桃鮫

【桃鮫】ももさめ


 ここらの庭には必ず桃の木があり、春先になると濃い赤や淡い白で町ぜんたいが浮き上がったように見える。桃の花筏を目当てに観光客がやってくるくらいで、大家さん曰く、新しく家を建てるときは、いかに狭かろうと「植えるならこのあたりになりますかねえ」など提案されるらしい。植えないと断られるとも。私の暮らすアパートは実をつける種類なので、それなりに育ってきたら袋がけの作業を十五本ぶん手伝わなければならない。契約書にも明記されている。代わりに五月は家賃が安い。

 大晦日は帰省することにしまして。大家さんにいってみたら「ちょっと早いけどまあ大丈夫でしょ」と神棚から弓矢をさげてきてくれた。庭にある桃の木の細枝で拵えられた弓と、葦の茎で作った矢だ。私はマフラーに首をうずめながら、町のまんなかを流れる小川へ向かう。他にも追儺に出られない人たちが水面めがけて弦を引いていた。厄払いをやらないとどうなるかは知らない。たぶん嘘だろうけど大家さんはもうすぐ百歳になるらしい。

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