25. 喧嘩を売られたみたい

 逃げ道が無かったから、大人しくアンナの後を追う私。

 案内された部屋に入ると、まずは既製品のワンピースを着ることになった。


 大勢の侍女さんと公爵家お抱えの仕立て屋さんに囲われて、あれこれと着せられていく私。


「奥様は綺麗な体格をされていますから、シンプルなワンピースでも魅力的に見えますわ」

「そうなのでしょうか?」

「はい。この際ですから、奥様に似合うドレスもお作りしますね」


 確かに私は太ったりはしていないけれど、目を輝かせるほど美しくは無いと思うのよね?

 顔も整っている方らしいけれど、お母様の言葉だから信用できないわ。


「メイクをしていなくてもお綺麗なのは、少し羨ましいです」

「褒めても何も出ないわよ……?」


 さっきからずっと褒められていて、なんだかくすぐったい。


 そういえば、気になっていた二の腕のお肉も減っているわ。

 だからこんなに褒められているのかしら?


「奥様の場合は、もう少しお胸の存在感が欲しいですね……」

「何を言ってるの?」


 答えながら、足元に視線を向けてみる。

 確かに私は胸よりも余計なところにお肉が付いてしまう体質だけれど、気になんて……。


 ……うん、マリアが羨ましいわ。

 ある程度はあった方がドレスを着た時に綺麗に見えるから。


「慎ましやかな奥様も素敵ですよ」

「なんだか馬鹿にされている気がするのだけど?」

「気のせいでございます」


 胸を張りながら、口では誤魔化そうとするマリア。

 どうやら私は喧嘩を売られたみたい。


 でも、この戦いに勝ち目はないから、絶対に買わないわ。


「では、採寸していきますね」


 ワンピースだけなら既製品で良いのだけど、どうやらドレスを仕立てることは確定事項のようで、私は下着姿にさせられてしまった。

 同性しかいなくても、これだけの人数に囲まれていると恥ずかしい。


 それから一分くらいで採寸が終わって、今度はワンピースとドレスのデザインを決めることになった。

 一応グレン様も参加しているのだけど、ほとんど私の好みで決まっていく。


「この辺りはどうされますか?」

「あまり派手なのは恥ずかしいから、フリルを一枚だけお願いしようかしら?」

「分かりました。この辺りは飾り気が無い方が合うと思いますが、どうされますか?」

「全く無いと寂しいから……」

「ここはお花の刺繍にすると合いそうです!」

「そうね。こんな感じだと綺麗ね」


 侍女の意見も取り入れながら、デザインを決めていく私。

 そんな時、あることに気付いてしまった。


「今更なのだけど、ドレスを着ていく機会が無いわ……」

「大奥様がいらっしゃるので、その時に着ることになります」

「お義母様が?」

「ええ。王都は危険ですから、避難しに来られます」


 お義母様は社交界の華と呼ばれるほど美しいお方だ。

 それなのに、全く威張ったりはしない優しいお方でもある。


 結婚してから手紙で何度かやり取りしているのだけど、悪い印象は持っていない。


 そうは言っても、気を使うことには変わりないから緊張しそうだわ……。

 それに、自由に動けなくなってしまうから、領地にでも出てみようかしら?


 まだ領地のことはあまり知らないから、ワンピースの完成が楽しみ。

 先にドレスが完成しそうな雰囲気なのは気に入らないけれど……。


「ワンピースを先に完成させてもらえると助かるわ」

「同時に仕立てていくので、ドレスと一緒にお持ちしますね」


 ……その言葉を聞いて、思わず笑みを溢してしまった。

 仕方無いじゃない! これだけ褒められていたら、着飾りたくもなってしまうわ……!


「アクセサリーもプレゼントしたい」


 私がそんなことを思っていると、タイミングよくグレン様が呟く。

 その提案に飛びつきたくなってしまったのだけど、直前で思い留まる。


「社交界に出る機会が無いので、大丈夫ですわ」

「欲しいって顔に書いてあるが?

 これくらいの出費は公爵家にとって微々たるものだから、気にしなくて良い」

「そういうことでしたら……」


 押し負けた私がそう口にすると、侍女さん達から小さく歓声が上がる。

 どうやら、みんな私が着飾った姿を見たいらしい……。


 そんな機会は来ないと思うのだけど?


 ……なんて思っていたら、端の方で壁に背中を預けている侍女を見つけた。




「少し待っててもらえるかしら?」

「畏まりました」


 断りを入れてから、その侍女さんの近くに向かう私。

 けれども、私がどんなに近付いても、気付かれることはなかった。


「貴女、具合が悪いなら休んだ方が良いわよ?」

「病気ではありませんので大丈夫です」


 どう見ても大丈夫では無いのよね……。

 けれども、治癒魔法をかけても効果が無い。


「心当たりはあるのかしら?」

「はい……。ただの悪阻ですから……」

「悪阻!? それは一大事じゃない! お給料はそのままにするから、休んでも良いわよ?」


 悪阻の話はお母様から聞かされたことがある。

 将来、私も経験することになるから知っておいた方が良いと言われたのだけど……。


 身体がだるくて、吐き気が止まらなくて、普通の食事をとってもすぐに戻してしまう。

 唯一、フルーツだけは大丈夫だったらしい。


 そんな状況で働くなんて、お腹の赤ちゃんにとっても良くないことだと思う。


「私が抜けたら仕事が遅れてしまいますから……」

「気にしないで。その分、私が上手く穴を埋めるから」


 笑顔で口にすると、侍女さんも表情を緩めてくれた。

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