税奉殿

【税奉殿】さいほうでん


 社殿へ続く石階段で順番を待っていたら、かすかに彼女の歌声が聞こえてきた。本当に歌を選んだらしい。今どきお金以外を奉納する人なんて滅多にいなかった。よっぽど披露目の芸に自信があるか、無謀な若者か、あるいは両方。それなりに包んでおけば災いから免れられるが、出し渋ったり芸事が不相応と見做されたらその限りではなかった。ぎゅっと目をつむると遠い島国について話す彼女が浮かんだ。笑うとしわに隠れる目尻のほくろはずっと見えなかった。「いってみたいんだよね」私は興味なさそうに答えたけれど、やっぱりとめるべきだった。しびといただくはなかんむりなんて、ぴったりすぎる。

 彼女が町からいなくなった理由について噂がさまざま流れたが、 いずれにせよ島へいったはずだった。私も渡る準備をはじめていたら、こないだようやく、彼女が奉納した歌を図書館でみつけた。節回しは書いてないからあの日の歌声を思い出してみるけど、笑った顔ばかり浮かんでいつもうまくいかない。




谷脇栗太『ペテロと犬たち』収録「環礁の国」タグワ国歌より引用

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