第二章 正規軍のエース
「
オペレーションルームは重い緊張感に包まれていた。司令官のタチバナは部屋の中央に立って状況を見守っている。
観測士の報告通り、既に鏡は研究所南東第四区にてはっきりと姿を現していた。研究所防衛の戦力は日本正規軍公式量産機『R-39』が六機。パイロットは研究所所属が五名、前回の襲撃から緊急で招集された正規軍所属一名を含む精鋭である。そのほか、機銃、迎撃ミサイルなどの防衛設備はほとんどが修復されて使用可能。軍事基地の防衛戦力としては十分と言える。……ただし、鏡界獣出現以前の他国への牽制のためという想定の話ならば。果たしてこの程度の戦力で、鏡界獣からこの研究所を守り切れるのだろうか。タチバナは不安を唾に変えて飲み込む。こんな時に限って頼れる副官は不在であり、若い司令官を更に緊張させた。
一方、前線部隊。富士山が背に聳える敷地の最北端、研究所本棟前にR-39二機が並び、さらに30メートル前方に四機が横並びに配置されている。R-39は20メートル級の軍用二足歩行ロボット兵器であり、日本正規軍正式採用の量産機でもある。ベージュを基調としたカラーリングを施されていて、それぞれ左手に盾、右手にマシンガンを装備していた。そのうち、研究所の前方、隊列の後方で待機している二機の内、右側の機体は正規軍所属のパイロット
「スィーッ、かったりぃ」
口で息を吸うと、竹櫛と唇の間の狭い空気穴からかすれた音がした。
『イシガミ少尉!』
「はっ、
突然怒鳴り声が機内に響くので彼は慌てて背筋を伸ばした。敬礼まで添えそうになったのを堪える。
声の主は隣の機体の
「たるんでいないか? 気を引き締めろよ」
しわがれた声は年相応に老いを感じさせるが、それでも事実を言い当てる鋭さと芯の通った声の迫力がイシガミに冷や汗をかかせる。
(エスパーかよっ、あの爺さん!)
事実を言い当てられて心の内で悪態をつくが、歯向かう気力は無かった。ぺっ、と竹串を吐き捨て、備え付けのごみ箱に捨てる。
「ご忠告感謝します」
リクライニングを直してレバーを握りしめる。適当な返事で会話を切り上げようとしたが、相手の話はまだ終わらない。
『こうして並んでいると貴様の訓練生時代を思い出すな。腕はいいのに怠けてばかりで何度怒鳴り散らしたことか。忘れたとは言わせんぞ。筆記試験に自信がなかった貴様は、小賢しくも筆記用具にカンニングの内容を彫ってまで不正を働こうとして、俺がそれを見つけたことがあったな。未遂で済んだからよかったものの』
「そ、そんなこともありましたか」
(いつの話をしているんだよっ!)
穏やかな口調で返事をしつつも、過去の失態をほじくり返されていい気はしない。通信機越しでも口調に本心が現れないように苦笑いを作るが、額に青筋が浮かんでしまう。そこへ、くすくす……と、小さな笑い声が耳に届いた。気づけば、この回線は小隊の回線であった。てっきり個人回線で話しかけられたのかと思っていたのに、恥をかかされて頬が紅潮していく。
「昔の話はよしてください。今の自分は正規軍の
『自分で言うな、馬鹿たれ』
周囲の笑い声が一層高まった。軽くあしらわれてしまい唇を噛む。
『皆、聞いてのとおりだ。正規軍のエースが後ろに控えているんだ、どんっと構えていればいい。忘れるなよ、主任務は本拠地防衛だ。時間さえ稼げば司令が砕力使用の研究所防衛兵器で鏡ごと敵を一掃してくれる。くれぐれも無茶をするんじゃないぞ』
ハッ、と、男たちの声が重なる。扱われ方が面白くないイシガミは返事をせず口をへの字に歪めた。
(ちぇっ。ダシにしやがったな)
仏頂面で前を見つめる。前方の機体が僅かに揺れているように見えて、自分より階級が下の下っ端共に笑われていると思うと尚更気分を損ねた。
『悪かったな、イシガミ少尉』
少し間をおいてヤジマが穏やかな口調で話しかけた。回路を確認すると、どうやら今度は個人の通信回路で語り掛けているらしい。
『すでに聞いていると思うが、こいつらは今回が初陣なんだ。緊張をほぐしてやる必要があった』
敷地が広く内地にある研究所は、経験の浅いパイロットが実機訓練を積む施設として都合が良い。そのため、この研究所は新人パイロットの訓練施設でもあった。だからと言って、いきなりこんな場所で実践に駆り出すか? チームの内訳を聞かされた時、随分フレッシュな精鋭部隊だとイシガミは内心悪態をついた。
『こいつらは前回の襲撃の際、運よく非番だったチームでな。もう一方のチームの惨状を聞いて、縮こまっていたんだ』
「にしても、もうちょっとやり方があったと思いますけどね」
顎を突き出して不満をあらわにするイシガミ。そんな彼の態度が目に浮かんだ教官殿はコックピットで声を上げて笑った。
『わはは。拗ねるな、拗ねるな。生きて帰ったら、焼き鳥でも奢ってやる」
イシガミにとって彼の豪胆な笑い声は聞きなれたものだ。この人はいつもそうだった。訓練生時代に犯したカンニングという罪。あれは、本当は未遂じゃない。他者へ広まれば除隊も免れない重大な違反を、時代錯誤のげんこつと説教で済ましてイシガミを守った。その上、げんこつを詫びると言ってあの時も焼き鳥を奢ってくれた。
そんなエピソードを思い出してふっと息を吐くと、自然と彼の口元は笑っている。
「なんだ、酒が飲みたいだけなんじゃないですか。
石上順平の階級は少尉である。鏡界獣出現以前の他国との小競り合いで戦功をあげ、鏡界獣出現後は鏡界獣との直接戦闘も経験したイシガミは、矢島秀雄軍曹の階級をとっくに超えている。それでも彼に対する感謝と畏怖の念は消えることなく、今回の作戦の隊長の座をあっさりと辞退して代わりに彼を推薦した。
『少しは鋭くなったな、流石は少尉殿。サングラス越しでもそれくらいは見抜けるか』
「よしてくださいよ、何年の付き合いだと思ってるんです」
いつしか二人は軽口を叩きあっている。イシガミの表情も随分柔らかくなり、先ほど感じた小さな怒りはとうに身を潜めていた。
彼のペースに乗せられていることくらい気づいている。しかし、不思議と悪い気はしないのだ。
『鏡より鏡界獣顕現の反応アリ。各機警戒!』
「忘れないでくださいよ。生きて帰ったら焼き鳥!」
司令部からの通達をきっかけに気持ちを切り替える。一方、通信を終えるまでヤジマは笑っていた。
敷地内南東に位置する第四区、そこに出現した
鏡に黒い影が次々に浮かび始める。それは、随分高い所を飛んでいた。影だと思っていた黒い姿は鏡の向こうからこちらに近づくにつれ、体色がそもそも黒い生物だと分かる。瞳だけを赤く光らせて、激しく羽ばたきながらその姿をはっきりと現した!
「蝙蝠です、それもたくさんの!」
その異様な光景に観測士が悲鳴を上げた。体長10メートルほどの蝙蝠型鏡界獣は群れを成して鏡の中から現実世界に顕現する。無数に飛び交う巨大蝙蝠達は、陽の光を遮って研究所本棟さえ影で覆う。
「鏡界獣
「各機迎撃してください」
観測士が命名するのに続いて司令官がマイクに向かって指示を飛ばし、前線機体たちが動き出す。
『慌てるな、落ち着いて撃て! これだけの数だ、外すほうが難しい』
小隊通信を通してヤジマの指示が飛ぶ。蝙蝠たちは威勢よく鏡の向こうから飛び出したものの、目標を定められず無作為に飛び回っている。その間にR-39達がマシンガンでの射撃を開始した。
「固定機銃、掃射開始!」
ほぼ同時刻、攻撃担当の宣言と共に研究所敷地内に備えられた固定機銃が迎撃を開始、弾丸の嵐が次々に敵を撃つ。悲鳴を上げて空から落とされていく蝙蝠達だったが、次第に状況を把握し始める。そして、前線機体に牙を剥いた!
「うわあっ」
一匹の蝙蝠が低空飛行で突進を仕掛けた。新人パイロットの一人が思わず悲鳴を上げたところを押し倒し、ロボットの顔に噛みつく!
『落ち着け! 銃で撃てば離れる!』
『くそぉ、離れろ!』
ヤジマの叱責を受けて機体を動かす。もがいて抵抗するも乱射しているマシンガンは反動で銃口が定まらず、噛り付く蝙蝠にかすりもしない。
バキッ! 嫌な音と共に顔パーツが噛み千切られる。蝙蝠がそれを吐き捨てた瞬間、千切れた回路がショートして火花が散り、それに驚いた隙をついて何とか敵をどかした。
R-39のコックピットは胸部にあるため、頭部を攻撃されてもパイロットに怪我はない。しかし、メインカメラをやられたモニターは何も映さなくなってしまう。
『カメラがやられた! 何も見えない!』
『サブカメラに切り替えろ!』
ヤジマの指示に従い胸元のカメラに切り替える。視界には無数の蝙蝠と戦う仲間の姿が見えるが、自分を襲う敵の存在は見えない。しかし、自分を狙う敵の存在を強く感じそのプレッシャーが未熟な精神力を押し殺す。
『敵が見えない!!』
新兵はストレスに耐え切れずついに絶叫した。その直後、後ろからの衝撃により機体が前のめりになり、同時にアラートが鳴る。右肩から先がふっとんで、千切れた右腕が転がった。肩口から機体の内部が覗いてオイルが漏れる。眼前にて滞空する蝙蝠は大きく口を開けて牙を見せつけると、トドメを刺すべく真っすぐに飛びかかってきた!
『や、やられる……』
恐怖に心が折れて負けを認めてしまい、もはや身動きが取れない。抵抗を諦めてレバーから手を離しかけた……その時!
『盾を構えろッ!』
ヤジマの声ではなかった。大声による叱咤にパイロットは気概を取り戻す!
『くっ!』
機体に残された左腕で盾を構えると、視界のほとんどが盾で隠れてしまった。その直後、予想した攻撃に襲われるがなんとか耐える。盾に突進を弾かれた蝙蝠は、きぃきぃと鳴いて上空に飛び立つと、今度は真上から飛びかかった!
『うわあーっ!?』
垂直落下して襲い掛かる、牙を剥き出しにした恐ろしい怪獣の迫力に新兵は思わずレバーから手を離して自分の身体を守った。今度こそ絶体絶命。しかし、横から銃弾の嵐が蝙蝠に襲い掛かり敵を蜂の巣にしてしまった。R-39はブーストの勢いそのままこちらに接近して、傷ついた機体を守る様に眼前に立ちはだかった。ホリゾンブルーの頭部が特徴的な機体のパイロットは正規軍のエース、石上順平少尉だ。
『助けたのが俺でよかったな。軍曹殿だったら、げんこつと説教だったぜ!』
言いながら、彼は右腕のマシンガンで敵を迎撃していく。別の群蝙蝠の突進に対しても左の盾で軽々と攻撃をいなし、すぐさまマシンガンで反撃した。ところが、間もなく乾いた音と共に武器は弾丸を吐き出さなくなってしまう。
「弾切れか」
ほんの一瞬攻撃が止まった隙を群蝙蝠は見逃さない。上空で待機していた個体が急降下を始めるのを見て、助けられた新人パイロットが悲鳴を上げた!
『あ、危ない!』
しかし、イシガミは動じなかった。迷いなくマシンガンを手放し、盾で攻撃を受け止める。牙は盾を貫通できず蝙蝠は大きくよろめき、そこへブーストを吹かして体当たりで反撃を行う。そのまま飛び続け、一体を建物の壁に押し付けた!
「お返しだ」
腰から取り出したのは近接白兵武器のイクシードナイフ。起動と共に青白く発光するそのショートソードは、熱エネルギーと僅かな
光が吸い込まれるように身体に染み渡っていくと、腹を貫かれた蝙蝠が甲高い声で断末魔を上げる。その体は塵のようになり、やがて光に溶けるように消滅した。
「す、すごい。これが正規軍のエースの実力」
オペレーションルームでは、群を抜いた技量を誇るイシガミに対する称賛の声が上がっていた。だが、タチバナは油断なく彼我の戦力差を分析している。
「ですが、イクシードナイフだけですべての群蝙蝠を倒すことは困難です」
イクシードナイフは砕力を利用した武器である。鏡界獣の再生能力を阻害する砕力武器は鏡界獣に有効な攻撃手段だ。ところが、このイクシードナイフは砕力武器としての持続時間が極めて短く、既にイシガミのナイフは光を失っている。再び砕力を使用するまでにはリキャストタイムが発生し、その間はただの白兵武器となる。また、量産の難しい品ということもあり、この部隊でこの武器を支給されているのはイシガミとヤジマの二機だけだった。
ちなみに、マシンガンや機銃で撃ち落とされた群蝙蝠たちはというと……。
『ちっ。動き出しやがった!』
イシガミは舌打ちをしつつも、急いでマシンガンを拾い上げてマガジンを取り換えた。まともな生物なら致死量の出血や回復不能のダメージを与えたとしても、鏡界獣は死なない。飛び散った肉片はひとりでに動きはじめ、地を這う度にぐじゅぐじゅと気持ちの悪い音を立てる。千切れた肉が繋がり合い、やがて一匹の群蝙蝠が完全に身体を復元してしまった。
『作戦を忘れるな、俺たちの任務は時間稼ぎだ!』
ヤジマがイクシードナイフで敵の一匹を突き刺して倒す。その後、油断なくマシンガンで他の敵を拳制した。
『ぐあっ』
味方の誰かがうめき声を上げた。気づけば満足に戦えるR-39はイシガミとヤジマの二機だけになっている。研究所に備えられた機銃も噛みつき攻撃の餌食になり、殆んどが使用不可に陥っていた。
ヤジマは「やむを得ん」と呟き、司令部に通信を繋げた。
『司令部、部下の撤退を許可してください。残りは私とイシガミで引きつけます』
『了承します。前線部隊、ヤジマ隊長とイシガミ少尉を除いて直ちに撤退してください』
同じ判断を下そうとしていたタチバナは即座に了承する。ところが、撤退命令を受けた新兵達は異を唱えた。
『そんな、まだやれます! それに、二人だけで前線を維持するなんて』
『我々の任務は時間稼ぎです、囮くらいできます!』
弱腰になっていた新兵達だったが、上官を残して撤退することに強い忌避感を覚えて気概を取り戻す。それだけヤジマが部下から慕われていることを示しているが、既に彼等にできることは無い。彼等を諫めるためにヤジマやタチバナが口を開こうとした時、横から罵声が飛び出した。
『ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!』
声を荒げたのはイシガミだった。その迫力に新兵たちは驚き、声を失う。
『足手纏いなんだよ、素人共ッ! 状況が見えねえなら二度と機体になんか乗るな!』
強く言い放つと、突然イシガミの機体が背中のブーストを使って加速した。彼の前方に位置していた新兵は高速で接近する機体に驚いて、機体にガードの構えを取らせる。イシガミはインパクトの直前に盾を構えて強烈な体当たり攻撃を行い、新兵の背後に忍び寄る一体の群蝙蝠を吹き飛ばした。
『わかったらとっとと下がれ! 拾った命を無駄にするな!』
イシガミは押し倒した敵の頭を鉄の足で踏みつぶし、即座に次の敵に狙いを定めて動き出す。新兵は自分が狙われていた事にも気づいておらず、自分の技量不足を痛感する。それ以上に、通信機越しにも彼の必死さが伝わり、そんな状況でも仲間の事を案じる彼の足を引っ張ってはいけないと思わせたのが、彼等に決断を促した。
『……っ、了解!』
四人の新兵達はようやく撤退を始めた。そんな彼等に背を向けてイシガミは溜息を吐く。
『ったく。上官の命令に従うのが戦場での鉄則だろうに、ぐだぐだ抜かしやがって』
『どこぞの誰かを思い出すな!』
ヤジマが力の入った声で言った。戦闘に伴う操縦を続けながら、軽口を叩いている。
『誰の事、なんて聞きませんよ!』
言いながら、イシガミは一匹の蝙蝠が再生を完了し、今まさに撤退中の仲間に向かって飛び立とうとしているのを発見する。追撃を妨害するべくイシガミは鉄の腕を伸ばして背後から羽の付け根を掴むが、体長約半分の群蝙蝠はそれに構わず羽ばたいて、驚くべき膂力で上昇を開始した。
『そうはいくかよ!』
背中の二門のブーストを点火、それにより発生する推進力が羽ばたきに勝ると、R-39は強引に制空権を得た。蝙蝠の悲鳴を置き去りにする勢いで、空中を無茶苦茶に飛んで遠心力をつける。振り回される視界にイシガミも歯を食いしばるが、訓練された動体視力はしっかりと目標を捉える!
『行っくぜぇ……オラァ!』
無茶苦茶に飛び回る挙動は敵も味方も進路が予想できない。別の群蝙蝠に急接近し、蝙蝠を投げ飛ばした! 二匹は強烈な勢いでぶつかり合い、気を失って地面に落ちていく。この上なく派手な立ち回りでイシガミは群蝙蝠から注目を集め、その隙に仲間たちは撤退していった。
『一石二鳥ってな。……うぐ』
着地こそ危なげなく行うがパイロットにかかる負荷は相当酷く、イシガミは軽い頭痛を覚えて目を瞑る。明らかに隙を晒す仕草だが、近距離に敵影がいないことを確認しての小休憩だった。
そんな彼をカバーするのは、恩師のヤジマである。
『節約か』
『ええ、まあ。マガジンの予備くらい、置いていけって言うべきでしたかね。ったく、近頃の新人は気が利かねえ』
マシンガンの弾薬の予備はまだあるがそれでも無限ではない。ましてや無限に再生する敵が相手では絶対に倒し切れることは無く、イシガミが体当たりや格闘戦を好むのは、有効な射撃攻撃を必要な時に行えるように弾を節約するためだった。
『やる気はあるんだがなぁ。フフ、あの頃のお前の逆だ』
ヤジマはイシガミのすぐ後ろに立っている。モスグリーンとホリゾンブルーの頭部がそれぞれ特徴的な二機は、背中合わせになって周囲の敵を警戒した。残された二機に対して敵も警戒心を強め、数で包囲してじりじりと距離を詰める。
『死ぬ気は?』
『ありません』
『覚悟は?』
『出来てます』
二人は口角を釣りあげる。
『『……へへっ!』』
同時に始まる蝙蝠たちの一斉攻撃! 無数の敵を銃弾が撃ち、盾で攻撃を受け止め、攻撃と防御の切り替えの際に生じた隙を相方がカバー、それを繰り返す。自分たちが倒れたら次は研究所が狙われる。一分でも、一秒でも長く敵を引きつけなければ。作戦に対する使命感と脳内に溢れるアドレナリンが、自分の置かれた危機的状況に対する恐怖を鈍らせる。それでいい。そうでなければ、起動兵器のパイロットなどやっていられるか! つまるところ、この感覚の有無がベテラン二人と新入り達との決定的な差であった。
攻防の最中、ヤジマが一匹の蝙蝠の異変に気が付いた。空中に羽ばたいて制止し、大きく口を開いている。その蝙蝠の視線の先には、波状攻撃の隙を突きイクシードナイフで一匹を仕留めようとしているイシガミの姿があった。
(何か危ない)
距離が離れている状態での攻撃行動は今まで見られなかったが、歴戦の兵士の勘が警鐘を鳴らしていた。
『イシガミィ!』
彼は迷うことなくイシガミの機体を突き飛ばした!
そして、ヤジマに新たな攻撃が迫る! 蝙蝠は開いた蝙蝠は開いた口から高周波の音を発し、超音波攻撃を繰り出した!
人間の聴覚の限界を超えた音階、ヤジマの耳はそれを認識できないが、機体に伝わる振動がパイロットもろともダメージを与えていた。左膝関節の回路がスパークを起こして制御が効かず膝をつく。頭部のアンテナも、連結パーツが吹き飛んで外れてしまった。
『ヤジマさん!』
『ぐ……おおぉっ』
振動に負けじとレバーを握るが、機体は盾を構えたまま身動きが取れない。また、コックピット内にもダメージが及び、ヤジマの口や耳から血が漏れた。計器も攻撃の影響を受けているのか、異常をきたしてアラートを鳴らしている。
『くそっ!』
イシガミがマシンガンを構えるが、数発の射撃の後に乾いた音が響く。弾切れだ。
『こんな時に……! うわっ』
多方向から蝙蝠が飛来すると、イシガミの機体に翼や牙による攻撃を撃ち付けていく。……連携が崩れた!
『ここまでかよ!?』
歯を食いしばって必死にもがくが、打開策など浮かばない。絶体絶命の危機に陥った、その時!
『
力強い声が響いて、イシガミは顔を上げた!
オペレーションルームでは、モニターに映る無数の群蝙蝠をタチバナが睨みつけていた。攻撃担当に指示を叫ぶ。
「ターゲット、全敵性体!」
「マルチロック、開始!」
モニターの左端から順に、群蝙蝠一匹一匹に対して二重丸に十字が合わさった印が重なっていく。一匹残らず全ての敵に狙いを付けた。
「マルチロック、完了」
「ミサイル装填、完了しています!」
「
「
タチバナが手を前に掲げて号令を出すと、砲撃手がテーブルに並んだボタンを流れるような指使いで全て押し尽くした!
研究所本棟の前方横並びに真四角の穴が開いて、地中に備えられた砲台が次々に顔を出した。一定の距離間隔で設置された砲台たちは、西から順に連続でミサイルを発射し、飛び交っている群蝙蝠一匹一匹を目指して飛んでいく。そして、目標に着弾すると爆発を起こした!
このミサイルの爆発は青白い光を球状に放つもので、砕力エネルギーそのものだ。爆発によって群蝙蝠は身体を失い、悲鳴を上げながら次々空から落ちていく。イシガミの機体に襲い掛かっていた蝙蝠にもミサイルがぶつかると、同時に小規模な爆発が発生してR-39を吹き飛ばした。
「のわっ、な、なんだぁ」
先ほど自分を押さえつけていた一匹の群蝙蝠が左の羽を失ってもがいている。そこへ次のミサイルが着弾、頭を消し飛ばして今度は動かなくなった。……更に、次のミサイルが爆発し、その姿を地上から姿を消してしまう。まるで青白い光に身体を呑まれててしまったような光景にイシガミが背筋を凍らせていると、司令部から通信が入った。
『イシガミ少尉、ヤジマ軍曹! 姿勢を低くして、退避してください』
『ですよねっ!? いくら一発が小さいからって、巻き込まれたら死んじまいますよ!』
応えるが早いか、ブーストを吹かしてヤジマの機体に接近した。膝をついて屈むと、じっとしているボロボロの機体に肩を貸して共に歩き始める。
『気づいていたのか』
機体のダメージもさることながら、パイロットのダメージも大きい。ヤジマは攻撃が止んだ今でも身動きが取れず、イシガミはそれに気付いていた。
『これが正規軍のエースと新人の差って奴ですよ。気が利くでしょう?』
『フ。自分で言うなというのに』
軽口を叩きあう二人。その時、目の前に蝙蝠が落ちてきて追撃のミサイルが着弾、爆発した。衝撃で二機は尻餅をつく。
『おわーっ』
『ぐわーっ』
二人の悲鳴が重なった。イシガミは機体を起こしながら、司令部に苦情を叫ぶ。
『司令部! 俺たちを殺す気か!』
『ご、ごめんなさい。死なないで!』
気の抜けるような指示に、イシガミは思わず呆れてしまった。そんな彼にヤジマが個人回線で苦言を呈する。
『イシガミ少尉、上官に対してなんだその言い草は』
『こっちだって命張ってるんですよ、文句の一つくらいいいじゃないですか。……あの反応は予想外でしたけど』
『そう虐めてやるな。彼女なりに一生懸命やってるんだ。なんせ、まだ16だぞ』
『一生懸命、ねえ』
R-39が空を見上げる。空を飛び交う怪獣を無数のミサイルが追従し、あちこちで発生する光の爆発がさながら花火大会の様に連発している。
『一生懸命すぎませんか』
『う、うむ』
ヤジマは喉をうならせた。
群蝙蝠と前線部隊、それに∞ミサイルによる凄惨な戦いは幕を閉じ、R-39前線部隊は六機全てを地下ドックへと収納した。どの機体も損傷が激しく、このままでは満足な戦闘は行えない。機体を整備班に預けたイシガミはベンチに座って、自動販売機で購入した紙パックの乳酸菌飲料を飲んでいた。
「これで大人しく消えてくれればいいんだが」
サングラス越しに壁面のモニターを見つめる。そこには、不気味に沈黙を貫く
「どうだろうな」
隣に腰かけたのはヤジマだった。白髪に僅かに残った黒髪が見え、同じく白い髭。日本人特有の低身長ながらも、パイロットスーツに浮き出る上腕の筋肉は逞しく、日に焼けた渋い顔の迫力に衰えはない。頭部には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。また、手で右耳にガーゼを当て、痛そうに顔をしかめた。
「怪我大丈夫ですか?」
「消毒はした。それより、だ」
どう見ても消毒で済む怪我ではないが、おそらく自分がその立場だったら同じように強がるだろうと思い、イシガミは何も言わない。
「ここに勤めて長いが、鏡の出現から消滅までの間に映し出される鏡界獣が一種だったケースは稀だ」
「よしてくださいよ。俺たちがこの状態で、次は誰が戦うんです?」
老兵は黙ってモニターを見つめていた。打つ手などない。だが、誰かがやらねばならない。自身も機体も、共に不完全な状態であったとしても、自分が出撃することになるだろう。そんな彼の想いを察し、イシガミもまた同じ覚悟を決めている。
「わかってますよ。ヤジマさん一人に良いカッコはさせません、俺も……」
言いかけたイシガミの言葉は、非情にも悪い予感の的中により中断される。
ヴーッ! ヴーッ!
鏡怪獣襲来を告げるサイレンが鳴り響く。イシガミが振り返ると、モニターに映る鏡にもその影が映りこんでいた!
「来やがった!」
「行くぞ」
ヤジマがベンチから腰を上げ、イシガミもそれに続いた。
R-39はドックに帰った時とほとんど変わらない状態で収納されていた。整備を担当していたのは一人の男性で、イシガミが大きな声で話しかける。
「おい、整備はもういい。再出撃だ」
整備員が振り返る。丸眼鏡に猫背の彼は、イシガミの声掛けにきょとんと首を傾げた。
「え? 指示は頂いていませんが」
見るからに要領の悪そうな男が気の抜けた返事をするので、イシガミは頭にきて怒鳴り返した。
「こんなときに指示待ちなんかできるかよ! どうせすぐ出撃命令が出るんだ、せめて機内で待機させろ」
「そ、そういわれても、まだ弾薬の補充も」
「おいおい、今まで何やって……」
言いかけて、イシガミは異常に気付く。この非常時に整備員が一人しかいない?
「アンタ一人か? 他の奴らはどうしたんだ」
「他にやることあるからって、そっちの整備にかかりきりです」
「俺たち前線部隊の機体より、緊急の用事?」
整備員は無言で肯定し、イシガミは事態が呑み込めず固まってしまう。
「まさか」
背後でヤジマが呟いた。
「
ゆっくりと頷くので、ヤジマは絶句する。イシガミも同様に成す術なく立ち尽くした。
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