第七章 R-39VSギガードン

 タチバナがオペレーションルームに駆け込むと、皆が振り返って視線を集めた。先ほどのことを思い出して思わず息を呑む。先ずは謝るべき? でも、今は緊急事態でそんなことをしている場合ではない。そんな風に固まっていると、追いついたタツローが背中を叩いた。

「しゃんとしろよ」

 自分を追い越したタツローが人好きのする笑顔を見せる。不意の事に驚きながらも、詰まっていた息を吐き出した。無礼を働く侵入者にカツムラが退室を促そうとしたが、それより先に司令官が声を発する。

「遅くなりました。状況を報告してください」

 凛と放たれる言葉はよく響いた。気概を取り戻した司令官の姿にある者は安堵し、ある者は尊敬の念を抱く。

「第三区、第四区の境に鏡が出現しました。現在、鏡界獣出現の兆候は見られていません」

「前線部隊の状況は」

「昨日の戦いで大半の機体が大破。稼働可能なのはイシガミ少尉のR-39が一機。それと、翠の巨人エメーラです」

 ほとんど時を同じくして、研究所の前に一機のR-39がやってきた。頭部がホリゾンブルーの機体のパイロットは言うまでもなく、イシガミである。

 

 たった独りで前線部隊を名乗る事になったイシガミは、相変わらずヘルメットの下にサングラスをしていた。前面モニターに映る巨大な鏡を睨みつけながら、口に竹櫛を咥えている。昨日のように退屈とは思わないが、別の種類の不満が胸の中に渦巻いていた。

 

 「原因不明の頭痛」により訓練を早退した後、地下ドックで時間を潰していたイシガミはブザーを聞いて即刻出撃準備を済ませた。用意にかかる時間の短さは流石に場慣れしていて、機体の最終整備の完了を待っている。

「イシガミ」

 声をかけたのはヤジマだ。ベンチに座って出撃を待つ彼は、噛み跡のある乳酸菌飲料のストローから口を離す。

「なんです」

「聞いてのとおり、俺の機体は動かせん。お前と翠の巨人エメーラにこの研究所の命運を託すことになった」

「へいへい」

 イシガミは露骨に不機嫌になり、適当な相槌を打つ。

「頼んだぞ。この研究所と、志村を守ってくれ」

「保証しかねますよ。自分から死にたがるような奴を生きて帰らせることなんか」

 唇を尖らせて皮肉を言う元教え子にヤジマは片眉を下げた。

 会話に少しの間が開いた。遠くの整備班の喧騒がやたら大きく聞こえる。限られた時間の中でヤジマは会話の糸口を探している。自らの命を軽んじる少年と、それを許せない男。この重要な局面を乗り切るには二人のパイロットの力が絶対に必要だ。誰かがこの二人を繋ぐ役割を担わなければならない。

 イシガミの横顔を盗み見た。サングラスの内側に覗く瞳は自分の機体だけを見上げている。よそ見をせず、迷いや苛立ちと向き合うことを拒んでいる。能力は高いのに何時も変なところで意地を張ってつまらないミスをする性格は、少尉になっても、エースになっても変わらないらしい。世話の焼ける男だ。ヤジマは独り苦笑して、若い世代のために今回も一肌脱ぐ。

星の啓示を得た者アストラルゲイナーとは、地球から戦う力を授かった新たな人類だと言われている。我々は衝撃の感知能力を第六感と例えるが、この星で起こる出来事の一端を啓示として伝える事で、人間を生き延びさせようとする地球の意思なんだそうだ。例の英雄がそう語ったらしい」

 イシガミは動きを止めた。

「裏を返せば、この能力が無ければ人間は生きてはいけない、そこまで追い詰められているとも言える。砕力も、第六感アストラルネイションも人間が生き残るために必要な力だ」

「だから、特別扱いしろって言うんですか。命の価値がそんな得体のしれない能力で測られたら、最前線で戦う兵士はたまったもんじゃないですよ」

「そうだ。命の価値に違いはない」

「……?」

 真意を図れず兵士は教官を振り向いた。彼の言葉はまだ続いている。

「組織において、個人が脅威に対抗できる力を持っているなら、その命と尊厳など簡単に踏みにじられる。そうしなければ、より多くの命が失われるからだ。そして今、最も矢面に立たされているのは志村ケイゴの命だ。……言いたいことがわかるか」

 老兵の静かな迫力は、機体チカラを失っても尚衰えを知らない。彼の信念が、送り出すものへ使命感を与える。

「仲間を護れ、石上イシガミ少尉。それはお前に課せられた使命だ」

 イシガミの表情はサングラスに阻まれて伺うことはできない。彼は黙って紙パックの中身を飲み干した。それでも空気を吸うと、空になったパックから不快な音がする。

「……チッ」

 飲み足りないことに不満なのか、それとも違う何かが癪だったのか。紙パックを肩越しに放り投げると、5メートル後ろのゴミ箱に吸い込まれていく。

 前を見据えて席を立つ。それからぶっきらぼうに言った。

「わかってますよ」

 振り返りはしなかったが、どうせあのじいさんは笑っているんだろう。


 コックピットの中でくつろぐイシガミが竹串を上下させると、竹櫛と唇の間の狭い空気穴からかすれた音がした。

 ……また、あの教官殿に乗せられている。だが、やっぱり悪い気はしない。

 それと、もう一人。

『俺じゃ守れねえから、アンタに言うぜ。ケイゴをよろしくな』

 春一番の嵐のような少年は、夕日の中に消えてしまいそうなほど切なく願っていた。あの時は熱い思いを持つ少年に好感を抱いたが、今はそれさえ忌々しい。

(どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。気に入らねえ、そんなにアイツが大事かよ。あの死にたがりが!)

 これほど仲間に思われて尚自分の命を軽んじる、その恩知らずな態度が一番気に入らない。

 それでもイシガミは願いを託された。何故なら、彼がエースパイロットだからだ。

(……エースなんて、名乗らなきゃよかったぜ)

 弱音は決して口に出さず、その代わりに竹櫛を吹きだす。そして、「ハッ!」と息を吐くと、己に気合を入れた。

「上等だ、来るなら来やがれ。鏡界獣、それに志村ケイゴ! どっちも俺が相手をしてやる」

 大きな声を出して己の戦意を高める。サングラスの奥の瞳は人知れず燃えていた。


 第三区と第四区の境、研究所本当からまっすぐ南に顕現した鏡は、地上5メートル地点から55メートルの高さがあり、やはり空中に静止している。昨日より大きさサイズを増した鏡は圧力を感じさせ、それが東西の中央に居座っているのだから尚更である。直立する巨大鏡の鏡面に広がる波紋の揺れは幻想的で、しかし非現実的な現象が見る者の心をざわつかせる。

 突如顕現した鏡が怪獣を映し出して文明崩壊の脅威になるなどと、数年前の人類には想像さえできなかった。しかし、これは紛れもない現実で、だからこそ皆油断なく鏡を睨みつけている。その先に映る鏡界獣に怯えるあまり、鏡の本質は自分自身を見るものということを忘れるほど、人間は生き残ることに必死になっていた。

「鏡の中に影が見えます」

 観測士の報告にタチバナは目を細める。彼の言う通り、既に灰色に染った鏡の中で影こちらに近づいている。

 巨体を僅かに左右に揺らしつつ、足をゆっくりと前に出して歩く。下半身こそ太いものの、高すぎる体長によって縦長に見えるシルエット。首元から角のようなものが曲がっていて、その正体に気が付いた時、オペレーションルームで悲鳴が上がった!

「ぎ、ギガードンだ!」

 シルエットの正体はつい昨日撃退したばかりの悪夢、巨大角怪獣ギガードンだった、鏡の奥に見えるその姿はまだ小さいが、一歩ずつ近づいてくるたび、その大きさを増している。

「ギガードン?」

 鏡の中にいる鏡界獣は大きさが正しく目視できない。初めてギガードンを見たタツローは、皆のその怯えように共感できなかった。

「も、もう帰ってくるなんて」

 誰かのつぶやきを聞いて、タチバナは唯一ギガードンと相対した少年の証言を思い返していた。

『あいつはまた来るよ。俺たちを殺しに』

『純粋な怒りを俺に向けていた』

 鏡を通して鏡界獣を観察する観測士が、ギガードンの顔がモニターに拡大アップで映した。悪魔のような恐ろしい顔は憎悪に歪み、その黒い瞳に殺意が宿っていることを想像すると、タチバナは背筋が凍る思いがした。

「鏡界獣に意思があるというの?」

 砕力兵器に弱く、文明は破壊するが人は狙わない。それが彼らの共通する性質だったはず。しかし、バリアーを張り、特定の人間に殺意を向ける存在がいたとしたら、それは新しい鏡界獣の出現と言えるのでは? 前提さえ覆す新しい力を持った存在。それは、まるで……。

星の啓示を得た者アストラルゲイナーと同じ。人間が新たな力を得たのと同じく、鏡界獣も進化を始めている」

 思いついた考察をつい無意識に漏らしてしまい、オペレーションルームは静まり返った。司令官が失言に気が付いた時にはもう遅い。見渡せば、部下たちはお互い顔を見合わせて俯きがちになり、明らかに士気を下げていた。

「けど、ケイゴは独りじゃねえ」

 その時、平然と言ったのは状況を見守っていたタツローだった。闖入者の発言に不安と好気の目が彼に集中する。彼はそんなもの気にする素振りも見せず、順に周囲を見渡した。

「敵がどれだけ進化したって、一人きりなんだろ。ここにいるみんなでケイゴを助けるんだ」

「タツロー君の言う通りです。私たちは結束の力を持って、今日も鏡界獣を撃退します!」

 便乗する形で司令官が檄を飛ばすと、皆が一様にうなずいた。タチバナはなんとか士気を取り戻す事が出来てホッとする。肩を叩くタツローがウインクと共に親指を立てていた。微笑みを返すが、冷や汗が頬を伝って随分頼りない笑顔になってしまった。

 鏡から飛び出したギガードンは、超巨体に似合わぬ軽やかな足取りで地面に着地する。が、その圧倒的な重量はやはり着地と同時に地面に大きな衝撃を走らせ、歩行者用のベンチ、環境整備用の荷物を積んだ車、移動用道路の標識などが飛び上がった。それでも地下ドッグのある地中に陥没することはなく、強化地盤は今日もその役割を十全に果たしている。

「げえっ、な、何だアイツ!? でっっっっか!?」

 巨体を認識したタツローが悲鳴を上げた。タツロー自身、かつて街で鏡界獣を遠目に見たことがあったが、その時でさえここまでの大きさではなかった。

 黒い身体は太陽の光を拒否するように色を吸い込んでしまい、何にも染まらない我の強さを表しているように見えた。サイズも相まってそこに現れただけで異常な圧力を生み、タツローは皆の怯えようを遅れて理解することになる。

「あれがギガードン。つい昨日現れて、総力を挙げて撃退したばかりの鏡界獣だ。巨体での格闘能力に加え、火炎放射の攻撃とバリアーを展開する」

 カツムラに解説を付け加えられて、タツローは更に青ざめる。まさか、こんなに大きな敵が出てくるなんて思っていなかった。先ほど発破をかけた本人が声を失っているが、オペレーションルームの皆はやる気に満ちているので、彼はその役目を十分果たしたと言える。

 

『巨大角怪獣ギガードン、再出現を確認! 体長およそ50メートル変わらず! 首元に傷を確認、昨日の戦闘で翠の巨人エメーラのイクシードスパイクがつけたものと思われます』

 観測士の報告を聞きながら、R-39はその巨体を見上げていた。人間だったら首を痛めてしまいそうなほど顎を持ち上げる。この迫力には流石に歴戦のエースパイロットも息を呑んだ。怪獣の背中越しに青い空が見えるが、顔の位置に至っては空にあるといっても過言ではない高さだ。天空に聳える目がギョロりと動いて、鼻もくんくんと臭いを探ろうとしている。

『こちらR-A。翠の巨人エメーラはどうした?』

 通信機に向かって声をかける。因みに、R-Aは機体識別記号の事だ。

『現在、出撃準備中です。到着まで単騎で時間を稼いでください』

(重役気取りかよ。気に入らねえ)

 反射的に舌打ちが出たが、幸いマイクはその音を拾わなかった。そもそも防御や囮を担当する特機の出撃が遅いのは、至急改善すべき課題なのではないか。文句を言おうと口を開きかけたが、それは今話題に出すべきではないと飲み込んだ。

『……やることは昨日と同じってことですね。だが、同じように上手く行きますか』

砕力集中光撃砲アストラルビームのエネルギー充填は既に80%を超えています。隙があれば撃ち込みますが……』

『バリアー、か』

 司令部の歯切れの悪さも無理はない。解析の進んでいないバリアーを相手が持つ以上、必殺兵器の無駄撃ちは避けなければならない。

『とにかく隙を探してみます。翠の巨人エメーラが来るまでに決着がつけば最高だ』

『無理はしないでください』

 わかってるよ、と内心思いつつ。『了解』と返事をして敵を見据えて、この体格差でどう切り崩したものかと思考を巡らせる。敵の強大さを認識しながらも不可能だとは思わず、怯む気持ちは一切なかった。

『頼んだぜ、イシガミさん!』

 ところが、聞き覚えのある場違いな声援を受けてイシガミは調子を崩す。

『お前、タツローか!? なんでそこに』

 ぎゃぁおおおお! しばらく様子を見ていたギガードンが突如咆哮を上げたことで会話は遮られた。言葉を発しない鏡界獣の感情を読み取るのは容易ではないが、生命力に満ちた怒りの咆哮であるように感じ取れた。

『仕掛けてくるか!?』

 身構えるイシガミだったが、敵はその場で研究所本棟の方角を向き直って僅かに俯く。本棟とギガードンの相対距離は約5800メートル、かなりの遠距離だ。

「ギガードンの体内に高エネルギー反応!」

「昨日の火炎放射か。しかし、射程は推定450メートルだったはずだが」

 カツムラは顎を擦り、射程を読み間違えたかと敵を侮る。一方、構えが前回と違うことにタチバナは違和感を覚えた。火炎放射の際は天に向かって口を大きく開いて酸素やナノエーテルを吸収していたのに対し、やや俯きがちに息を吸いこみ、全身が強張っている。

 そして、タチバナはに身震いした!

「いけない、緊急障壁展開!」

「了解、緊急障壁展開!」

 防御担当がのんびりとした風貌からは想像できないほど機敏に動いて、六角形の大きなボタンを押し込んだ。研究所の前面に巨大な鉄の壁が現れて、モニターを鉄の色に染めた。

「サブカメラをモニターに表示!」

 続いて別角度からのカメラ映像を表示する。このカメラは以前大団子との戦いで、障壁を展開した際に視界を失った事に対する反省によって設置されたものだ。ギガードンは下からR-39はギガードンに接近し、マシンガンによる射撃を行うが敵は微動だにしない。ギガードンの首元の外皮に青白い光が透けて見える。そして、首の根本から生えた二本の角の先端がバチバチとプラズマを発生させ、やがて二極を中心に伝導線を導き始めていた。この現象はまるで、砕力集中光撃砲アストラルビームの発射準備だった!

「まさか!?」

 タチバナの悪い予感は的中する!

 ……ぎゅぉおおおん!! 怪獣の口から吐き出されたのは、青白いビームだった! ビームはプラズマを吸収し、その威力を何倍にも増幅して研究所本棟に襲い掛かる!

 鉄の壁に当たるとビームが弾けて四方に飛び散っていく。研究所の敷地や外に飛び散り、自然や人工物を広く破壊した。そのエネルギー量の割に砕力が物質を破壊する能力はそれほど高くはないが、それでも厚さ10メートルの鉄の壁は少しずつヒビを入れ、形を崩そうとしている。

 足元ではR-39が必死にマシンガンを撃ち続け、妨害を試みている。胸、首元、口、ビームに直接、とにかく急所になりそうなところや攻撃を阻害できそうな場所を狙うが、巨大怪獣は意にも介さない。

『チィッ、見向きもしねえ! だったら……!』

 マシンガンでは相手にされないことを悟り、銃を投げ捨てて更に接近し、右膝に砕力武器であるイクシードナイフを突き立てた! 見るからに固そうな黒い表皮は鱗と言うより天然の鎧であったが、こちらの武器は特別性。青い光を伴う刃は、体重を支える右膝に鋭い切れ込みを入れる!

 あぎゃぉう! 悲鳴と共に、巨体が一瞬ぐらりと揺れる。吐き出すビームの射線が上にずれて、そのまま消えた。異変の原因を探すギガードンが足元を見下ろすと、自分の腰ほどしかない小さなロボットが足元をうろうろしている。小さな痛みが右膝を走り、赤い何かが切り口から漏れ出る。堪えようのない怒りが火山のように噴き出し、黒い双眸が血走った。

 

【コイツじゃない】


 続いて左の足に向かって接近する雑魚目掛けて、ギガードンは左足を持ち上げる。すると、足はR-39を捉え、まるで玩具のように軽く吹き飛ばす。

『うわ』

 衝撃によって通信機能が一時的に不具合を起こし、彼の悲鳴が途絶えた。R-39は成す術なく吹き飛び、400メートル先にあった一軒家風のダミー建築物の壁に機体を叩きつける。この建物は実際の物よりも多少もろくできているが、それでも機体を通じて相当な衝撃がパイロットに跳ね返る。コクピットの中でイシガミは大きく体を揺らし、血を吐いた。

 間髪入れずにギガードンが襲い掛かった。短めの足はそれでも巨体を快足と思わせる瞬発力があり、飛び蹴りか踏みつけか、どちらともつかぬ姿勢で飛びかかる。イシガミは雄たけびと共に死ぬ気でR-39を操作して体を起こし、ブーストを吹かすことでその下を潜り抜け、間一髪攻撃を回避する。そして、ナイフを高く構えた。

『イクシードナイフッ!! ッアアアア!』

 気合の叫びと共に尻尾の根元を狙った。切れ込みが入って血が滲む程度の僅かなダメージを与えるが、この痛みは敵に自分の居場所を直感的に知らせる事になってしまう。ギガードンが振り回した尻尾が機体をと、今度こそ叩き伏せられてR-39は動かなくなった。

 そこまでして、ギガードンは足元に転がる雑魚を見た。動きを止めたロボットに興味を失って本棟へと振り返る。その時、身体のねじれを利用して尻尾を振るうと、ゴミを箒ではき散らすようにR-39を遠くまで吹き飛ばしてしまった。

 

 ……どこぉん! 乱暴な吹き飛ばしを受けて、R-39は西の端、訓練場に近い壁面に身体をうずめた。ボロボロになり、完全に機能を停止した機体の中で、イシガミは荒い息をしている。電源が落ちて薄暗いコクピット内は、割れた装甲の隙間から洩れる光が彼の顔に差し込んでいる。

 口元から洩れた血が線を引き、やがて舌打ちと共に動き出すと口に溜まった血をぺっと吐き出した。

「俺はお呼びじゃねえとよ」

『ああ』

 機内の通信機能ではなく、耳に直接取り付けた通信機がに声を届けている。

「気に食わねえが、この場は交代してやる。有難く思いやがれ」

『いいのか?』

「ケッ。分かり切ったこと聞くな」

 額を流れる赤い血が下に伸びてサングラスの奥の左目を通り、頬を濡らす。痛む体に鞭打って体を起こして機体から這い出た。空を、鏡界獣を見上げる。陽光は強い光で見上げた者の目を焼くが、サングラスが光を遮るおかげでイシガミは眩しさを感じない。怪獣は、肉眼で見ると黒い山と見紛うほどの巨体だった。

(あんなもんに人類が勝ててたまるかよ)

 イシガミは負け惜しみを思った。だが、それを可能にすると信じられる奴がいる。とびっきりムカつくが、アイツなら。

「死ぬなよ」

『ふっ』

 ケイゴは薄く笑い、ほとんど呼吸のような声を最後に通信を終えた。

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