第十話 怖がりの妖怪
その妖怪は猟師に撃たれそうになったとかなんとかで。もう二度と山には行かないって言って、繁華街の下水道で震えておりました。でも、そいつは山の中じゃないと生きていけない種類の妖怪でね。みんなで「山に戻ったほうがいい」って説得したんですけど、本人が嫌だ嫌だ、怖い怖いと言うわけ。
「このままじゃ死んでしまいますよ」
「またあんな怖い思いをするぐらいなら、死んでしまったほうがマシだよ。おいらのことなんかもう放っておいてくれよ」
こんなぐあいで、らちがあかないんです。
私ね、行きつけっていったらアレですけど、よく行く養殖場があるんです。ニジマスを育てている施設なんですけど夜は無人になるんです。そこにその妖怪を連れていったわけ。ニジマスでも食って元気だしなよって。いや、わかってますよ、窃盗ですよ窃盗。でもほら妖怪ですから。そこは目をつぶってほしいんですよね。もちろんあなた様は人間ですから、養殖場に忍び込んだりしちゃいけませんよ。妖怪だけですからね、こんなことをしてもいいのは。人間の常識と妖怪の常識を一緒にして考えちゃいけません。
さて、その妖怪なんですが、最初のうちはニジマスなんか食べたくない、ここも怖いっていって怯えて縮こまるばかりでした。でも、一緒に水槽を眺めていたらだんだん食欲が出てきたようで、おっかなびっくりといった様子でしたが、ニジマスを食べてくれました。
それで1カ月ぐらい一緒にそこにいたのかな。ニジマスのおかげで妖怪の色つやも良くなってきてね。顔にも笑顔が戻ってきました。
「おいら、まだ怖いけど、本当のことを言うと怖くてたまらないけど、でも山に帰ってみるよ」
「そうですか」
「それで、もしまた怖いことがあったら、ここに戻ってきてもいいかい?」
「ああ、好きになさったらいい。私はちっとも構いませんよ」
そういうわけで、元気を取り戻した妖怪は、山に帰っていったんです。
自分がこれからどうするかなんていう大事なことはね、心が弱っているときに決めたって、ろくなことになりません。だって自分の実力を実際よりも低く見積もっちまいますからね。本当はできるはずなのに、自分には無理だなんていう間違えたことを考えてしまう。それで命まで落としかねないんですから。
また反対に、自分にはちっとも向いていないことをできるはずだと思い込んで手を出して、挫折して、自信をなくしてしまうことだってあります。
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