我も治していこうかしら?」

「酷い怪我の人だけにしてね? いつまでも誤魔化せるとは思えないから」

「分かっているわ」


 そう口にしてから、他に困っている人が居ないか探していく。


 すると、床に無造作に寝かされている人達が目に入った。

 ここに寝かされている人達は、全員平民で酷い怪我を負っていた。


 まだ息絶えてしまった人はいないけれど、もう一時間も息が続くとは思えない。


 だから、ここに居る全員に治癒魔法をかけていく。


「ありがとう。助かった」

「どういたしまして」

「このお礼は必ず!」

「お礼は要らないよ」


 お礼を言われてからの会話は全てブランに任せて、私は口を動かすだけ。

 でも、この作戦が上手くいって、最後まで気付かれることは無かった。


 けれども、別の問題が起きてしまった。


「これ以上は魔力が無いから無理ですわ」

「嘘だろ……。怪我しても治せないなら、俺は戦わない!」

「私も、跡が残るなんてごめんですわ!」


 パメラ様の魔力切れをきっかけに、最前線で王城を守っていた人たちが次々と逃げ込んでくる。

 そして、防げていたはずの魔物たちが押し寄せてくる。


「助けてくれ! 死にたくない!」


 取り残され、叫び声をあげる平民のことを気に掛ける人は、貴族の中には居なかった。

 平民は助けようと足を踏み出しているけれど、魔物の牙が届く方が早そうだわ。


 ……そう理解するよりも早く、私は咄嗟に攻撃魔法を使った。

 でも、巻き込まないように威力を絞っていたから、一撃では倒せなかった。


「誰だか分からないが、隙を作ってくれてありがとう!

 クソ魔物め、さっさと消えろ!」


 幸いにも他の人達が助けに入ってくれたから、その間に私も前線に加わる。

 近くに貴族は居ないけれど、これで私の正体が気付かれる心配もしなくて良くなったから、好都合だわ。


 自分のことしか考えていない事は腹立たしいけれど、今は怒っている暇はないから、必死に剣を振るった。

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