第13話 はじまりの

 魔王は倒された。私たちが加えていた攻撃によるダメージと、彼女の祈りの光によって、魔王は滅んだ。喜ぶべきなのに、やっと、戦いが終わるというのに、私は目の前の光景が受け入れられない。


「ミカ、よか、った……」


 呟いた彼女が、血を吐き倒れ伏した。その背中から伸びる、魔王の触手の欠片。灰になって消えゆく触手がつけた傷は、彼女の胸を貫通している。


「そんな」


 知らず、手がわなわなと震えた。彼女を起こしたが、彼女は微かに唇を震わすだけで、何も言えない。ただ、口から血をこぼした。


「――っ!」


「――様!」


 カイルたちが走り寄ってくる音が聞こえる。


「すぐ、すぐに回復の魔法をかけよう、だから、目を、閉じないでくれ」


 彼女の手をとるが、震えているのは私なのか、彼女なのか判らない。 彼女は私の顔を見てくれていたが、やがて唇の動きも止まり、その目の光が消えた。


「嫌だ、起きてくれ」


 まだ暖かいのに、彼女がもういないことが判ってしまう。


「――……死ぬな……っ!」


 私が守れなかったばかりに、彼女を死なせた。彼女を守ると約束したのに、守れなかった。私が彼女を殺した。

 もう一度チャンスがあるなら、彼女を死なせないのに。


 私じゃなければ彼女を守れたのか?


 強く彼女の身体を抱きしめるが、その腕が私を抱きしめ返してくれることはない。


 何度も何度も彼女の名前を呼んで、涙が枯れた時、やっとおかしなことに気がついた。


「……カイル?」


 カイルたちが、こちらに走り寄ってくる姿勢のまま、止まっている。いや、カイルたちだけではない。魔王が死んで崩壊が始まっている筈の魔王城の崩壊すら止まっている。


 私以外の全ての時が、止まっていたのだ。


 そんな周りの状況に気付いてようやく、自分の身体の変化にも気づいた。


 魔力が沸きあがって、私の身体から周囲に向かって魔力を放出し続けている。


「これは……?」


 私の魔力が、時間を止めていた。


 ゆらゆらと漂う魔力が、周囲どころか、この世界そのものの時を止めている。


 私の魔力属性は、時を操るものだったらしい。


 それに気付いて嬉しかった。時を戻せば、彼女は生き返る。魔王も復活するだろうが、今度は彼女を守り切ればいい。


 願いは簡単に時間操作の魔法として発動してくれた。時の流れを逆巻いて、私は世界を魔王討伐直前まで戻すことに成功したのだ。


 けれど、彼女は死んだ。


 私の腕は今一歩、彼女の身体に届かなかった。


 だから、また時を巻き戻した。それでも、彼女は死んだ。


 巻き戻す時間を長くした。鍛錬が足りなかったから、きっと彼女を死なせてしまったんだろう。死に物狂いでモンスターを倒した。それでも、彼女は死んだ。


 繰り返し繰り返し、何度巻き戻しても、巻き戻す時間を変えても、彼女は死に続けた。


 私に、彼女は救えなかった。


 ならば、私以外の人間ならどうだろう。カイルならあるいは、彼女を救えるだろうか。彼女が恋したのが、他の男なら。彼女にプロポーズして、守る誓いを立てたのが別の人間なら。あるいは、仲間全員で彼女を守れたなら。


 ありとあらゆる可能性を考え、ただ彼女の生存の可能性を模索し続けた。


 そうやって数えきれない試行を繰り返すうちに、私は狂ってしまっていたのだろう。


『聖女が彼女じゃなければ、聖女を守れただろうか』


 そんな意味のない試行にまで、手を伸ばそうと考えていた。


 そうして私は自身の魔法を行使し続け、一番最後に彼女の死を見届けた後、世界を作り変えてしまった。


 私たちが辿った旅の過程をなぞりながら、召喚された『聖女』が旅の仲間の誰かと恋に落ち、魔王を討伐し、『聖女』と守りぬくゲームに。


 異世界から新しい聖女を召喚しては、同じ旅を繰り返した。魔王は倒せるようになったが、召喚した『聖女』は、彼女ではない。それを頭のどこかで判っていたのだろう。何周か同じ聖女の時間を巻き戻させては、違う聖女を召喚し続けた。


 そうして繰り返すうちにこの世界が彼女の言っていた『乙女ゲーム』の世界なのだと思うようになった。


 全く使えなかった筈の魔力は、時を操るだけでなく、周囲の人間の意識すら操り、私は無意識にこの世界全てを『聖女物語』というゲームに塗り替えてしまっていたのだ。


 その頃には、一番初めに愛した彼女のことなど、忘れていた。私はただの、ゲームのキャラクターだと思い込むようになっていたらしい。


 ただただ無意識に魔法を行使し、時を逆巻き、旅を繰り返すことで、彼女の死から逃げていたのだ。

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