第15話 ゲームの終焉
パキパキと音を立てて、何かが壊れていく。私は何も見えない闇の中に、ゆらゆらと漂っているようだった。
やっと、この世界がゲームになる前の記憶を思い出した。我ながら愚かなものだと乾いた笑いが漏れてしまう。ただ彼女を救いたかった筈で、彼女が世界にいないのなら意味がないのに、なぜ乙女ゲームの世界になど作り変えてしまったのだろう。
闇の中には他の人間はおらず、周りに何があるのかさえ判らない。これは彼女を忘れ、事実から目を反らし逃げた私への報いなのだろうか。ここで、一人死んでいくのかもしれない。
恐らく、先ほどから音を立てて壊れていっているのは、私の魔力で編み上げたゲームのシステムなのだろう。
今私の身体には、魔力が一切感じられなかった。何十年、何百年分の時を繰り返し逆巻いて、世界を作り変える程の魔法を行使し続けて、ようやく使い切ったらしい。逆に私の魔力が今まで枯渇することなく『ゲームの世界』を保ち続けられたことの方が、奇跡に等しい。
しかしそれももう終わりだ。
丁度魔王を倒し、エンディングを迎えた所だから、ゲームが終わってしまっても問題はない。私が死ぬことで、迷惑は掛かるかもしれないが、仕方なかろう。魔王のいない世界ならば、歩むことはできよう。
ああ。私の魔力がないから、あの子を元の世界に返してやるのが難しいな。あの子は……何故だろう、名前が思い出せない。10周も一緒にいたというのに。
各国の神官が協力して、彼女を国に返してやれるといいのだが。
ゲームのキャラクターとして動き出して以降、私には恋愛感情というものはなかったと思う。ただ、試行を繰り返していただけだ。
だと言うのに、彼女には強く惹かれた。ゲームのシステムに従わない彼女だから、一人の人間として接することができたのかもしれない。今思えば、彼女が最初に召喚された時から、私の作ったゲームの世界は魔力の減少によってほころびはじめていたのだろう。
あるいは、彼女に惹かれることで崩されたのか。
いずれにせよ、もう全てが終わりだ。彼女に会う事も。
闇の世界に、小さく光が灯る。ポツポツと現れた光はやがて広がり、辺りを包み込む。暖かい光だ。地獄へ向かうと思っていたが、どうやら天国に向かうらしい。ありがたいことだ。
視界一杯に光が満ち、私は。
「ミカ……起きて、ミカ…」
うっすらと開けた視界に映ったのは、私の手を握って伏す黒髪の女性の姿だった。やがて光が彼女の身体に収まっていき、私はベッドの上で寝かされていたのだと知れる。
黒髪の彼女が、祈りで私を死の淵から引っ張りあげてくれたらしい。
「カ、ナエ……?」
「ミカ!?」
口から、彼女の名前が知らずのうちに漏れる。ぱっとあげた顔と目が合って、私は、息を飲んだ。
ここは『ゲーム』になる前の世界なのだろうか。いや、そんな筈はない。でも、目の前にいるのは、確かに、一番最初に召喚された彼女だ。
「良かった……! 急に倒れるから……ミカが……」
いや、違う。
……今、目の前にいるのは、一番最後に召喚されたカナエだ。そして、一番最初に召喚された彼女と同じ、カナエだ。
どうして忘れていたんだろう。記憶を取り戻してさえ、何故彼女と同一だと気づかなかったんだろう。
「……すまなかった」
彼女の手を握り返すと、カナエは泣きながら笑った。
「へへ。起きたから、もういいですよ」
よく見れば、彼女はまだ婚礼衣装をまとったままだった。
私はカナエとの10周目のエンディングの後に倒れ、そんなに時間が経っていない、ということらしい。
「けど、11周目なかなか始まりませんね。いつもなら、もうとっくに始まってるのに」
泣いていた目をこすってから、カナエは首を傾げた。
そうだ、今目の前にいるカナエは『ゲーム』としてこの世界を周回していたのだ。だからゲームが続かないことを不思議に思っても、仕方ない。
「ゲームは、もう始まらない」
「え?」
「この世界をゲームにしていた魔法はもうなくなったんだ」
そう告げれば、カナエはぽかんとした顔をして、一拍置いてから叫んだ。
「えっええええ? ゲームだったんじゃないんですか!? ここ現実なんですか? ゲームじゃなくて!? ゲームだから生き残れてたんだと思って……えっ? どういうこと? 本当だったの?」
取り乱して叫ぶのに、つい笑ってしまう。
私が引き起こしてしまった事態なのに、彼女の反応が可愛くて笑いが止まらない。
「何で笑ってるんですか、私は真剣なのに!」
「ああ、すまないな。お前が可愛くて」
「へっ」
瞬間にカナエの顔が沸騰する。
「えっ? でも、だって、ミカが私を好きだっていうのは、ゲームの役割で」
「もうゲームじゃない」
「でも」
「カナエ、愛している。私の愛を受け取ってくれるだろうか?」
大昔に使った、プロポーズの言葉だ。カナエは息を飲んで、破顔した。
「……また乙女ゲームごっこですか?」
「いいや? 私は本気だ」
「へへ、嬉しいな……」
カナエが言いながら、私に抱き着いた。
そうして私は、同じ女性に二度も恋に落ち、とんでもない遠回りをして、彼女とやっと結ばれたのだ。
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