第10話 10周目 エンディング

 私の気持ちを確認するような行動は、あれきりだった。カナエはいつもと同じように、快活に笑っている。そして、『ゲームのシステム』について触れるような発言も、ほとんどない。少なくとも、私にゲームについて問いかけてくるようなことはなかった。


 今は、10周目のエンディング。婚礼衣装をまとったカナエと共に、広間のバージンロードを歩いている。いつもなら広間の中ほどまで歩いた所で、オープニングへと巻き戻しになるのだが、今回はなかなか終わらない。


 誓いを見届ける神官の前までたどり着き、止まる。


「新郎、ミヒャエル。健やかなる時も、病める時も、死が二人を分かつまで愛し、慈しむことを誓いますか?」


 神官の告げる言葉に、私は『誓います』という言葉が、出てこなかった。ゲームとしては、そう言えば良い。たとえ規定のストーリーにその台詞がなかったとしても、カナエは、ヒロインは、今私とのエンディングを迎え、婚礼の儀式を行っているのだから。


 それなのに、言葉が、出てこない。『台詞』を言うことが、難しかった。死が二人を分かつまで。その台詞を、どうしても言えない。


 なかなか答えない私に対して、広間の客が次第にざわめきはじめてしまう。


「……いいよ、誓わなくて」


 驚いてカナエを見ると、彼女は困ったように笑っていた。しん、と広間が静まり返る。


「大丈夫です。これは『ゲーム』なんだから……私に好きって言ってくれるのは、ゲームだから。だから、永遠の愛まで誓わなくていいんです」


「それは」


 違う、と言いかけて、何が違うのだろうと思いなおす。


 今誓う事を躊躇したのは、そういうことではないのか。彼女に囁く言葉は全てゲーム上のもので、私の本心なんかではなく、ただの芝居なのではないか?


 では何故、彼女にそれを指摘されて、胸が痛むというのだ。


 ゲームには必要のない台詞で、スキンシップで、彼女と触れ合うのが楽しいのは――。


「でも私は、誓います。病める時も、健やかなる時も……死が二人を分けたとしても、その先もずっと、繰り返し、何度だって愛を誓います」


 カナエは、高らかに叫ぶ。目の端をほんのりと滲ませて。


「……死が二人を、分けたとしても……?」


 ゲーム全編通してヒロインが死ぬことなんて、ない。彼女は、絶対に死なない。死なないのだ。


「ええ、私が、もし死んでしまっても。何度巻き戻されても、これが、ゲームになってしまったんだとしても」


「違う!」


 叫んでしまってから、愕然とした。違わない。これはゲームだ。何度だって巻き戻される。それは事実なのに、彼女が死を仄めかしてくるのが、無性に腹立たしい。


『彼女が死ぬことなんて、ないのに。彼女は、私が守るのに。絶対に、死ぬはずなんてないのに』


 どうして、彼女が死を口にすることが、こんなにも胸をかき乱すのだろう。ただのヒロインだ。


『彼女は絶対に死なせない。私が守る』


 ゲームの世界だ、ストーリーにないから戸惑っているだけだ。彼女をついからかってしまうのは、必要以上にスキンシップをとるのは、確かにカナエのことが好きなのかもしれない。その好意がゲームの枠内なのか、枠外なのか判らずとも。だからといって、婚礼の誓い一つで、こんな混乱するようなことはない筈だ。それなのに、頭の中がうるさい。


「君は、死なないんだ。絶対に……」


「ミカ……」


「こんな婚礼のシーン、あの時はなかった」


 自分の口から出た言葉に、首を捻る。まるで自分の中に、自分でないものがいるかのように、勝手に言葉が滑りおちる。


「君がいない世界なんて、間違いだ」


 エンディングの曲など、とうに終わっている。


 頭をかかえて、膝をついた。頭の中がぐるぐるとして、吐きそうだ。


 10周目のエンディングが、そのまま暗転して途切れた。

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