10. 聖女ではありません

 街道に沿って飛ぶこと十数分。

 下のほうを見ていたら、馬車が魔物の大群に襲われているところが目に入った。


 馬車には商人ギルドの紋章が掲げられているから、襲われているのは商人ね。

 このままだと、馬車に乗っている人は無事では済まないわ。


「あの馬車のところまで降りてもらえるかしら?」

「助けるんだね。あまり近付きすぎると隠蔽いんぺい魔法が破られてしまうから、ある程度のところまでで止めるよ」

「分かったわ。そこから飛び降りればいいのね?」

「うん、そういうこと」


 返事が返ってくると、ブランは翼をたたんだ。

 あっという間に近付いてくる地面を見て悲鳴を上げそうになってしまったけれど、何とかこらえる私。


「ここが限界だね」

「分かったわ」


 そこから飛び降りて、風魔法を使ってゆっくり地面に降りていく。

 空から見ても大群だと思っていたけれど、こうして見ると周りが魔物に覆いつくされていて、恐ろしいさを感じてしまう。


 でも、竜と対面したときに比べたら大したことは無いわ。


「そこのお嬢さん! そっちは危険だ!」

「大丈夫よ」


 そう口にして、腕に着けていた魔道具に魔力を流す私。

 これだけの数になると、魔法だけで誰も巻き込まずに相手をするのは難しいのよね。


 魔法はどんなに頑張っても、同時に一つしか使えないのだから。

 でも、魔道具を使えば、魔道具の数だけ魔法を扱えるようになる。


 今使っている魔道具は炎の玉を飛ばすだけのもの。

 でも、この魔物にはよく効いているみたいで、少しずつ数が減っているような気がした。


「銀髪……聖女様なのか?」

「馬鹿を言うな! 聖女様はもう何十年も昔に死んでる。

 俺たちは幻覚を見ているだけだ」

「確かに、絵で見た聖女様はもっと背が低かったな」


 そんな会話が聞こえてくるけれど、気にしないで魔道具に魔力を注ぎ続ける私。

 私は聖女様の血は引いているけれど、悪女と罵られた罪人なのよね。


 全くの冤罪なのだけど。


「すげぇ……」

「ありゃ、ただの魔法じゃないな」

「どう見ても並みの腕じゃないですよ」

「いや、そうじゃねぇ。あのお方は、一つしか扱えないはずの魔法を五つも同時に使ってる。

 何者なんだ?」


 この商人さんは魔法に詳しい人みたいで、私がおかしいことに気づいているみたい。

 でも、魔道具のことは気づかれていないみたい。


「これで最後ですわね。

 お怪我はありませんか?」


 魔物を倒し終えたから、ただ立ち尽くしている商人さん達に近づく私。


「貴女のおかげで無傷で済みました。

 ありがとうございます」

「僕も無事です。聖女様、ありがとうございました」

「私、聖女ではありませんの。

 聖女様の血は引いているので、勘違いされたのでしょうね」


 聖女扱いされるのはくすぐったいから、笑顔で否定する。

 でも、ただ否定するだけだと不満そうにされてしまったから、血を引いている事も伝えてみた。


「なるほど、通りで。

 今の魔法を見たら、貴女が聖女様になられることは間違い無いと思いました」


 どうしてこうなるの!?

 私は聖女じゃないのに!


「それはあり得ませんわ。

 私は聖女を毒殺しようとした冤罪で王都から追放されてしまいましたので」

「それは本当ですか?」

「嵌められたのでしょう。貴族は恐ろしいです」

「私のためを思って下さるのでしたら、このことは内密にお願いしますわ」


 私が罪人だと伝えてみても、事実を見透かされている。

 商人でここまで頭が冴える人は初めてだわ。


 でも、これ以上はブランやグレン様を待たせてしまうから、軽く一礼してから風魔法で空に戻ろうとした。


「飛べるのか……」

「やっぱりあの方が聖女様ですね」

「ああ。だが、このことは黙っていたほうが聖女様のためになるだろう。

 おそらく、明かせない何かがあるはずだ」


 下のほうからそんな声が聞こえてきて魔力を緩めてしまったけれど、待たせてしまっていることを思い返して、ブランが待っているところに急いだ。




「お待たせ」

「レイラって人気者なんだね?」


 ブランの背中に乗ってから声をかけると、揶揄からかうような声が返ってきた。


「ただ勘違いされただけよ」

「それにしてはモテモテだったよね?」

「そのことは忘れて!」


 魔物に怒りをぶつけたからかしら?

 さっきまで感じていた怒りのような何かは和らいでいて、少し体が軽くなったような気がした。



 それからは王都を避けるようにして飛び続けて、陽が空の一番高いところに来る頃にはカストゥラ領に入ることが出来た。


 本来は馬車で三日はかかる距離なのだけど、竜の力のおかげで半日で来れている。

 これでも全力では無いみたいだから、驚きだわ。


「もうすぐ見えてくると思うわ」

「あの丘の上かな?」

「もう見えているの?」


 竜は目も良いみたいで、私よりも先に公爵邸を見つけたらしい。

 少しずつ地面が近付いてくる来ると、ようやく私も丘の上に建つ白い建物を認められるようになった。


「……ようやく見えたわ」

「レイラって目が悪いの?」

「貴族の中では良い方よ。ブランがおかしいのよ」


 言葉を交わしている間にカストゥラ邸の庭の上に着いたから、門の前に向かって降りていく私。

 その時、見覚えのある小鳥……じゃなくて、小さくなったブランが私の方に乗ってきた。


 でも、そんなことを気にする余裕はすぐに無くなった。


「レイラ様がいらっしゃったぞ!」

「嘘だろう? レイラ様は亡くなったと……」

「嘘じゃない、本当だ! 上を見ろ!」


 私の姿を見た門番さんが騒ぎ始めてしまったから。


 ……亡くなったという言葉が聞こえたのだけど、気のせいだよね?

 私、死んでもおかしくない場所に連れて行かれても元気に生きているのに。


 少し泣きたくなった。

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