9. 空の旅をしています

「地図を覚えてるから、空から見れば分かるかもしれないわ」


 貴族の令嬢に必要な教養とされている地図の暗記は私もこなしているから、大きな道の形を覚えていたりする。

 町があれば、そこに行って道を尋ねた方が確実なのだけど、この山奥からだと現実的ではないのよね。


「空から見れば分かるなら、僕が連れて行ってあげるよ。

 レイラはどこに行きたいの?」

「カストゥラ公爵家の領地に行きたいの。もしかして、私が背中に乗っても大丈夫なの?」

「もちろん! 僕は竜だから、馬車くらいなら運べるよ!」


 白竜さんがそう言って背中に乗りやすいようにしてくれたから、慎重に背中に登っていく。

 この白竜さんも竜だから、硬い鱗に覆われていて乗り心地はあまり良く無さそうね。


 そう思っていたのだけど、背中の一部分だけ柔らかい羽毛に覆われてふわふわしていたから、私はそこに座ることにした。

 少し前に持ちやすそうな棘も生えているから、振り落とされずに済みそうね。


「じゃあ、行くよ!」

「ええ」


 私が頷くと、ものすごい魔力が翼に集まって、羽ばたくことなくそらに上がっていった。

 竜が魔法で飛んでいるというのは本当だったのね……!


 物語で得た知識が本当だったことに驚きながら、離れていく地面を眺める私。

 この白竜を信用していいのかまだ分からないけれど、竜は恩を一生忘れないらしいから大丈夫よね?


 裏切ったら、一生恨まれる相手でもあるけれど、これは人が相手でも同じこと。

 大きな相手だから少し怖いけれど、危険は無さそうね。


「ねえ、この姿を見られたら攻撃されると思うのだけど、大丈夫かしら?」

「攻撃されても、僕は硬いから問題ないよ。それに、魔法で見えないようにしているから、そもそも気付かれないと思うよ」


 私が問いかけると、そんな答えが返ってきた。

 でも、この姿で地面に降りたら……大騒ぎになるわよね。


 最初は小鳥みたいな大きさだったから、自由に体の大きさを変えられるのかもしれないけれど、その大きさだと私が乗れないのよね……。


「レイラ、場所は分かった?」

「道があるところまで飛んでもらえるかしら?」

「とりあえず、北に向かって飛んでみるよ」


 そう言って、軽く翼を羽ばたかせて移動を始める白竜さん。

 流れていくは少し冷たいけれど、防御魔法を使ってくれているみたいで、ちょうどいい感じになっている。


 でも、日の光は防いでくれていないみたいだから、私は闇の防御魔法を使って日差しを遮っている。


「そういえば、白竜さんの名前はなんていうの?」

「名前? 考えたこともないや」

「そうなのね。それなら、私がつけてもいいかしら?」


 一緒に空の旅をするのに名前がないと不便だから、そんな提案をしてみた。

 正直、ネーミングセンスに自信は無いのだけど、無いよりは良いと思うのよね。


「うん、レイラがつけてくれる名前なら何でも歓迎するよ!」

「それなら、シロというのはどうかしら?」

「うーん、なんか安直すぎない?」

「そうよね……。それなら……」


 やっぱり私のネーミングセンスは壊滅的で、白竜さんにも渋い顔をされてしまった。

 竜の表情なんて見れないけれど、そこは想像で補っている。


「……ブランっていうのはどうかしら?」

「ブラン……。いい名前だね! 今日から僕はブランって名乗るよ」


 今度は喜んでくれたみたいで、声も少し高くなっていた。

 そういえば、竜ってどうして人の言葉を話せるのかしら?


「ねえブラン、あの時どうしてボロボロになっていたの?」

「脱皮中は弱点だらけになるし、無防備になるんだけど……そこをあの群れに襲われたんだ。

 小さくなって美味しくなさそうに見せたら興味を無くしてくれたんだけど、怪我が中々治らなくて……」


 竜って脱皮するのね……。

 昔の資料からしか分からなかった竜のことを知れるのは嬉しいけれど、少し複雑な気分になってしまった。


「……もうダメだと思ったとき、レイラが現れたんだ。

 あの時助けてもらえなかったら、僕は死んでいた。改めて、ありがとう」

「それを言ったら、ブランが居なかったら私も死んでいたわ。

 魔物だらけの森に一人で放り出されても生きていられるのは、ブランが守ってくれたからだもの」

「それなら、お互い様だね」


 そんな言葉が返ってきて、思わず笑顔を浮かべる私。


「そうね。

 ……あの街道まで近付いてもらえるかしら?」

「分かったよ」


 返事をしながら、飛ぶ方向を変えるブラン。

 飛んでいるから街道はあっという間に近付いてきて、一分もすれば街道の真上に入ることが出来た。


 遠くには町も見える。

 ここは王都の南西に伸びている街道みたいね……。


 グレン様の家の領地は王都から見て北東だから、移動するのには苦労しそうだわ。


「この街道を辿ってもらえるかしら? でも、壁に囲まれてる街には絶対に入らないでね」

「壁? そこは危険なんだね」


 私のお願いに疑問を持ったみたいだけど、それ以上問いかけてくることはなくて、街道に沿うようにして翼を羽ばたかせた。

 ちなみに、街道は王都から放射状に延びている。それぞれを繋ぐ道は存在しないから、魔物を避けて移動しようとしたら必ず王都を通ることになっている。


 だから、王都を追放された私は必然的に街道を外れないとグレン様には会えない。

 きっと私が魔物に襲われて死ねばいいと思っているのね。


 ……どこまで私を追い詰めれば気が済むのかしら?

 誰の命令か分からないのに、やり場のない怒りが溜まっていっているような気がした。

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