第3話 1周目 1周目 好感度アップイベント
「アーネスト様、大丈夫ですか?」
モンスターを切り伏せた戦闘の後、カナエが私の顔を覗き込んだ。
「ありがとう、カナエは優しいね」
微笑み返して、私はカナエの頬を撫でる。
「ヒエエエ、別に優しいとかじゃないですから! ファンサがやばい!」
カナエは赤面して飛び跳ね、私の手から離れてしまった。彼女はいちいちこのようにゲームシステムにない奇怪な動きをする。ゲームに即したシーンや落ち着いている時は丁寧語も話すが、そうではない時が多いのは、くだけた口調の方が彼女の素だからなのだろう。
「カナエ様はほーんと、ミヒャエル様のことが大好きだよねえ」
そう軽口を叩いたのは、パーティーメンバーのカイルだ。隣国ホルストの第三王子で、魔王討伐のために、アーネスト国に逗留している。私が正統派ヒーローの役どころなら、彼はいわばチャラ男ポジションの攻略キャラクターだ。言動が軽くすぐに口説くような素振りを見せる割には、聖女であるカナエに敬称をつけ、常にヒロインと一線を引いているという訳ありなところを見せる。
「何言ってんの違うよ!」
「本当のことじゃん?」
「全然違う! 私は! アーネスト様の事が! 大大大大大だ~~い好きなの!」
ふふん、と誇らしげに胸を張るカナエ。
「あ~なるほどね、ゴメンゴメン」
呆れまじリの適当な相槌を打って、カイルは「それにしたって…」とこちらに目線を送る。
「大大だ~い好きなのに、触られるのは嫌なの?」
先ほど私が触ったのから逃げたのを言っているのだろう。カイルが指摘すると、彼女はカッと顔を赤らめた。
「そそそそそんな刺激が強すぎてっ無理じゃん!? カイルだって、そうでしょ、好きな子から触られたら緊張しちゃうし、ちょっと毛穴開いてないかな、今私不細工な顔してないか、大丈夫かなとか心配になったりするじゃん!?」
ブンブンと手を振り回しながらのカナエの弁明を聞きながら、私はただ微笑を浮かべて彼女を見守る。正統派ヒーローは、少しばかりヒロインに素っ頓狂な一面があっても、からかったりはしない。そういうのはカイルの役目だ。
私に話すのとは違って、カナエは打ち解けたようにくだけた口調でカイルと話している。和やかなムードではあるが、次のストーリー回収に向け、そろそろ動かねばならない。
今はストーリーが開始して中盤、メインの攻略キャラが出揃い、一人目の中ボスを倒しおわって次のボスを倒すための情報収集をしている所だ。今回は、私とカナエ、カイル以外のパーティーメンバーは街で待機している。
カナエが選択肢に従わないバグが発生しているにも関わらず、驚くほどにスムーズにストーリーは進んでいる。彼女が既に何周もしているのであれば納得もできるが、カナエがこの世界に来るのは初めての筈だ。
何百とこのゲームを周回していても、私は過去この世界にやってきたヒロインたち全てを覚えている。行動はシステムで制限されるが、ヒロインたちの容姿と名前は、実のところ毎回違うのだ。過去にやってきたヒロインの中に、カナエと同じ女性はいなかったし、システムを無視して行動できる女性もいなかった。
カナエの登場は、イレギュラーだ。なのに、ストーリー通りに進んでいる。これがゲームの強制力という奴なのだろうか。
「えーとえーと、あっアーネスト様! 怪我がなくて大丈夫でも、疲れてると思うので、祈りしときますね!」
少し離れたままの場所から、カナエが手を組んで祈り始める。途端に、彼女の身体から光が迸り、私を含むパーティー全体を暖かく包み込む。それに合わせて、戦闘での疲労が飛んだ。
これが聖女の祈りの奇跡だ。この世界にやってくるヒロインは、例外なく祈りで回復の奇跡や、戦闘力強化の奇跡などを起こせる。
「よっし、これでオッケーですね! 疲れたらいつでも言ってくださいね! 回復なら任せて!」
ドン、と胸を叩いて彼女は言うが、そうもいかない。
「あまり無理をしすぎてはだめだよ。カナエが倒れてしまうからね」
祈りの奇跡はMPを消費するから、乱発すれば使えなくなる。MPが枯渇したからと言ってシステム上死ぬわけではないが、身体が動かなくなることや、下手すると倒れることだってあるのだ。システムに従わずに動くことの出来るカナエに、MPの枯渇がどんな悪影響を与えるかは判らない以上、慎重に動くべきである。
システムが正常に動いていなくとも、ストーリーは進んでいる。そうなれば、エンディングを迎えるしか彼女を、この世界から解放する術はないのだから、私は役割を全うすべく、彼女を守りながらストーリーを進めるのみだ。
「アーネスト様は心配性ですねえ。大丈夫なんですよ。……でもありがとうございます!」
へへ、と笑って見せて彼女はくるりと背中を向けた。
その時だ。
「カナエ!」
彼女の頭上に、突如としてモンスターが出現する。小型のワイバーンだ。
「……ッ!」
カナエが声にならない叫びをあげるのと同時に、ワイバーンの鋭い爪が彼女に襲い掛かった。けれど、彼女が怪我をするようなことにはならない。
「だめぇっ!」
間一髪、叫ぶ彼女を私の身体で守る。ワイバーンの爪が肩を深く抉ったが、痛みをこらえて剣の柄に手をかける。
「ああああ!」
抜きざまに剣を一閃させ、ワイバーンの首を刎ねる。たちまちワイバーンの身体は塵となって消えた。
実体のあるモンスターならこんな風に消えはしない。これは次の中ボスが差し向けた魔術だ。
「ぐっ…」
肩を押さえてうずくまる。
「大丈夫か!?」
「ミカ! ミカ! しっかりして、ミカ!」
カイルが走り寄り、カナエは私の身体にしがみついて叫ぶ。アーネスト様ではない呼び方を、カナエがしている。
「ごめん、私のせいで、ごめん…! すぐ、すぐに治すから、ごめん、ごめん……」
彼女の涙がポトポトと私の頬に落ちてくる。泣きながら祈る彼女の光に包まれて、ゆるゆると痛みがひいていく。しかし、傷は深く、なかなか塞がらない。
「大丈夫、だよ。カナエ。だから泣かないで……」
頬を撫でて囁くが、そんな声は一切聞こえていない様子で、必死に彼女は祈り続ける。
「私のために、傷つくなんて、絶対だめ…だめなのに……」
きゅ、とカナエが祈りのための拳に力を入れた時、更なる光が迸る。
「お願い、治って……!」
カナエが言うのと同時に、彼女の背中に光の翼が現れた。
聖女の覚醒。カナエは祈りの奇跡の力が強まり、より強大な奇跡を起こせるようになったのだ。
新たな力を得て、私の肩の傷はみるみるうちに塞がっていき、皮膚が再生していく。そして、そのまま完治した。
「……っよ、良かった……!」
傷が治ったことを確認すると、カナエは更に泣きじゃくって私の手を握った。
「ありがとう、カナエ」
彼女の手をそっと握り返すと、途端に彼女の身体がびくりと揺れた。
「アッアーーアーネスト様、ごめんなさい! あの、アッ、あああ」
先ほどまで泣きじゃくっていたのに、今度は目をぐるぐると回して赤面している。呼び方が『アーネスト様』に戻っているが、先ほどの呼び方は何だったんだろうか。しかしそういうことを尋ねる事は、ストーリーには含まれていない。
「君のおかげだ。改めて私は、君に運命を託すよ」
微笑んで私は言う。
これでこのイベントは終了である。
このイベントは、聖女の覚醒イベント兼同行者の親密度大アップのイベントだった。同行しているパーティーメンバーの中でより好感度の高い攻略対象が、現れたモンスターからヒロインを守り、彼女が攻略対象を救う事で親密度が上がるのだ。今回も無事にストーリーを進行することが出来て安心だ。
次も、確実にストーリーを進めていこう。
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