第四章 戦慄のギガードン

 鏡の向こうから黒い影が迫っている。境界に近づくほどその輪郭がよりはっきりとするが、体色は最後まで黒いままだ。群蝙蝠と同じく黒い体色の生物だと分かるが、異様なのはそのシルエットだった。

「角……?」

 ケイゴは鏡界獣の容姿に目を細めた。

 この鏡界獣は、二足歩行型の恐竜に近い生き物だった。下半身はどっしりと太く、足は短い。背筋はまっすぐ伸びていて、太く長い首の先に竜、又は悪魔のような顔があって、闇のように黒い瞳が前だけを見据えている。大きな口元には牙が見え、並んだ鋭い歯と共に凶悪に発達している。両手と呼ぶべき前足はやや短いが、鋭い爪が見えた。長い尻尾は地面に引きずられ、それだけで100m以上の長さがある。そして、首元に二本、灰色の太い角のような突起が生えて顎の前まで伸びていた。

 徐々に見えてくるその姿を見ても、現存する生物で捉えるのは難しい。それはまさしく「怪獣」としか例えようが無かった。

 鏡の向こうで跳躍した鏡界獣が境界を軽々と飛び超える。そのまま地面に着地すると、巨体が地響きを起こした。この工程は鏡怪獣出現に伴う通例となりつつあったが、今回はその規模が違う。着地するだけで強化地盤で作られた道路にヒビが入り、土が垂直に高く飛び上がった。

「うっ……!?」

 大きな揺れに翠の巨人エメーラの中にいるケイゴも驚く。重さもさることながら、それだけの重量を持つこの鏡界獣は超巨大であった。先ほどの一つ目一ツ鬼ヒトツメヒトツキは体長約40メートルで翠の巨人エメーラと殆んど同じ。しかし今、目の前に堂々と君臨するその鏡界獣を翠の巨人エメーラ

『鏡界獣、巨大角怪獣ギガードン出現! 体長およそ、ご、50メートル!』

 軍用二足歩行ロボットのほとんどが20メートル、巨大ロボットである翠の巨人エメーラが倍の40メートルだというのに、さらにそれを上回る超大型鏡界獣の出現にオペレーションルームは騒然とした。群蝙蝠が一体10メートル前後であったことからもわかる通り、鏡界獣の大きさは個体差が大きい。だが、50メートルに達する鏡界獣の出現は、世界総数1千件を超える鏡界獣の歴史を見ても稀であった。

 やがて静まり返ったオペレーションルームでは、誰も声を出せなくなっていた。それは司令官のタチバナも同様で、その巨体の威圧感に圧倒されている。

(なんて大きさ。まるで、の……。い、いけない。私は司令官なんだ!)

 視界に霧がかかってしまいそうなほど眩暈がした。それでも務めを全うすべく、自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。

集中光撃砲アストラルビームの装填は?」

「73%!」

「もうすこしかかりますね。聞こえますか、志村君!」

『ああ』

 通信回線を開いていたケイゴはタチバナたちのやり取りを把握している。

「研究所の防衛兵器の装填にはまだ時間がかかります。どうにか時間を稼いでください」

『さっきみたいにスパイクで倒せないのか?』

「わかりません。ですが、これだけ体が大きいということは、敵にそれだけのエネルギーがあるという事でもあります。倒すために必要な砕力も多くなるでしょう」

『そういうもんか。わかったよ』

 ギガードンはしばらく周囲を見渡していた。着地して初めて見えるようになった長い尻尾は地面に引きずられていて、それだけで40メートル以上の長さがある。頭の先から足までを体長として計測したが、全長は100メートル近くあるかもしれない。ケイゴはモニターを拡大すると、鼻がひくひくと動いていることを確認した。匂いを嗅いでいるのだろうか? 周囲を見渡していたギガードンであったが、視線をこちらに向けて止まった。狙いをつけたというより観察しているような目つきだ。

「興味があるか? なら……」

 先制攻撃! 翠の巨人エメーラのショルダーアーマーが変形して両肩に砲台が現れる。一方、ギガードンは上を向いた。何かの予備動作かも知れない。が、それに惑わされず先手を打つと決め、砲撃を行った!

「ショルダー・キャノン!」

 どどんっ! 低い砲撃音が連続して響く。右の弾は外れ、左の弾が右角に当たって爆発が発生したが、目に見えるダメージはなく怯みもしない。

「ダメか」

 上を向いたギガードンは、何かを吸い込み始めていた。それは、紫外線を含んだ太陽光であり、炎を燃やすための酸素であり、そして人間にはいまだ解析できていない「ナノエーテル」と呼ばれる力の奔流であった。それらを体内に取り込むと、身体の中で生まれた熱が徐々に首を登り、やがて口に達しようとしている。

 外皮に赤く浮かび上がるエネルギーが首を登っていくのを見て、ケイゴは攻撃を阻止できないことを悟り、止む無く翠の巨人エメーラを動かして回避を試みる。巨体に似合わぬ軽快な足取りの翠の巨人エメーラは、とても初操縦とは思えない動きを見せた。

 しかし、やはり訓練は不足していた。がさり、と何かが崩れる音がすると、翠の巨人エメーラが僅かに姿勢を崩してしまう。

「うっ、なんだ!?」

 踏み込んだ足の下に小さな建物があった。鉄の巨体にあっさりと踏みつぶされてしまったコンビニエンスストアだったが、翠の巨人エメーラの機動力を確実に削ぐ。ケイゴの操縦技術は目を見張るレベルだったものの、周囲の環境に対する注意力がまだ備わっていなかった。ほんの一瞬だけ足に意識を割いた時、敵は攻撃の準備を終える!

 ごぉ……ボァーッ!! 首を下ろした怪獣が吐き出したのは、炎の息吹だった!

「く、うぉおおお!!」

 両腕のガードが間に合わず、左腕だけで防ぐ形になった。肘に仕込まれた鋼鉄の盾は直撃を受けて炎を上下に散らすものの、灼熱の炎は周囲の大気ごと翠の巨人エメーラを熱し、操縦者のケイゴを追い詰める。

 翠の巨人エメーラが攻撃を受け続けて身動きが取れない状況が長く続いた。三十秒ほど経つとようやく口から吐き出される炎の勢いが弱まり、最後には口の中に燻る程度になる。

「え、翠の巨人エメーラの様子は!?」

 オペレーションルームのモニターに翠の巨人エメーラが映し出される。炎が残る研究所北東第二区の中で片膝をついていた。左腕を主に、受けた左半身に黒い炭のような変色が見える。直撃を受けた左盾は角を溶かされて僅かに形を崩していた。

「志村君、大丈夫ですか? 返事をしてください!」

 タチバナの脳裏には、前回の襲撃で重傷を負った二人の友人の無残な姿が思い出される。翠の巨人エメーラに先立って研究所を守護する役目を担った紅い戦神ルビーラ蒼い疾風サフィーラのパイロット達は、一週間が経過した今でも眠りから覚めない。また同じような惨劇を招いてしまう、そんな焦りからタチバナの声には悲痛な叫びが混じっていた。

『聞こえてるよ、司令官。そんなに大声で呼ばなくても』

 落ち着いた声を聞いて、ほっと胸をなでおろした。こんな時でも彼の言葉には余裕を感じさせる軽口が混ざっている。

「無事ですか?」

『さあな。俺は動けるが……』

翠の巨人エメーラ、火器系統ダウン! ショルダーキャノン、及び通常火薬の射撃武器の使用は不可能です」

 機体状況を確認したオペレーターが叫んだ。

『炎で砲身と回路がやられたみたいだ。使い終わったら収納すべきだったか』

「……いえ。貴方と機体の装甲が無事なら何よりです。どのみち、生半可な攻撃が通用する敵ではないのでしょう」

 鏡界獣の再生能力を踏まえると、実弾武器の役割は牽制である。衝撃と負傷により鏡界獣の行動を抑制することで、イクシードナイフ等砕力武器でトドメを刺す隙を作ったり、研究所防衛兵器による攻撃で一掃するための時間稼ぎを行うのが主な狙いだ。

 鏡界獣の生態については不明なことが多いが、実在する生物を模した姿形、特性を備えている事が多い。この場合、痛覚の存在が重要で、鏡界獣と言えど痛みを無視する事は出来ず、怪我を負う際に生じる痛みは鏡界獣に隙を作る。ところが、実在する生き物とはかけ離れた姿の鏡界獣が現れることがあった。その在り方はヒトの想像した巨人や幻獣、鬼や悪魔と言ったイメージに近しいものもあれば、形容しがたい独特な容姿を持つ怪獣もいた。その在り方が非実在的であるほど痛みを感じていない、または痛みに強い傾向にあり、ギガードンはおそらくその類だと思われる。規格外の大きさも相まって身体を傷つけることも困難である以上、火器で隙を作るのは難しい。


 ぎゃぉおおおっ! 突如ギガードンが咆哮を上げた! 必殺のブレスで倒し切れなかったことがプライドを傷つけたのか、それともついに敵として認められたのか。どちらにせよ、その黒い瞳はまっすぐに翠の巨人を睨みつけ、焼きつくような敵意を向けた。ケイゴは高まる緊張感を楽しむように口元に笑みを作る。頬を汗が伝った。

「来る!」

 ギガードンは身体をやや前のめりに傾けて走り出す。その巨体からは想像できないほど、その走りは俊敏だった。翠の巨人エメーラは攻撃に備え、両腕の肘を前に、盾を前面に押し出す構えを取った。火炎放射により左盾は形を多少崩したが、それでも強度にはほとんど影響がない。タイミングを合わせて押し返せばカウンターが決まるはずだとケイゴは考えた。ところが、ギガードンの運動能力はここにいる誰もが想像を超えていた!

 どんどんどんどんっ、ばぁっ!

「なにっ!?」

 頭上からくる衝撃の予感を頼りに天を仰ぐ。地面を踏み鳴らしていた重い足音が途切れたのは、ギガードンが跳躍ジャンプをしたせいだ。ギガードンの攻撃は突進タックルではない。のしかかりプレスだ!

 裏をかかれた翠の巨人エメーラは対応しきれず、真上からの強烈な衝撃が襲い掛かる!

「うあぁっ!」

 どごっしゃあああ! 想像を絶する衝撃が地を揺らし、轟音を立てる! 強化地盤は二体の重量と落下の衝撃にも耐え、地下の空洞があっても地面は崩落しない。しかし、衝撃が道路にヒビを走らせ、周囲の設置物をはるか遠くに吹き飛ばす。そのダメージは翠の巨人エメーラが一身に受けたものだった!

翠の巨人エメーラ、ダメージ甚大!』

『志村君!』

 翠の巨人エメーラは両腕を動かして覆いかぶさる怪獣を引きはがそうとする。しかし、自身より重い相手を押し返すのは容易ではない。皮肉にも、先ほど一つ目一ツ鬼ヒトツメヒトツキに対して行った馬乗り状態を逆の形で再現することになってしまった。

 ぎゃぁおおおおおっ!! ギガードンは翠の巨人エメーラの顔に向かって咆哮を浴びせた。尋常ではない声量に、胸のコックピットにいるケイゴは思わず気が遠くなりそうになる。そこへ、衝撃の予感がして気を取り直すが、身動きが取れずそれをかわせない。もがく翠の巨人エメーラに、怪獣が右手を振り下ろした!

 どっごぉ!

「ぐぅっ!」

 信じられないほど強力な鉄拳が翠の巨人エメーラに襲い掛かった! 頭部に命中、アイラインへの直撃を避けたが、すさまじい衝撃が機体の全身を走る。そのまま、間髪入れずに左でもう一発!

 ばきっ!

「うあっ……!」

 翠の巨人エメーラの兜が目に見えて歪んでいく。弾け飛んだ大きな金具が40メートル離れた建物の壁に突き刺さり、亀裂を生んだ。

『危険です! 翠の巨人エメーラ、何とか脱出を!』

 わかり切った指示は、タチバナの祈るような焦りの声だった。そんな願いを聞きながらも、鉄の巨人の胸の中、人の身体では心臓の位置にあるコックピットの中でケイゴはじっと好期チャンスを待った。

 ぎゃぁおおおおっ! ギガードンが再度、顔に向かって咆哮を浴びせた!

「……っ」

 到底人間では敵わない別次元の強さの生命体。敵の戦意を削ぎ、自らを高揚させるための咆哮は本能で戦う者たちにとって有効な手段の一つだ。ケイゴは咆哮によって吹っ飛ばされそうな意識を、歪んだ口元が象徴する狂気じみた覚悟によって身体に縛り付けた。

「ここだな」

 ギガードンが三度翠の巨人エメーラを殴りつけようとしてその腕を引いた。そこへケイゴがレバーを強く突き出すと、連動した右拳をギガードンの胸に押し当てる。異常を感じたギガードンが胸元を見た。貧弱なパンチ、だが反抗そのものが許せない! ギガードンが更に怒った、次の瞬間!

「イクシードスパイク!」

 ぐさりっ! ギガードンが漆黒の眼を見開く。翠の巨人エメーラの拳の甲、上腕に装着された盾から突き出た二本の太い針が、ギガードンの左胸を貫いた!

「喰らえッ!」

 右レバーのスイッチを強く押しこむと、翠の光がケイゴの全身を包んで翠の巨人エメーラにもそれが伝わっていく。アストラルフォースの光はやがて右手の針に収束し、体内から鏡界獣の体を蝕んだ!

 ぎゃぁああおおおおっ!! ギガードンが初めて悲鳴を上げた! 怪獣が慌てて飛び退いて、拘束から解放された翠の巨人エメーラが身体を起こす。顔のパーツは殴打によって変形し、衝撃によって重心がずれてしまって立ち姿はボロボロである。

 

「やったか……!?」

 地下ドックにて、イシガミが思わず声を漏らした。

「いや、まだだ」

 しかし、ヤジマの鋭い双眸は状況が予断を許さないことを見抜いている。


「ギガードン、未だ健在!」

 観測士の報告にオペレーションルームはどよめく。

「そんな、砕力兵器を胸に受けたのに!?」

「なんて生命力だ」

「おそらく、急所が胸ではないのでしょう」

 司令官の声を聴いて皆静まり返る。苦しげにモニターを見つめる彼女の頬を冷や汗が伝った。

「それに、ギガードンはあまりにも離脱が早く、流し込むことができた砕力が少なすぎる。生き物の常識から逸脱した存在であっても、あの鏡界獣はやはり本能で生きている。翠の巨人エメーラの攻撃の直前に、何かを感じ取ってあらかじめ回避行動を取ろうとしていたのかもしれません」

 部下たちは彼女の冷静な考察に聞き入って息を呑む。

集中光撃砲アストラルビームの装填状況を報告してください」

「96%」

「では、発射準備を」

「了解!」


 翠の巨人エメーラは敵と向き合う。ギガードンは翠の巨人エメーラの右手に装着された危険な針を睨みつけていた。

『志村君、間もなく研究所防衛兵器集中光撃砲アストラルビームを発動します。退避してください』

 モニターにビームの進路情報が送られてくる。研究所中央からまっすぐ伸びる線が、翠の巨人エメーラとギガードンを貫いていた。

「了解。だが、このまま撃ってもかわされる。ギリギリまで引き付けるよ」

『そんな、危険です! すぐに退避を』

 ごあああっ! 咆哮が会話に割って入る。ギガードンは再び前のめりになって突進を行った。

「向こうも逃がす気は無さそうだ」

 じっとしていたらさっきの二の舞だ。ケイゴは翠の巨人エメーラを前進させて迎え撃つ。助走距離が足りないのか、ギガードンは今度はジャンプをせずに両腕で掴みかかった。それを翠の巨人エメーラが迎え撃ったため、お互いの手を握り合う取っ組み合いとなる。四本の足が踏みしめる箇所が僅かに凹んだが、二体はそれに構わず押し合いを続けた。

 ぎりぎりぎり……っ! 二対の巨体は一度は押し合う力が拮抗するが、やがて体格で勝るギガードンが押し始めた。

「負けるかよ」

 翠の巨人エメーラの背中が開いて二門のブースターを装着すると、角度を調節の後に点火することで巨体を支えた。そのまま、押し合いのパワーに加算する!

「うおおおおっ!」

 ブーストの加勢により、相手の巨体を突き飛ばす! ギガードンは姿勢を崩し、研究所南東第四区の地面に身体を打ち付けた。その背後には巨大鏡が今も聳えている。

『タチバナさん、今だっ!』

砕力集中光撃砲アストラルビーム、発射用意!」

「了解、砕力集中光撃砲アストラルビーム発射用意!」

 攻撃指令を受けた攻撃担当が記号コードの入力を行った。

 研究所本棟の前面、高さの中腹辺りが開き、正面に向けて砲台が現れる。続いて、その上、右下、左下にそれを囲むように、細長い、先端に球のついた鉄の柱のようなものが伸びていった。

「エネルギー充填、100%!」

「角度の修正を!」

「測的完了、左に五度修正!」

 起き上がったギガードンが研究所を見た。射線から外れた場所でギガードンを見張っていたケイゴはその様子に疑問を覚える。ギガードンの身体が、わずかに……?

砕力集中光撃砲アストラルビーム、発射!」

「は、発射ーっ!!」

 砲撃手が、復唱と共に大きなボタンに拳を叩きつけた。

 砲台の周囲の三柱が電力を帯び、やがてプラズマを発生させる。それらは互いに伝導線を導きあい、三点の中心にエネルギーを溜める。一方、ギガードンはそれを正面から見据えていた。その立ち姿は、どんな攻撃が来るのかわからず茫然としているというよりは、真っ向から攻撃を受け止めようとしているような風格がある。必殺兵器の使用を前にして、ケイゴは嫌な予感がした。

「タチバナさん、何か変だ!」

『え?』

 ぎゅぉおおおん!! 背後から強い気配がして振り向くと、翠の巨人エメーラのすぐ隣を青白いビームが通り過ぎた! 視線で追うと、ビームはギガードンに命中して……!?

「なっ、なんだ!?」

 ビームはコースを外れていない。それでも、敵に命中してはいなかった! ギガードンの全身が放つが、同じく青白いビームをしている!

「バリアーだと!?」

 カツムラが驚愕の声を上げた。反射されたビームは、周囲の建物や外壁に当たって研究所を破壊していく。

「う、撃ち方やめ!」

「は、はいっ」

『止めるな!』

 制止の声はオペレーションルームに響き渡った。声の主、翠の巨人エメーラのパイロット志村ケイゴは、自らの機体を動かしてギガードンに向かっている!

「志村君!? 無謀です!」

『射線を変えて鏡を狙え! 俺が奴を鏡に押し戻す!』

「そんな、無茶です!」

 しかし、既に翠の巨人エメーラは今にもビームの射線に入りそうなほど接近していた。止む無くタチバナはその賭けに乗ることになり、部下に指示を飛ばす。

「射線を変更してください! 目標、鏡!」

「りょ、了解!」

 砲撃手が慌てて砲塔の位置と角度を変える。すると、ビームの射角が少しずつ上がって鏡への攻撃を開始した! ビームが直撃すると、その鏡面に波紋が広がっていく!

『うおおおおっ!』

 ビームの射線が変わった直後、翠の巨人エメーラはギガードンのバリアーに接触する。しかし、バリアーはそれを拒まず鉄の巨体を素通しした!

『思った通りだ!』

 左手でギガードンの右手首を掴み、右腕で左側から背中を抑える。ギガードンはバリアーを解除して拘束から抜けようとしたが、それより早く背中のブーストと足裏のスラスターを点火する!

『最大……出力!』

 ブーストが一際勢いを増すと、二つの巨体はわずかに宙に浮いた! 無茶な出力操作によりコックピット内に警告音が響き渡る。真っ赤な警告表示も無視して、ケイゴは最後の一押しを繰り出した!

「鏡の中へ、帰れ!」

 翠の巨人エメーラは全身を捻り、ブーストの推進力と回転の遠心力によってギガードンを投げ飛ばした! 振り回された尻尾が周囲の建物や外壁に当たり、ことごとく破壊してしまったがそれどころではない。回転しながら飛んでいくギガードンの巨体が、吸い込まれるように鏡の中へ入っていく。目の錯覚か、鏡の中に入ったギガードンは急激に小さくなったように見えた。

 鏡の向こうでギガードンが叫んでいる。鏡の中の世界から音は届かないが、鏡界獣は怒りに満ちた目で翠の巨人エメーラを睨みつけていた。翠の巨人エメーラのアイラインを通してケイゴも見つめ返す。黒い殺意と翠の覚悟が視線の刃で交錯した。

 ほとんど時を同じくし、鏡にヒビが入る音がする。広がる亀裂が両者の視線を遮った直後、鏡は砕力集中光撃砲アストラルビームが照射する砕力に耐え切れず、ついに砕け散った! 無数の破片が飛び散り、その全てが空気中に溶けるように消えて行く。


「や、やった! 鏡、消失!」

 観測士が思わず喜びの声を乗せた報告を述べる。

「撃ち方やめ!」

 司令官の号令でビームは出力を落とし、やがて消えていく。残滓のプラズマがバチバチと散った。

「前代未聞ですね。鏡に鏡界獣を投げ飛ばして撃退するなんて」

 副司令官の言葉に、タチバナは冷や汗を拭いながらこくこくと頷く。その表情には心労の色が濃く見える。

「彼の機転に救われました。あ、翠の巨人エメーラの帰投の誘導をしなくては」

「それくらいは私がやります」

「そうですか。ではお願いします」

 立ち去っていくカツムラを見送って、タチバナは一度席に座る。そして、深い深い溜息を吐いた。

 

「なんとかなったな」

 ギガードンを投げ飛ばした研究所の南部、第四区と隣の三区は特に破壊の跡が残っている。北東の第二区で上がる炎により道路や建物は焦げ跡が残っているものの、燃え広がってはおらず既に火の手は消えていた。のしかかりによって発生したクレーターは広い範囲で地形を変えてしまったが、地下に穴が開くことは無い。外壁も同様に尻尾が叩いた痕が見える程度で、特殊な建築技術で作られた研究所敷地内は崩壊こそ免れたが、それでも隠し切れない激闘の跡の中でケイゴと翠の巨人エメーラは取り残されていた。

「すごいパワーだったな。お前もやるじゃんか」

 意思を持たない鋼鉄の巨人に話しかける。当然返事は返ってこないが、ケイゴの心は安らいだ。

 ふと、ギガードンの姿が思い浮かぶ。最後にかわした視線が、言葉を話さない怪獣の意思を雄弁に語っていた。

「あいつはまた来る。その時は、勝てないかもな……なんて」

 ケイゴは自嘲気味に笑った。

 勝てなくても、守り抜くつもりは変わらない。自分のことはどうでもよかった。

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