犬際/猫背

【犬際/猫背】いぬぎわ/ねこのせ


 ふたつの村が奪いあうものなんてたいてい水脈に決まってるけど、ご先祖さまたちは違った。求めたのは山の名前だった。はるか向こうに連なる山を眺めては、犬が身を寄せているようだ、いや猫が香箱を作っているさまだ、など不毛な争いが起こり、かつてひとつだった村は川を挟んで東西にわかれた。村から町へ移り変わったいまも諍いは続いている。さすがに私くらいの歳になれば交友はちらほらあるが、祖母や両親はいまだに川を渡らないし、わかれた際に造営された社へ毎日詣でている。

 だから私が地理院で働くことになったとき、町長が「地図に犬際山の名称を記載してほしい」など言いだして困る。山名はそういった決まりがないので……私の反論も無駄だった。会議で発言してみても、低山、のひと言で終わった。あとで先輩と同僚が寄ってきて「もしかして送り込まれた?」という。訊けば同僚は猫背、先輩はもっと北部にある蛇曲なる町の出だった。勝手に新しい名前つけちゃおうよ。先輩は私たちを見て笑った。

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