坂牧森

【坂牧森】さかまきのもり


 泉を訪れる人たちはみな礼儀正しい。あらかじめ予約をとってきた彼らに、私は儀式の注意事項を説明してゆく。呼びかけに答えないこと、遺品は泉に沈めないこと、必ず二時間で泉を離れること……バイトをはじめて三週間になるけれど、懐疑的な表情を浮かべた人にはいまだ出会ったことがない。ひとつでも決まりを踏み外したら、願いが叶わないと信じているからかもしれない。みな決まりどおりに遺品を泉の水に晒し、盃に注がれた清酒を口に含み、目の前に現れているであろう死者の言葉に耳を傾ける。私はためしたことがないから、その瞳に死者が映っているかは知らない。でも予約が途絶えたことはない。

 暮れてくると、泉のそばの小屋へ帰って朝までじっとしている。夜の森に灯りを持ちこんではならない。契約で最初に注意を受けたときは動揺したけれど、いまは納得している。ここまでくるには灯りが必要だから、冷やかしや無法者はこられない。森には囁きがあふれている。虫や動物や人ならざるものの。

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