沢渡 字 日和が丘

【沢渡 字 日和が丘】さわたりあざひよりがおか


 旅先から届いた千崎の小包には、シャンプーのボトルがひとつだけ入っていた。中身はからっぽで、傾けたりひっくり返してみても液体が動く様子はない。ためしにポンプをなんどか押しこんでみたら、長細い口から煙がぼわぼわ出てくる。えっ。戸惑っているうち煙に混じって手のひらサイズの少年が現れ「こすった扱いになるんやなあ」など感心したふうにいった。年若なランプの精じゃん。顔を近づけてみたら少年は「千崎さまより言伝を預かって参りました」とこうべを深々垂れた。訊けば彼は九郎坊といい、千崎が逗留している山で唯一の狸らしい。「のっぴきならない事態なので用意してほしい。封のされた一升瓶、磨かれた鏡、油揚げを三〇〇枚……」彼は朗々と挙げてゆく。願いを叶える役目は私に与えられたみたいだった。

 要望された品々を揃え、いざ山へ向かう段になって住所を調べるけれど、沢渡の文字ではたと指がとまる。あー他の狸って。ポンプを押しこんで九郎坊に訊こうするけれど本当に沢渡の意味だったらなにもいえなくなるからやめた。

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