28. 毛が心配です


「助かった。嬢ちゃん、ありがとう」


 私が剣を鞘に収めると、次々とお礼の言葉が飛んでくる。

 お礼よりも、怪我をした人の手当ての方が大事だから、言葉を遮って口を開く。


「まだ安心しないで。あの人、放っておいたら死んでしまうわ」

「いや、もう無理だ。あれだけグッサリやられたら、俺には治せない」

「私なら治せるから、どきなさい!」


 私を囲う人の隙間を抜けて、怪我をしている人に駆け寄る。

 まだ息はあるけれど、出血が酷すぎるわ。


 治癒魔法が二人同時に使えればいいけれど、残念なことに一人にしか使えないのよね。

 普通に治癒魔法を使っていたら、一人しか救えない。


 だから、まだ体力がありそうな茶色い髪の人の傷口を魔法で凍らせて、無理やり止血する。

 すごく痛いみたいで呻き声が聞こえるけれど、もう一人の黒髪の人を助けるために一旦無視して治癒魔法を使う。


「良かった、間に合った……」

「う……」

「もう大丈夫だから、安心して」


 この人はある程度治ったから、茶色い髪の人の元に戻って治癒魔法を使う。


「痛くしてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから」

「俺を助けるため、なんだろ。気にしやしない」

「そう……。ありがとう」

「それはこっちの台詞だ。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 言葉を交わしている間に、怪我を治せたから、黒い髪の人の怪我も最後まで治していく。

 怪我をしたばかりだったから、跡は残らなかった。


「嬢ちゃん……いや、聖女様、ですか?」

「聖女様なら王都に居るわ。私は少し治癒魔法が使えるだけなの」

「少しでこれなら……王都の聖女様はもっとすごいんだろうな。まあ、嬢ちゃんの容姿は前の聖女様にそっくりなんだが……」


 帽子を被っていても、瞳も髪も完全には隠せないのよね。

 だから容姿が前聖女様に似ていることも気付かれてしまった。


「よく言われるわ。だから、私は悪い人達に狙われてるの。

 だから今のことは内緒にしてもらえるかしら?」


 このことが広まれば、私は髪を染める羽目になるかもしれない。

 でも、それは嫌だから、誰にも言わないようにお願いしてみた。


「分かった。助けてもらった恩もあるから、決して他人には話さない」

「ああ。俺達も黙っておく」

「ありがとう」

「それはこっちの台詞だ。村を救ってくれてありがとう。

 この感謝は一生忘れない」


 そんな言葉を交わしてから、最初の目的の調査に取り掛かる私。

 調査といっても、やることは聞き込みなのだけど。


「この辺りで魔物が増えたりしたことはあるかしら?」

「いや、何もないな。強いて言えば、魔物が領都の方から逃げるようにして山に隠れてしまったことくらいだ」

「そうだったのね。ありがとう。

 領都は大群に襲われたのに……」


 この人が嘘を言っているとは思えない。

 だから、分からなくなってしまった。


 魔物の大群は、この村がある方向から来ていた。

 けれども、この村では大群は見られていなくて、逆に魔物は領都――屋敷がある街の方から離れるようにして動いているらしい。


「魔物が逃げた理由なら、村長が知っているそうだ」

「その村長さんはいらっしゃるかしら?」

「ああ。呼んでくるから待っててくれ」


 そう言われて、頷く私。


 一分ほど他の人からも話を聞いて待っていると、銀髪の――いえ、白髪かもしれないわ。

 銀髪にも白髪にも見える初老の男性が姿を見せた。


「貴方が村長様ですか?」

「左様でございます」

「早速本題に入るのですけど、魔物がの山に逃げた理由は何なのでしょうか?」


 深々と頭を下げる村長さんの様子を見て、領主の妻だとバレたのか不安になる。

 でも、何も気付いていないフリをして、問いかけた。


「貴女から逃げているんです。ある程度強い魔物は強者から逃げようとしますから。

 しかし、貴女の力は分かりにくい。その辺にいる雑魚程度では、危機感を抱かないんです」

「要するに、強い魔物が逃げていると?」

「左様です。さっきの角付きくらいになると、この辺りではもう見れません。

 あの角付きは、稀に居る馬鹿です」

「魔物にも頭の良し悪しがあるのですね」


 意外な答えが返ってきて、頬が緩んでしまう。

 でも、笑っていられる状況じゃないから、すぐに引き締め直した。


 周りの人達は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているけれど、瀕死の状態から助かったのだから仕方ないわよね。

 彼らは喜ぶべきだから、咎めようとも思わない。


「ええ。

 それから、貴女様は魔物から見て力が分かりやすい。

 ほとんどの人間には察せませんが、私のような人間が居れば、すぐに分かります」


 私もある程度なら、気配だけで人や魔物の強さが分かる。

 でも、その気配の消し方は知らないのよね。


 この人も、かなり強いのに気配は消せていない。


「貴女様なら、力を隠し、気配を消すことも可能でしょう。

 そちらの白竜様を真似るべきです」

「分かりました。

 試してみます」


 そう答えてから、ブランの方を向く私。

 ちなみにブランはさっきから立派な竜の姿をしているけれど、村の子供たちに毛をむしられていた。


 禿げないか心配だわ……。

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