第11話 ?周目
もう忘れてしまった筈の遠い過去の記憶。封じ込めて忘れ去っていた記憶。それが音を立てて蘇る。
私は魔力量こそ絶大だったが、既存のどの属性とも合わず、魔法を扱うことができなかった。だが、その魔力も無駄にはならなかった。
魔王復活の危機に瀕して、聖女の召喚を行うのに、私の魔力が役に立ったのだ。
本来、異世界から聖女を召喚する魔法は、魔法師と神官を数百人集めて成功するかどうか判らない程、膨大な魔力を必要とするものだ。世界各国の魔法師と神官を集めれば、魔力量も事足りるかもしれないが、各国への交渉や渡航の期間を考えれば、とても時間が足りない。ぐずぐずしている間にも、魔王の復活によって街がモンスターに襲われてしまう。
だから、私の使いもしない魔力を使って、聖女召喚を行ったのだ。
アーネスト国の王城広間に、その魔法陣は描かれた。魔力提供をする私は、陣のすぐ傍に立って、聖女となるべき女性が降り立つのを待った。
「きゃっえっ、何!?」
光と共に舞い降りたのは、黒髪に黒い瞳の女性だった。古に伝わる聖女そのものの容姿だ。
「おお、聖女よ! 召喚に応じてくださり、感謝します!」
神官が大仰に迎え入れ、混乱する彼女に現状の説明をする。
「そんなこと言われても……もう、帰れないの?」
「いいや。魔王の討伐に協力さえしてくれれば、再び同じ手順で元の世界にお送りしよう」
それまで神官の説明に任せていた私は、一歩進み出て聖女に話しかける。
「……本当?」
「勿論だとも。討伐にはご協力頂くが、あなたに約束する。」
「あ、えと、私は――です。お名前をうかがっても?」
泣きそうな顔をしていた聖女が、私の名前を問うた。
そこから、聖女を伴った魔王討伐の旅が始まったのだ。
旅はおおむね順調だった。王都から出発した私たちは、時々出会うモンスターを蹴散らし、聖女もまた祈りの力で私たちの力になってくれた。
彼女は召喚当初は沈んでいたものの、元の性格は明るいようですぐによく笑い、話してくれるようになった。異世界の家族から引き離して、こちらの都合で呼び寄せたという負い目もあったが、彼女の笑顔に何度も救われた。
あれはモンスターの目撃情報を元に、次の街へと移動の道中だったと思う。馬車に乗っており最中に、聖女が不意に悪戯を思い付いたように話し始めた。
「思ってたんだけど、これって乙女ゲームみたいですよね!」
何を言い出したのか判らず、私やカイルは聖女の言葉の続きを促した。
「乙女ゲーム。元の世界にあったんです。あっゲームって判りますか?」
首を振る。ゲームとは遊戯の事だろうが、彼女が言うのはチェスなどの盤上遊戯とはまた違うものなのだろう。
「うーん、何ていえばいいのかな…とにかく冒険を通して恋に落ちるんですよ。でも攻略キャラクターは何人も居て、ヒロインの行動でキャラクターの好感度が変わっていくんです。
それで冒険が終わった時に……私たちの場合だと、魔王を討伐できたらかな? 最後に一番好感度が高いキャラクターと最後に結ばれるみたいな。誰かと最後に付き合うのが目的のゲームなんです」
彼女の説明する事の全てを理解できた訳ではないが、どうやら体験型の芝居のようなもののようだ。
「逆ハーレムエンドっていうのもあるんですよね」
「逆ハーレム?」
「そう、ヒロインが攻略キャラクター全員に好かれて、全員と結ばれるんです」
「節操がないな」
思わず非難めいた声が出た。別に彼女がそうしたいと言った訳でもないのに。
「でしょう? だから私あんまり好きじゃないんだよね。……っと、好きじゃないんですよね」
言い直した聖女に少し笑う。彼女はどうやら敬語が得意じゃないらしく、よく言い直している。それも面白いのだが、いちいち敬語を使われるのは親しみに欠けると常々思っていた。
「敬語は使わなくてもいいぞ」
「ええ? アーネスト様相手に敬語じゃないとか、不敬罪で処罰されません?」
「聖女がか?」
「聖女でもです! だーって、アーネスト様、優しいフリして腹黒王子じゃないですか。あっこんな事言うのも不敬罪? ヒエエ」
言いながら笑っている。言葉こそ丁寧でも、彼女はいつでも私を笑わせてくれた。だからもっと親しくなりたかったのだろうと、振り返れば思う。
「アーネスト様はあれですね。見た目も第一王子って設定も、メインヒーローポジなんで、もし乙女ゲームだったら、その性格の設定は変えるべきですね!」
「性格の設定?」
「そうです。メインヒーローらしく、おとぎ話の正統派王子様みたいに、中も外も優し~くあま~い王子様で!」
「ほう」
「顔が良いので、メインヒーローの素質ばっちりですよ」
彼女の説明通り、私がメインヒーローなのだとすれば、聖女と最後に私が結ばれるということになる。他のメンバー……カイルたちと恋仲になる可能性だってある訳だが。
腹黒という言葉が気にかかるが、彼女と恋仲になるメインヒーローというのは悪くない。
「美しい聖女様、以前よりお慕いしておりました。どうか私の愛を受け取ってください」
「ヒエエエ、美しさの暴力! ていうか何の芝居ですかそれ」
隣に座った彼女を手を取り口づけると、彼女は照れるよりも笑いだした。
「メインヒーローは、優しく甘い王子様なんだろう? ……そうだな。話し方も柔らかくしないとね。これでいいかな? 私は甘い王子様らしく話せている?」
意識して微笑みを作って、台詞のように言ってやれば、彼女は更に笑う。
「ハマり役じゃないですか! でも、うん。アーネスト様は、いつも通りの方が好きだなあ」
「ほう、好きか」
「えっ!? いや! そういう意味じゃなくて!」
急に赤面して、聖女はぶんぶんと首を振る。その百面相が面白くて、可愛くて、私は何度も彼女をついからかってしまったのだった。
辛い戦いだった筈なのに、気付けば彼女が笑っていた記憶ばかりだ。怪我もたくさんしたが、彼女の祈りで全て癒された。
そうして、魔王討伐戦に向かう前日、私は彼女に私の気持ちを伝える事にした。
呼び出した彼女は、約束の時間通りに東屋に来てくれた。
「――、愛している。私の愛を受け取ってくれるだろうか?」
「……また乙女ゲームごっこですか?」
「いいや? 私は本気だ」
「へへ、嬉しいな」
彼女は目に涙を滲ませて、私に抱き着いてきた。それを抱きしめ返して、私は彼女にお願いをする。
「この戦いから無事に帰ったら、私と結婚してくれないか」
「死亡フラグ立てないでくださいよ」
クスクスと笑う彼女に私は首を傾げたが、今はふざけているわけではない。
「返事は?」
「喜んで」
彼女の答えに、私は抱きしめる力を強くした。そして、何があっても魔王を倒し、彼女を守り切ると、そう心に誓ったのだ。
そう、誓ったのに、あっさりとそれは破られる。
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